第7話 ゲームにおける“豪運”って、ずるいよね
ウタ姉が新歓コンパに行くと言うおかげでトトリとの待ち合わせまでの時間をきれいさっぱり忘れることが出来ていた俺は、
「ごめん、遅れた……」
ちゃんと、待ち合わせに15分ほど遅れた。場所は、俺が半年ぶりのログインを果たした場所……ファーストの町の中央にある噴水広場。俺が半年ぶりにアンリアルにログインした時に立っていたその場所でもある。この噴水広場の近くには、一度訪れたことのある他の町に瞬時に移動する『転移のクリスタル』もある。だからかもしれないけど、ファーストの町でも比較的多くの人が集まる場所だった。
「トトリ……さん?」
俺の目の前には、やや俯き加減のままきゅっと唇を引き結んで、上目遣いに俺を見るトトリの姿がある。淡い青色の髪に、それよりもやや深めの青色をした瞳。前回、隠しボスにやられてしまったからだろうか。今日は、白のTシャツに紺色の短パンという、初期装備のままの姿だった。
(……あれ? なんだろう、この違和感)
俺がゲーム内でトトリと会うのはこれが2回目。前回も思ったけど、よく作り込まれたキャラクターだと思う。だけど、どうしてだろう。「トトリ」というキャラクター自体に、言葉に出来ない違和感のようなものがあった。
「さ、30分くらい待たされた……。しかも、こんなに人がいっぱいいる所で……」
『な、ナゴォ……!?』
心細さを埋めるためかな。ずっと抱いていたらしいサポートAI『にゃむさん』を抱く腕に力を込めて、俺に不満を漏らすトトリ。そのせいでにゃむさんが苦しそうにうめいている。……ちょっとにゃむさんがかわいそうだから、やめてあげて欲しいな。
あと、こういう時は「ううん、全然待ってない」とか「今来たところ」と言うのが社交辞令だって、ウタ姉が言ってた気がするんだけど……。
(まぁ、この人だもんな)
なんとなくそういう気配りみたいなことが出来なさそうに見えるトトリだからと、納得しておく。それに、遅刻した俺が悪いのは間違いない。
「改めて、ごめん」
「い、いいよ? でも、その代わり、あの妖精の子を見せて欲しい……かな?」
妖精の子……。フィーのことか。でも、出来れば町中でフィーを出したくはない。それに、実はさっき宿で他のプレイヤーと会うって言ったら、なぜか不機嫌になったフィーと少し揉めたんだよね。そのせいで、俺は10分追加で遅刻していた。
(とはいえ、遅刻した手前、断り辛いし……)
「だ、ダメ……?」
水色の髪を揺らして首を傾げたトトリ。多分、フィーは滅茶苦茶渋るだろうけど、ここはプレイヤー“様”の権限を使って、無理矢理にでも出て来てもらうことにしよう。
「分かった。でも街中では目立つし、イチノハラに出てからで良い?」
「う、うん。分かった。あ、ああ、あともう1つお願いがあって……」
「え、なに……?」
この後のトトリからの意外なお願いに頷いて、俺はファーストの町から出てすぐに広がる探索エリア『イチノハラ』へと向かうことにした。
恐らく、アンリアルをプレイした人なら誰もが一度は探索することになる場所。それが、イチノハラと呼ばれるだだっ広い草原エリアだ。
出現するモンスターは主に4種類。半透明の、潰れた餅のような形をした『スライム』。大きな垂耳を持つ兎のモンスター『トビウサギ』。空を飛んで、プレイヤーのインベントリの中にあるアイテムを盗んで来る、意外と凶悪なモンスター『盗人ドリ』。最後に、夜限定で現れる幽霊『ゴースト』。
基本的に出現するモンスター全てがレベル5以下。アンリアルを始めたばかりのプレイヤーが、戦闘のイロハを学び、何よりも安心して遊ぶことができる。そんな、言わばふれあい広場みたいなところだ。
そういう事情もあって、初心者でも楽に倒せるモンスターばっかりなんだけど……。
「えいっ!」
スカッ。
「とりゃぁ!」
スカッ。
「ふんぬっ……とと、わわっ! ぎゃんっ!?」
スカッ。からのペチッ。振り回した『長剣』(攻撃力20)の攻撃が外れて、勢い余ってトトリが転んだと見るや否や、銀色に光る敵モンスターが顔面に体当たりを決める。そんなやり取りが。合計3回ほど行なわれていた。
今トトリが相手にしているのは、レアなモンスター『メタルスライム』。名前の通り、通常のスライムと違って、身体が金属のように銀色に光っている。防御力が999ある代わりにHPが3しかなく、倒せばたくさんの経験値が手に入る、そんなモンスターだった。
(理論上は3回攻撃を当てれば、倒せるはず……なんだけど)
見ての通りのあり様だった。戦闘が始まって、もう5分近くは経っている。その間、トトリがメタルスライムに与えたダメージは2。しかも、トトリが転んだ際にたまたま剣が当たっただけで、狙ってダメージを与えたようには見えなかった。
(これは、どう見ても、絶望的……だよね?)
