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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第六章 夜霧の渡り鳥作戦

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『夜霧の渡り鳥』作戦  その1

レナート・ロジオーノヴィチ・クラッチ軍曹は、大きくあくびをした。

時間は、朝の六時。

濃霧の中ではあるが、少しずつ霧が薄くなっていっているように感じる。

この時期の夜番は寒さと退屈で死にそうだなと毎回思う。

しかし、あと数時間で開放される。

交代したら、まずは朝飯を食って、それで硬いものの艦隊勤務ではありえない自分だけのベッドに横たわってぐっすりと寝てやろうと思う。

さぁ、もう少しだ…。

そんな事を思いつつ、眠い目を擦りつつ任務を続ける。

サーチライトの光が海面を舐めるように動くが異常なものは見当たらない。

大体、この時期、ここに攻撃をかけるというのが間違っているのだ。

帝国東方艦隊の母港であるジュンリョー港は、発見されずに近づく事ができない天然の要塞なのだ。

沖には、いくつもの小島があり、その島には監視所と砲台が設置され、港に近づくものを発見し、攻撃する。

それは濃霧が発生するこの時期も変わらない。

また、監視の行き届かない部分には機雷が設置されており、それにより侵入してくるものは、機雷に引っかかるか、監視所に見つかるかの二択のみしかない。

現に、ここの基地と港を建設してから、三回ほど侵攻作戦があったが、侵攻した側は大被害を受けて撤退するしかなかった。

しかも、帝国東方方面海軍司令長官のアレクセイ・イワン・ロドルリス大将は、攻めに関してはイマイチだが防御戦では負けなしと言われている。

実際、フソウ連合という国に攻め入った部隊は敗退したようだが、まぁ、それは自分には関係ない。

今の勤務が実に自分にはあっていると思う。

まぁ、休暇があまり取れないのと不規則気味な生活になるという事が少し不満だが、自分の専用のベッドがあり、持ち物制限も緩く、任務以外は実にのんびりと過ごす事ができるこの警備という任務は最高だと思う。

転属命令なんて来ても断ってやる。

そう思ったときだった。

なにやらエンジン音が耳に入った。

最初は微かだった音が段々と大きくなっていく。

なんだ?

慌ててサーチライトを左右に動かし、海面に異常がないかを確認する。

音の発信源となるモノは見当たらない。

だが、段々と大きくなっていくエンジン音から、音を発しているものが近づいてくるのがわかる。

なんだ?なんなんだ?

パニックになって、慌てて警報を鳴らそうと警報ボタンに指を向けた。

しかし、それは遅かったようだ。

エンジン音が一番うるさくなった時、ヒューという何かを落としたような音が続く。

そして爆発。

それも複数爆発音が響き、その一つの爆発で飛ばされてレナートは外の地面に叩きつけられた。

多分、窓際にいたのが原因だろう。

キーンという耳鳴りで周りの音があまり聞こえない。

少々の切り傷があり、身体の節々に痛みが走るが、何とか動かせるようだ。

よろよろと立ち上がった彼が目にしたものは、自分がさっきまでいた警戒所やあと数時間したら寝るつもりだった兵舎、簡易司令部が爆発によって崩壊し、燃え上がっている様だった。

