王国首都ローデンにて… その1
「なんか拍子抜けだな…」
アッシュはそう呟く。
今、王に敗戦の報告に上がったのだが、攻め立てられて貶されると思っていたのに、「そうか。お前は無事だったか…。後の報告は文章として出せ」とだけ言われ、下がるように命じられたからだ。
そんな事を思いつつ、王宮の廊下を歩いていると不意に肩を叩かれた。
「よう、おかえりっ」
聞き覚えのある声に苦笑しつつ振り向く。
そこには二十代後半といったところだろうか。
金髪の癖毛を短くまとめたスカイブルーの瞳を持つ海軍の軍服を着こなす青年の姿があった。
彼の名前は、ミッキー・ハイハーン。
王国海軍の少佐で、アッシュの士官学校の同期である。
まぁ、どちらかというと親友と言うより、悪友といったほうがいい間柄だ。
「おいおい。そういうのは王宮を出てからするべきだぞ、ミッキー。一応、こう見えても王子様だからな…」
そうおどけて言ってみる。
普段なら、「どこに王子様がいるってんだ?」なんて言ってお互いに笑うのだが、今回は予想とは違う答えが返ってきた。
「すまない。そうだったな…。ついつい以前の癖で…。許してくれ」
そう言って謝罪される。
その変わりように、アッシュは慌てて言い直す。
「いやいや、どうしたんだ。いつもなら…」
ミッキーは首を左右に振る。
「いいや。以前と同じに出来なくなったんだよ、アッシュ…」
「それはどういうことだ?」
そう聞き返すアッシュの様子に、ミッキーは少し驚いた後、ゆっくりと口を開いた。
「今、君は王位継承権五位になってるんだよ…」
「はぁ?何言ってるんだ?私の王位継承権は、二十位以下のはず…」
そこまで言いかけてアッシュは言葉を止めて聞きなおす。
「向こうにいっている間に何があった?」
「本当に知らなかったのか?」
「ああ。知らない…」
アッシュの表情から嘘ではないと判断したんだろう。
ミッキーは真剣な表情で周りを見回した後、囁くように言う。
「ここではなんだから、いつものところに…。他の仲間も集まるはずだ…」
アッシュはただ「わかった」と返事をして頷く事しかできなかった。
いつもの所…それは、士官学校時代に仲間とよく行った小さな酒場の事だ。
「遠き祖国の元に…」という店名に、最初に来たとき無性に心を動かされた記憶がある。
なんでも主人は海軍出身で、派遣艦隊勤めを三十年した後に引退してここの店を開いたそうだ。
店名は、三十年間の間に感じた祖国への思いが込められていると言っていたっけ…。
今、海軍の司令官として祖国を離れて任務についてみて、なんとなくだが店主がこの名前をつけたのがわかるような気がする。
そんな思いの込められた店名だが、店は二十人も入れないほどの小さなものだ。
だが、そんな狭さがなんとなくだが心地よく、仲間と集まりよくここを貸しきって飲み明かしていた。
外見と看板をしばし懐かしく見た後、ミッキーと一緒にアッシュは店内に入る。
ああ、懐かしいな…。
士官学校生の時と変わらないじゃないか。
実に三年ぶりだというのに、まるで前のままの姿で店が迎えてくれているような錯覚さえ感じてしまう。
そして、そこにはなつかしい面子がいた。
店長は当たり前だが、士官学校時代の同期に、後輩、それに先輩もいる。
その人数は十人。
懐かしさにアッシュは思わず笑みが漏れる。
その様子をミッキーは横から嬉しそうに見た後、笑いつつ言う。
「今、集まれるのはこの十人だけだが、連絡がつくやつは全部で二十三人。全員、昔ながらのアッシュ派だよ」
「よせよ。懐かしい事を言うなよ」
そう言いつつも、アッシュの顔はうれしさに満ちていた。
そう、彼らは、王位継承権の低いながらも人間味のある努力家のこの王子を慕っているものたちだ。
そして、彼らは卒業するときに誓った。
我らは、アーリッシュ・サウス・ゴバーク殿下の忠実な仲間だ。
そして、彼の事をアッシュと呼んでいい権利を持ったものだ。
ゆえに我らはアーリッシュ派ではない。アッシュ派であると…。
