第7話 その概念に『超』とかあったんだ……
「ぐ や じ い ……」
シクスポートの町。転移のクリスタルがある円形公園のベンチの前の芝生で、ニオさんが地面に四肢をついて悔しがっている。今は目立たないように、全身をフード付きのローブで隠していた。
もちろんこの人が悔しがっているのは、さっきまでの対人戦について。トトリの登場によって完全に集中力を削がれたニオさんは、無事に〈炎弾〉でこんがりと焼かれた。
ただ、炎の中でニオさんは生きていた。多分、自分が使う魔法の自分へのダメージを軽減するスキルがあるんだろう。けど、ニオさんにとっては俺のことなんかよりも、トトリのケアの方が大切だったらしい。
『ごめんなさい、斥候くん! 勝負はまた今度で! 今日は……試合放棄!』
俺の視界に「You are Winner!」の文字が出現して、勝負は決着したのだった。
その後、フルダイブ操作の影響だろう。すぐ近くで転んだままシクシク泣いていたトトリを発見した。
もうすぐアンリアルは“夜”になる。そうなれば、光源アイテムや〈暗視〉スキルが無ければ本当に何も見えなくなってしまう。
当然、トトリがそんな対策アイテムを持ってるわけもないから、3人でシクスポートに戻りがてら事情説明。つい先ほどトトリとニオさんが仲直りをして、今に至るわけだけど……。
トトリとの件が落ち着いたことで、ニオさんの中にある“究極の負けず嫌い”が再び顔をのぞかせたようだった。
「いや、あれはまぁ、不慮の事故と言うか、なんと言うか」
現実の時刻が午前0時を過ぎて、夜を迎えたアンリアル。街灯が照らす公園の芝生に座る俺は、項垂れるニオさんをフォローしておく。
実際、あのままだと俺は間違いなくニオさんに負けていた。恐らく、3回戦目も。〈雷撃〉を剣で無力化できたことも含めて、かなり運任せの勝負だったことは言うまでもない。技術、駆け引き、その他もろもろ……。全て、ニオさんに負けてしまっていた。
むしろ、変な勝ち方をしてしまったことへの申し訳なさすらある。そんな俺の内心を見透かすかのように、ニオさんは金色の目をスッと細めた。
「何それ嫌味? 勝者は勝者らしく、ふんぞり返ってなさい」
「いや、現代日本でそれ出来る人、めっちゃ貴重だから」
「そう? あたしは、ちゃんと勝ち誇るわ。……その方が、相手も燃えるし、本気で来てくれる。で、そうやって本気を出した相手を叩き潰すのが、楽しいんじゃない!」
その言葉は、何も知らなければ傲岸不遜極まりないものだろう。だけどこの人、ニオさんは違う。
「次に戦う時、相手は強くなっている。だったら自分も強くならないと。そうやって努力して、高め合って……。お互いの“ありのまま”をぶつけるからこそ、負けたときは悔しくて、勝った時は最高なんじゃない!」
そう言って笑うニオさんは、なんでだろう……。現実に居る「入鳥黒猫」さんより“生きてる”感じがする。
「あー、悔しい! 悔しい、悔しい、悔しい!」
芝生に寝転がったニオさんが、改めて悔しさを吐露する。しかし、セリフとは裏腹に、星空を見上げるその顔はすっきりとしているように見えた。
改めて思い知らされる。ニオさんは、間違いなくゲーマーだ。しかも、俺には理解できない圧倒的な熱量を持った、生粋のゲーマーだ。
「……うん。やっぱり、さっきの斥候くんの勝利はまぐれね。今ならいける気がするわ。……よっと!」
やがて、悔しさを噛みしめ終えたらしいニオさん。四つん這いになって俺の方にすり寄って来ると、
「斥候くん、再戦しましょう! 今すぐに!」
キラッキラした目で再戦を申し込んできた。
「いやだ」
「どうしてよ!? あっ、負けるのが怖いのね?」
「そう。今やっても、ニオさんに負ける。だからもうちょっとだけ、対策練らせて。あと……」
立ち上がった俺を、四つん這いのまま見上げるニオさん。気のせいか、尻尾を「?」マークにしているようにも見えるニオさんを、見下ろして。
「ニオさんに勝った。最高の優越感を、もうちょっとだけ味わいたい」
「なっ!?」
俺は言われた通り、勝ち誇ることにする。
だって、どんな形であれ、勝負に勝てるのは嬉しいし、気持ち良いから。しかも相手が格上なら、なおさら。変に大人ぶっていると、ゲーム最大の楽しみである“勝つ喜び”を忘れてしまう。すると、この前トトリにしてしまったみたいに、他人の楽しみすら奪ってしまうことになる。
