第116話 カラノスの情報
――十日後。
アルゲアス王国の商人カラノスが、ブルムント族の本村落に戻ってきた。
帝国で情報収集をしてきたのだ。
飄々と出て行ったが、戻ってくる時も飄々としている。
カラノスを本村落の集会所に招き入れる。
こちらの出席者は、俺、アトス叔父上、エルフ族族長のエラニエフの三人だ。
「や、おそろいでございますね」
カラノスは落ち着いた口調で、バルバルの言葉を話した。
俺は挨拶を省いて単刀直入に聞いた。
「帝国軍はどうだ?」
「二万五千の軍勢が、既に帝都を進発しています」
カラノスの答えに場の空気がピリッとする。
ブルムント族の若い連中がナルボの町で仕入れた話は本当だった。
俺の腹の中から熱い物が込み上げる。
帝国軍と一戦交えるのだ。
俺が当初考えていたよりも、かなり早いタイミングだが、俺は勝つつもりだ。
「到着時期は?」
「およそ半月後」
「早いな。そして帝国軍にしては軍勢の規模が小さい」
「左様ですな。軍関係者から仕入れた情報ですが、皇帝の命で軍の規模を小さくし行軍速度を上げようとしているそうです」
「なるほど」
二万五千は、バルバルにとって大軍だが、帝国軍は十万の軍を編成出来る。
だから、俺は『帝国軍二万五千』と聞いて少ない印象を受けた。
行軍スピードを上げるという理由はもっともだが……、イマイチピンと来ない。
大軍で押しつぶす方が帝国らしい。
「カラノス。二万五千という数に間違いはないか?」
「間違いございません。帝都の中央軍二万五千が動いています」
「理由は行軍速度?」
「左様でございます。何かご不審な点でも?」
俺とカラノスの視線が空中で火花を散らす。
コイツ……何か隠しているな……。
いや、それとも俺を試している?
アルゲアス王国にとって、バルバルが有益な存在か?
俺の器量を量っているのか?
俺はカラノスが何かの意図を持って情報を全て開示していないと感じた。
そこで、状況を整理しながらカラノスと問答をする。
「指揮官は?」
「皇帝自ら陣頭に立つようです。ムノー皇太子も同行されています」
「何か不自然だよな?」
「ほほう。どのあたりが?」
カラノスが楽しそうに笑う。
「まず、バルバルを討伐するのに大軍は向かない。バルバルの領域手前に広がる平原は、広いことは広いが十万の軍を展開するには狭い。二万五千は妥当な数だ」
「そうですな。では、おかしなところはないと?」
「いや、同程度の数を後詰めとして出すことは可能だ。ナルボの町に待機させても良いし、近隣の都市に分散して待機させても良い。そうすれば、第一陣が形勢不利となれば援軍を呼べるし、長い滞陣になった場合は兵士を入れ替えることも出来る」
「ふむふむ。大軍を編成できる利をそのような形で生かすと?」
「ああ、その方が帝国軍らしいし、皇帝が出張ってくるなら、それくらいやると思うが?」
「そうかもしれませんなぁ」
カラノスの笑顔が深まった。
俺はグッと身を乗り出す。
「カラノス。他にも何かあるだろう? なぜ、二万五千なんだ? なぜ、行軍を速くする必要があるんだ? 大軍で悠々押し寄せれば、数の圧力でバルバルが降参するかもしれないんだぞ。少数で急ぐ必要がなぜある?」
俺はジッとカラノスを見た。
俺の両隣にそれぞれ座るアトス叔父上とエラニエフもジッとカラノスを見ている。
カラノスは笑顔を消し殺気のこもった目でささやいた。
「皇帝の体調がかなり悪いようです」
「本当か!?」
「はい。移動は馬でなく輿に乗っているそうです」
「馬に乗れないほどなのか……」
「酒毒が大分効いたようで……ククク……相当お悪いようで……」
カラノスが暗い笑い声をこぼした。
「なるほどな。それで少なめの軍勢で、素早く移動し、勝ったら素早く帝都に戻る。皇帝の負担を軽くする狙いか」