アッシュは、頭をかきつつ、照れたような表情を浮かべてその時の事を思い出す。
そんな様子を待っていた十人がニヤニヤした顔で見ている。
それに気がついたアッシュは慌てて顔を引き締めて言う。
「よう、只今…。わ、わが…仲間達よ」
その瞬間だった。
わっと歓声が沸き、仲間達にもみくちゃにされるアッシュ。
そしてもみくちゃにされながら彼らからかけられる声。
「お帰り、ボス」
「無事でよかったですよ、本当に…」
「心配しましたよ。無事で何よりです」
「相変わらずだな。安心したよ」
それらはとても暖かく、心地よいものだった。
どれだけもみくちゃにされただろうか。
パンパンパンっ。
手を叩く音と「はいはい。そこまでだ」と言うミッキーの声に再会の儀式は終わる。
「まいったなぁ…」
なんて言いながら髪と服装を整えるアッシュ。
しかし、顔のニヤケが隠しきれていない。
「よう、アッシュ坊、いつものでいいか?」
笑いながら見ていた店主がそう聞いてくる。
「頼みますから、アッシュ坊は止めてくださいよ…」
「何いってやがる。この店の中では、階級も爵位も王位も関係ないって言ったのはお前さんだぞ」
「ですけど…坊って…」
「俺から見たら、お前さん達は息子みたいなものだし、何より年の差だけは言ってなかったからな。だからアッシュ坊だ。がはははは…」
その発言にアッシュは苦笑すると、出されたエールのはいったグラスを手に取った。
ミッキーがグラスを掲げる。
「我らが友の無事な帰国に乾杯っ!」
「「「乾杯ーーっ」」」
カチンというガラスの音がいくも重なり、皆一気にエールをあおるように飲む。
「ぶはーっ」
酒がそれほど好きではないアッシュだったが、ここで仲間と飲む酒は最高にうまい。
そう実感する瞬間だった。
そして、宴会が始まった。
誰もがアッシュの向こうの生活や負けた戦いの事、捕虜になった事を聞いてきた。
そういう話は、普通なら遠慮するはずだったが、アッシュが最初にフソウ連合という国はすごいんだと話し始めてからいっきに話は広がった。
自ら、戦いの事、捕虜になった事を話し、何でも聞いてくれと言ったためだ。
そして、彼はフソウ連合にも友が出来たと報告する。
「おおっ、ついに海外の国でもアッシュ派が出来たかっ」
「しかも、一国の海軍の長だとっ?どうやったら、そうなるんだ?」
次々と質問は限りなく続くのではないかと思うほど続いた。
そんな質問に、アッシュはきちんと答えていく。
そして、質問が途切れた時にきっぱりと言い切った。
「フソウ連合海軍こそ、私の理想とする海軍の姿だった」と…。
「アッシュにそこまで言わせるとはなぁ…」
ミッキーが笑いながらそう言う。
周りも皆も「そうだ、そうだ」と相槌を打つ。
「理想家のアッシュにそこまで言わせるんだ。たいしたもんだな、そいつらは…」
その言葉に苦笑し、アッシュは聞き返す。
「そんなに理想高いか?」
「ああ、高いね」
「そうそう。はるか彼方の先のものを求めているのかって思うくらいに…」
笑いながらそう返されると苦笑するしかない。
「しかし、アッシュにそこまで言わせる相手と軍か…。一度会って見たいものだ…」
ミッキーのその言葉に皆頷いた。
それは同じ海軍の軍人としてだけではなく、アッシュという人物がほれ込んだものを見てみたい。
その思いがとても強かった。
しばしの間が開き、いいタイミングだと思ってアッシュは王宮で聞けなかった事を聞くことにした。
「近況報告は、これくらいにして…。それでだ…。こっちで何があった?」
その言葉に、その場にいた全員の表情が一気に暗くなった。
アッシュだって薄々はわかっている。
しかし、情報は正確に掴む事で初めて情報になりえる。
不正確な情報は、意味がない。
だからこそ、自分の信頼する人たちから話を聞こうと思ったのだ。
全員が顔を見合わせ…そして、代表するかのようにミッキーが口を開いた。
「すべては、あの女、あの魔女が提案したことから始まったんだ…」