だから俺は、ウタ姉を始め小鳥遊家の人たちに培ってもらった“感情”を大切にするために。驚いた顔で俺を見上げるニオさんに言ってやった。
「勝ち逃げ……最っ高!」
「ななっ!? ぐっぬぬぬ……っ」
しばらく、悔しさと驚きを混ぜてグツグツ煮たような。声にならない声を漏らして俺を睨んでいたニオさんだったけど、しばらくして大きく息を吐く。
「はぁ……。せいぜい明日にでも崩れる王座でふんぞり返っていると良いわ」
「猫なのに、負け犬の遠吠えだ」
「その通りだけど! 上手いこと言わないで。なお一層、腹が立つじゃない」
これまでやられっぱなしだったニオさんに一泡吹かせられたのなら、俺としては満足だった。
「……さて、それで、どうかしら?」
立ち上がったニオさんが、俺に聞いてくる。
「どう、とは?」
「あたしとの戦い。斥候くんに、良い影響があったんじゃない?」
「そう言えば、そんな話だった。えっと……」
俺は改めて、ニオさんとの戦いで何かメリットがあったかを思い返す。いや、こうやって思い返さないといけないくらい、俺はニオさんとの決闘を楽しんでいたんだ。
「確かに。ニオさんとのゲームは、楽しかった」
「でしょ? 斥候くんは、あたしの想像以上にゲーマーだった。そんなあなたにとって、自分より強い相手……あたし達とのゲームは、もっと楽しいと思うんだけど?」
真剣な顔で、俺をクランに誘うニオさん。
これまで俺は、自分より強いプレイヤー、上手なプレイヤーから見て・感じて学ぶ機会は多くなかった。それは単純に、ゲームの中で他人とプレイをする機会が無かったから。ウタ姉と一緒に動画なんかを見ることはあったけど、“良いな”とか“やってみたい”とか思ったことは無かった。シンプルに、ゲームに関して他人を意識したことが無かったから。
けど、先月。豪運プレイヤー・トトリと初めて、本格的にゲームをした。ゲームの中でも、“生きている他人”が居ることを意識できるようになった。他人と一緒にプレイするゲームも、“相手をきちんと選べば”、悪くないと思えた。
それに、ウタ姉たちが時間をかけて俺に働きかけてくれているおかげで、人付き合いに対する気疲れも減っているように思う。
「あたしみたいな人たちしかいないクランよ。入る気はない?」
夜風にローブをなびかせて、再び俺に手を差し伸べてくれるニオさん。金色の目が、俺をまっすぐに射抜く。
「……なんで、俺? 自分で言うのもなんだけど、ゲームの腕自体は上の下くらいでしょ」
「そうね。良くて上の中。ついでにあたしは、超の下」
「この概念に『超』とかあったんだ……」
多分、「上の上」のさらに上を言いたいんだろうけど、相変わらずニオさんは自己評価が高い。どこかの豪運プレイヤーとは正反対だ。
「じゃあ、なんで?」
「簡単よ。あたしと同じで、頭の中にゲームと、好きな人のことしかない。そんな斥候くんとなら、楽しくゲームができると思ったの」
似た者同士だからなのか。あるいは、人を見る目すらも別格なのか。ニオさんは、俺、小鳥遊好の中に、ウタ姉とゲームしかないことを、正確に見抜く。
「どうするの? 前時代的なことは言いたくないけど、女の子にこんなに熱心に言い寄られてなお腰が引ける男の子は、視聴者に見捨てられるわよ?」
「視聴者?」
「動画配信の話。端的に言えば、ヘタレ男子は一部コア層を除いて需要がないってこと」
「……配信してるニオさんらしい考え方だ」
俺でも分かる。ニオさんは、魅力的な人だ。ウタ姉に聞いた話だと、個人でやってる人で、しかもゲームの攻略動画メインのVtuber。競合他社が多いそんな環境で1万人の登録者数を得てるのは、かなり凄いことらしい。
『しかも、登録者数の割には再生数が多い……。隠れたファンはもちろん、この子のプレイングに憧れたり参考にしたり。真似するためにリピート再生してる人が多いってことじゃないかな?』
そんなことも、ウタ姉は言っていた。
確かに、ニオさんの戦い方には華がある。けど、視聴者はニオさんのプレイングはもちろんのこと、人となりにも惹かれてるんだと思う。この、人を惹きつける強烈なカリスマ性に、俺みたいな自主性の薄い人間は否応なく引き付けられ、引っ張られる。
“ニオの信者”とは、言い得て妙だと思った。