「な、何が…起こったんだ?」

この濃霧の中、艦砲射撃で正確にこちらを狙おうと思ったらかなり近づかなければならないはずだ。

しかし、艦艇の姿はまったく見えなかった。

そこではっとする。

そうだ。

報告だ。

司令部に報告しなくては…。

しかし、無線も何もかも連絡手段は失われてしまった。

なら…。

何か使えるものはないかと周りを見回す。

そして、気がついた。

少し離れた小島にも火が燃えている事を…。

あそこはたしか…。

すーっと背中に冷たい汗が流れる。

あそこのあたりには、ここと同じように砲撃陣地と警戒施設があったはずだ。

それが燃えている…。

つまり、ここと同じように襲撃を受けたのだ。

どうすればいい…。

しかし、そんな事をあざ笑うかのように連絡手段はことごとく失われてしまっていた。

また、彼の同僚達も姿が見えない。

この時間帯は一番勤務が少ないとはいえ、あと何人かはいたはずだ。

ゆっくりと視線を崩れ落ちて燃えている監視所に向ける。

瓦礫の隙間にちらりと見えるのは…あれは人の手だろうか。

そして、自分の強運を知る。

もし飛ばされなければ、自分もそうなっていた事を。

多分、兵舎で休んでいた者たちも、全滅だろう…これでは…。

愕然としてその場に座り込む。

何もかも失ったという虚脱感に襲われる。

呆然と座り込んでいるとやっと耳鳴りが収まって音が戻り始め、彼は水をかき切る音がしたような気がして海面の方を見た。

そして、彼は目にする。

少しずつ晴れていく霧の海原を、見たこともない巨大な戦艦を始めとする大型艦艇がジュンリョー港に近づいているのを…。

そして、悟る。

敵の侵攻が始まり、そして、自分はただ見ていることだけしか出来ないと言う現実を。



「各監視所、沈黙しています」

「さすが、手際がいいな」

見張りの報告に、榛名の付喪神が感心したように言うと同乗していた山本中将は苦笑した。

榛名はどちらかというとあまり相手を褒めない。

それは、自分が戦艦というプライドがあるためかもしれなかった。

そういう彼が褒めるという事から、彼もかなり興奮しているのがわかる。

もっとも、それは仕方ないのかもしれない。

やっと実戦で戦えると思って参加したガサ沖海戦ではただの艦砲射撃のデモンストレーションをしただけで終わり、その後は訓練以外は何もない状態が続いていたからだ。

別に血を求めているわけではないが、戦う事に意義を見出している彼としては、つまらない日々だと思っていたに違いない。

しかし、今回は違う。

半分囮という感じであるが、敵に対して砲撃できるのだ。

待ちに待った出番というやつである。

これでテンション上がらないやつはいないだろう。

「伊-400の特殊攻撃機晴嵐だな。彼らはいかに効率よく敵を潰すかにかけては海軍一だからな」

山本中将はそう言って榛名の肩をポンポンと叩く。

榛名の視線が山本中将の方を向き、ニタリと笑う。

その微笑に、微笑を返しつつ山本中将は言葉を続けた。

「次は我々の番だぞ」

「ああ、もちろんだとも」

榛名はそう答え、作戦用の図面に目を向けた。

そこには、敵の港の詳細な情報が記入されており、さらにどこにどんな艦が停泊しいるのかも書き込んであった。

それを見て、榛名の目が細くなる。

「移動や変更は入っていないな?」

「はっ、昨日の夕方の偵察では変化なしだったそうです」

「そうか、なら、各艦に連絡だ。作戦通り、甲の壱八でやると伝えろ」

「了解しました」

榛名がそう命令すると、無線手と伝令が忙しく動き始める。

無線と手旗信号や探照灯を使った伝令の為だ。

よほどの事がない限り、連絡は何種類かの手段で送られる。

それは間違いがないようにする為だ。

「よしっ。各自、砲撃戦の準備だ。日頃の成果を見せるときだぞ」

榛名の静かながらも喜びに満ちた声に、乗務員達は答える。

「「「了解しました」」」

その様子を、山本中将は腕を組んだまま黙って見ている。

今のところ、長官の計画通りに進んでおり、余計な事を言うのはせっかくの士気に水を差すようなものだ。

そう判断したのである。

多分、榛名もそれをわかっているのだろう。

どうのこうの言いつつも、二人の付き合いは長い。

互いの考えている事ぐらいはなんとなくわかるつもりだ。

だから、榛名はちらりと山本中将の方を見て、それに山本中将は軽く頷く。

それだけだ十分だった。

予定通り、ゆっくりと艦が港に向けて横を向く。

主砲四基を全て向けるためにだ。

そして、後ろに続く霧島も同じように横を向けて主砲を動かし始める。

ただ、まだ霧が完全に晴れてしまったわけではない。

あくまでも報告のあった予想の位置を狙ってという事になる。

だから、最初の何射かは炎上を目的とした砲弾を使う。

そして、炎上し、より正確に目標を発見できるようになったら、通常弾に切り替える予定だ。

そろそろ向こうの港の方も蜂の巣をつついたような騒ぎになっているに違いない。

時間を確認するとあと数分で七時といったところだろう。

ちらりと腕時計を見た山本中将は、榛名を見て頷く。

作戦決行だ。

「各艦に連絡。砲撃を開始せよ。敵が出てきたら、計画通りに行動する事を忘れるな」

榛名の声が響き、そして三十六センチ主砲が火を噴いた。


こうして、フソウ連合暦平幸二十三年十一月二十八日七時に、フソウ連合海軍の帝国に対しての反抗作戦『夜霧の渡り鳥』作戦が始まった。

それは、王国に戦艦ネルソンとロドニーが到着して三日後の事であった。

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