「はい。間違いないでしょう」
俺はジッと床の一点を見て考えに沈んだ。
どうもカラノスの話を聞く限りでは……、ひょっとすると皇帝の死期が近づいているのかもしれない。
そして、皇帝は自分の死期を悟って――。
「あー、なるほど! ムノー皇太子か!」
「はい。確証となる情報は得られませんでしたが、状況から察するにガイア様の予想で正解でしょう」
「ご苦労だった。アルゲアス王国の協力に感謝する」
「帰国をいたしましたら、国王陛下ならびにアレックス王太子殿下、ソフィア殿下にお伝えいたしましょう」
俺がカラノスとの会話を終えようとすると、アトス叔父上とエラニエフが止めた。
「待て! 待て! 待て! 二人は納得しているようだが、どういうことだ? ガイアよ。説明してくれ」
「帝国軍二万五千が半月後にやってくるのはわかった。皇帝の体調が思わしくないこともわかった。その後がよくわからない」
俺とカラノスは目を見合わせて笑った。
どうも二人で集中し過ぎたようだ。
「アトス叔父上、エラニエフ、すまない」
「大変失礼をいたしました。事実はエラニエフ様がおっしゃった通りです。その後は、私とガイア様の予想です」
「ふむ……」
俺はアトス叔父上とエラニエフに予想を話した。
「皇帝は酒の量が増えているという話が、以前からありましたよね?」
「ああ。そうだな。ガイアがカラノスを通じで我らの酒を帝国の宮廷に売っていたな」
「ええ。それも謀略の一環です。効き目が出たようです」
「皇帝の体調悪化か?」
「はい。それで、ここからは完全に俺の予想なんですが、皇帝は自分の命が長くないと感じているんじゃないかと。そこで、後継者のムノー皇太子です」
アトス叔父上がアゴに手をあてる。
「あのムノー皇太子か。あれが後継者では皇帝も困るだろう」
「そうです。あのムノー皇太子です。あの無能っぷりでは、スンナリ皇帝の座につけるか疑問です」
「なるほど反対する貴族もいるだろうな」
「ええ。皇帝になれたとしても、帝国がまとまるかどうか……。何せ無様に敗戦しましたからね。そして酒食に溺れ良いところがない」
「ふむ……。父親の皇帝としては不安。そこで勝ち戦で箔をつけると?」
「バルバル討伐で勝利し、息子のムノー皇太子の実績にする。皇位継承を円滑にするのが狙いなのではないかと予想しました」
「皇帝は体調が悪いのに、息子可愛さで無理して戦に出て来た。だから、行軍速度を速くする必要があるということか……」
「あくまで予想ですけどね」
アトス叔父上が納得してふむふむとうなずいている。
エラニエフが人の悪い笑みを浮かべた。
「それでガイアは皇帝に薬を献上しないのか? エルフでは薬も作っているが? とびきりの良薬を調合するぞ!」
いやいや、エラニエフも人が悪い。
献上するわけないじゃないか。
俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「まあ、帝都の皆さんから見たら、俺たちバルバルは野蛮人だからな。野蛮人が作った野蛮な薬なんて飲みたくないだろう」
「そうか~、それは残念だな」
エラニエフの冗談に俺たちは声を上げて笑った。
「カラノスは、どうする? 引き上げるか?」
「お許しいただけるなら、バルバルの皆様の勝ち戦を観戦して帰りとうございます」
「ああ、それならゆっくりして行ってくれ」
「ありがとうございます。ああ、それからナルボの町で食料を仕入れてまいりました。小麦、日持ちする野菜や果物、干し肉など荷馬車三台分ございます。戦時ゆえ少々お高くなりますが、いかがでしょうか?」
「しっかりしてやがるな! 買うよ!」
「毎度、ありとうございます」
俺、アトス叔父上、エラニエフは笑い声を上げながらも、全身からムラッとした覇気を発していた。





