第8話 『グリズリーに殺される』
イチノハラでの探索を終えた脱初心者たちがみんな通ることになる、ニノモリ。うっそうとした森を探索していると、アンリアルプレイヤーなら一度は通ることになる道がある。それは……。
「わわっ!? ぎゃんっ!」
俺が木の影から見守る先で、トトリが叫ぶ。コントローラー操作だから、痛みはないはずなんだけど、敵から攻撃を受けた時に「イッタ……」とか声が出てしまうのは、まぁ分かるかな。
「ちょ、早く立って、立って……あっ」
起き上がりの動作中に追撃を受けた鳥取が、
「ご、ごごめ~ん、斥候さ~ん」
涙声で叫んだのち、見事にポリゴンとなって消えた。同時に、そばに居たにゃむさんも『ナゴフ……』と首を振って消える。
事前にグリズリーの行動パターンを俺から教えてもらって、デスペナルティをほぼゼロにするためにほとんど装備無しでグリズリーに挑んだトトリ。結果、2分ほどでお亡くなりになった。
(良かった、ちゃんとトトリだ……)
レベル41の高レベルプレイヤーを電子の藻屑に変えたことに満足したらしい巨大な熊『グリズリー』が、踵を返して去って行く。
これこそ、アンリアルプレイヤーなら誰もが通る道の1つ「グリズリーに殺される」ってやつ。それを目の前で見た俺と、隣で妖精の姿に戻っていたフィーは静かに手を合わせて、
「南無……」
「んん……」
呟いた。
ひとまず、セカンドの町にある転移のクリスタルがある広場まで徒歩で戻る。と、早速、ベンチに座っているトトリを見つけた。
膝の上であくびをしているにゃむさんを、ぼうっとした顔で撫でている。町中だからか、それともにゃむさんを撫でるためか。今はフルダイブ操作中っぽい。服装は、淡い水色の服に黒い短パン。初期装備だった。
「え、えっと……。とりあえず、お疲れさまかな、トトリ?」
「あ、煽り……かな? 斥候さん、ひどい……」
「いや、普通に労っただけなんだけど……」
言葉の難しさを感じながらも、俺は、トトリにグリズリー戦の感想を聞く。
「グリズリー、どうだった? 一応、この辺りの中ボスなんだけど」
俺の問いかけに、少し考えるようなそぶりを見せた後。
「む、難しかった……よ。と、特に速さ……かな? が、段違い。スライムとかとは、全然違った」
トトリが、肩口までの水色の髪を揺らしながらシュンと項垂れる。
なんでも、この人。今に至るまで、ほとんどモンスターとの戦闘をしてこなかったらしい。まず、そもそも、運よくほとんどのモンスターに遭遇してこなかったらしい。もし運悪く出くわしても、基本的には逃げの一手を打ってきたそうだ。
(まぁ、ずっと、慣れないフルダイブ操作してたんだし、当然か……)
だから、相手の行動を予測して行動したり、隙をついて攻撃したりをする“ゲーム勘”が乏しいんだと思う。スライムとかトビウサギとかの単調な攻撃ならともかく、グリズリーが繰り出してくるのは、素早く、それでいてやや複雑な動き。
初心者殺しの名にふさわしいグリズリーの動きに翻弄された結果が、さっきの惨敗だった。
ただし、ゲームと現実の違いは、死んでもやり直せること。トライ&エラーを繰り返すことができる点にある。俺たちが……トトリがいま考えないといけないのは、次にどうするか。ボス攻略なんて、失敗の繰り返しでしかない。
「もう一回挑戦してみる? グリズリーって、ソロ攻略が難しい部類なんだけど……」
グリズリーを安全に倒すには、あの攻撃を逃げずに受けきるHPと盾が必要になる。幸い、トトリは生産系のスキルとHPが上昇するスキルにポイントを振ってるって言っていた。十分に、倒せる可能性はあるって、俺は考えてる。
(あとは、本人のやる気次第)
俺が見つめる先。広場のベンチに座って俯いていたトトリが、顔を上げた。
「や、やる!」
唇をきゅっと結んで俺をまっすぐに見つめる水色の瞳は、ゲームの中だと言うのに、やる気に満ちているように見えた。
「……そっか。じゃあ、まだ時間もあるし、もう一回行こう」
「う、うん! あっ、で、でも……」
中ボスには再び戦闘できるようになるまで結構時間がかかる。具体的には、24時間。トトリにも中ボスの性質として、事前に説明しておいたことだ。
「今すぐには無理……なんだよね?」