そもそもトトリへの協力に対して俺が乗り気ではないことを差し引いても、トトリのプレイヤースキルでボスを倒せるとは思えない。むしろ、全力でボスへの挑戦を止めさせたいくらいだ。
「痛~……。う~、や、やったな~! そりゃあっ!」
立ち上がって、剣を振って、外して、転んで。最後にはきちんと、モンスターの反撃を受ける。
『ナァゴ……』
俺の隣。トトリから少し離れた位置で成り行きを見守るにゃむさんが、野太い声で鳴いた。すると、一瞬だけ、トトリの全身を緑色の光が包む。HPを回復するスキル〈回復Ⅰ〉が使用された証だ。これでもうしばらくは、トトリもメタルスライムと戦うことができるわけだ。
「大変だね、にゃむさんも」
『ナゴフ……』
丸くなって主を見守る黒猫を撫でて、労ってあげる。とは言っても、撫でるふり、なんだけど。フレンドでもパーティメンバーでもないプレイヤーは、他のプレイヤーやそのサポートAIに触れられない。痴漢や暴行など、犯罪防止の観点からだ。
他にも、パーティメンバーでなければ、戦闘に参加できない……と言うか、ほかのプレイヤーが戦闘状態にあるモンスターに触れられない・影響を与えられないという制限なんかもある。レアモンスターの横取りや、他人が弱らせたモンスターを狩る「ハイエナ」と呼ばれる行為を防ぐためだ。
(特にレアモンスターの横取りは、アンリアルだと影響が大きいもんなぁ……)
特別なアイテムを落としたり、倒せばレベルを上げるために必要な『経験値』がたくさん得られたり、お金(G)が手に入ったり。ゲーム内のお金を持ち出せるアンリアルというゲームの性質上、レアモンスターを欲するプレイヤーは多い。俺だって、会えるものなら会いたいし、狩りたかった。
(そういう意味では、トトリは運が良いよなぁ)
ファーストの町を出て、さて、トトリのプレイヤースキルを見ようかとモンスターを探していたら、メタルスライムを見つけたトトリ。しかも、2体連続で。いまトトリが戦っているメタルスライムも、実は2体目だったりする。
(メタルスライムに会える可能性って、噂によると5,000分の1くらいだったはず……)
それが立て続けに2回となると、250万分の1にもなる。
多分、あの人は、運が良いんだろうな。話を聞く限り、レアモンスターに会うのはこれが初めてじゃないっぽいし。それに、通常は確率で落ちるアイテムも、
『ぅえ!? あ、アイテムって確ドロじゃの!?』
とか言ってた。トトリに付き合って30分。あながち、たまたま隠しダンジョンを見つけたって言う話も現実を帯びてくるくらいには、トトリの運の良さを見せつけられていた。
(滝鉄250個も、まさか自分で全部用意した……。いや、さすがにそれは無い……よね?)
なんて考えていたら、ついにトトリとメタルスライムによる世紀の大決戦に決着がついていた。
「ふぅ……。きょ、強敵でした……」
体力ではなく、気疲れしたんだろう。トトリが大きく息を吐きながら、俺たちの所に戻って来る。幸か不幸か、トトリが戦闘を長引かせてくれたおかげで、メタルスライムの行動パターン、動きの癖なんかも見ることが出来た。
「そ、それで……どうかな? たかなし……斥候さん的には、わたし、ボスに勝てそう?」
額ににじむ汗を払う素振りを見せながら、恐る恐る聞いてくるトトリ。この人には、人の運の良さの最高潮を見せてもらった。それに、どんくさいけど、ゲームをするうえで大切な根性だってあるように見える。これなら……。
「うん、無理」
「そ、そんな~……」
どう見積もってもボスに勝てるビジョンが見えない。俺は早々に、トトリというプレイヤーに見切りをつけることにした。