「まぁ、うん。そうなんだけど、次は俺がフィーと一緒にグリズリーを倒そうと思う。それを見て、倒し方とか考えてくれたらなって」
「フィーちゃん!」
ボスを倒すことじゃなくて、フィーが登場するという点に声を弾ませたトトリ。気のせいか、目も輝いているように見える。……この人、本当にブレないなぁ。
トトリにはもうフィーが〈変身〉できることがバレてるし、俺の戦闘スタイルもバレている。……ストーキングされてたからね。
だから、隠し事をする必要もないし、どうせセカンドの町まで来たならグリズリーのドロップアイテムだって取っておきたかった。しかし、そこで、
「(んっ!)」
他でもないフィーから、待ったの声がかかる。そんなこと聞いてない、ついてくるだけだったでしょ、と言いたげな怒りの声に、それでも。
「でも、フィーなら手伝ってくれるでしょ? 中ボス戦」
俺が言うと、フィーが黙り込む。
フィーは、俺と一緒にモンスターを倒すことが大好き(な設定)だ。早く以前のように一緒に戦えるよう、
主人をモンスターパレードに放り込むくらいには、戦うことが好き。前にグリズリーと戦った時も、それはもう乗り気だったように思う。
「大丈夫。へんた……トトリはフィーに触れないし、なるべく見られないようにするから」
「せ、斥候さん!? ちょ、ちょくちょくわたしの扱いが、ひどい……よ!?」
トトリの抗議の声は、聞こえないふりをする。この人にはぜひ、自分の行動を振り返ってみて欲しいし。
そのまま「ん~~~……」なんて言って長考していたフィーだけど。
「(……ん)」
了承の返事をくれる。さすが優秀なサポート妖精AIさん。自分ではなく、俺のことを最優先に考えてくれている証拠だ。
「ありがと。それじゃあトトリ、にゃむさん、行こっか」
「うん! ふぃ、フィーちゃんが戦うところ……楽しみ過ぎるっ! ちゃんと目と脳内に焼き付けないと……」
「いや、お願いだからフィーじゃなくて戦闘全体を見てね?」
『ナゴォ……』
そんなこんなで、俺とフィーは、トトリたちを連れてグリズリーの討伐へと向かう。30分くらいかけてグリズリーを探し出して、戦闘開始。
前回と同じく、さっさと逃げて、グリズリーを興奮状態にしてから、大盾で受けきって。グリズリーが疲労して隙を見せたところを、全力でぶん殴る。
「トトリの場合、接敵と同時に大盾系の防具をインベントリから出して受けきる。グリズリーが動きを止めたところで落ち着いて武器を交換して、攻撃……になると思う」
攻撃のチャンスをあえて一回分無駄にして、トトリが攻略する時のアドバイスをしようと振り返ると。
「ふぃ、フィーちゃん、すごい……! 白い武器、きれい! 可愛いっ! 愛い、尊いっ!」
木の影に隠れている(つもりの)トトリが、ぴょんぴょん跳ねている。
「……トトリ、聞いてる?」
「ぅえ、あっ、斥候さん!? う、うん! もちろん! ……で、なんの話だっけ?」
いやもう、本当に勘弁して欲しい。
「次に同じことしたら、本気で、トトリへの協力辞めるから」
俺が鳥取を手伝ってるのって、俺が知らない情報をくれるからっていうのと、同じ学校で、かつゲーマーとしての義理でしかない。いよいよもって、メリットよりも面倒くささの方が大きくなりつつある。
「ご、ごごご、ごめんなさい! ごめんなさい~!」
ヘッドバンキングみたいに頭をぶんぶん下げるトトリから視線を外して、俺は再び、鼻息を荒くするグリズリーとの戦闘に全力を傾ける。
攻撃を受けて、反撃して。その最中にトトリの方をちらと見てみたら、ちゃんと真面目に戦闘を見てくれている。
トトリは負けず嫌いだ。コテンパンにやられたグリズリー相手でも、もう一回戦うと言えるのは、ゲーマーとしての才能だと思う。
たくさんの“好き”を持っていて、些細なことに一喜一憂できるトトリは、ほんの少しだけ羨ましい。
言動に多少の気持ち悪さはあるけど、努力家で、意外と肝も据わっている。多分、きっと、恐らく、悪人ではない。ちょっと陰キャでオタクな、変態なだけだ。
(ぜひあの人には、隠しボスこと『“安息を願う者”ソマリ』を倒して欲しいなぁ……)
そう思わせられている自分に気付いた時。俺はいつだったかウタ姉がトトリを応援したいと言っていた気持ちが、分かった気がした。




