いいタイミング
人生にはタイミングというものがある、と思わずにはいられない話しがドュバン家に舞い込んだのは、トゥールとルーカスから警告を受けた3日ほど経ってからだった。
その書簡を震える手で読んだラクサスは胸の動機が治まらず、遂には天を仰ぎ始めた。
主のそんな姿にトーマスは書簡の差出人から何かとんでもない要求が舞い込んだのかと危惧して声をかける。
「旦那様、何か難しいことが?」
「いや⋯これは。⋯そうではない、そうではなく僥倖と言える。ただタイミングがあまりにも良くて、戸惑ってもいるし、訝しんでもいる」
「訝しむ⋯⋯ですか?」
「あぁこれまで《《此方の方々》》と我が家は面識があったのだろうか?」
「⋯⋯いえ少なくとも私は伺ったことはありません。奥様は如何でしょうか?」
「⋯⋯聞いたことはないがリーゼはあまりこう言ったことは言わないからな、聞いてみよう。どうせ話さなければならないから。リーゼを呼んでくれないか?」
「畏まりました」
トーマスが礼をして部屋を出ようとしてラクサスは呼び止めた。
「すまないが二人だけで話しをさせて欲しい」
いつにないラクサスの言葉にトーマスは目を見開いたが、直ぐに頷いてミナリーゼの所に向かった。
彼女にラクサスが呼んでいると告げ、その際に人払いの話も合わせてすると、ミナリーゼもまた目を見開いて、おそらくは家政の為の帳簿付けをしていたであろう手を止め、急いで自分の執務室を後にした。
その背を追いかけてトーマスはラクサスの執務室から少し離れたところで、誰も中に入らないように見張ることにした。
トーマスはラクサスの執事になって今回の事の様に蚊帳の外に置かれるのは初めての事だった。
正確にいうと表立っては初めてだった。
ラクサスとミナリーゼは夫婦であるからこういったケースの時は寝室で話したりするので、昼に人払いをする事自体がなかったからだ。
今回ドュバン家に齎された《《あの書簡》》は夜まで待てないほどの緊急性がある物なのだと推察されるし、そしてその話に自分は今の時点では必要がないのだと思わざるを得ない物なのだと理解した。
暫く扉を見張っているとラクサスが顔を覗かせてトーマスに手招きをした。
近付くと「入ってくれ」とラクサスが扉を広く開けた。
中に入ると何時もは立ったまま要件を聞くのだが、ラクサスはトーマスにソファを薦めた。
言われるがまま座るとミナリーゼがお茶の準備をする「奥様!私が」という言葉にも「いいのいいの」とミナリーゼに征された。
こんな事は過去に遡っても一度も無い、いや前の奥様が亡くなった時以来かもしれない。
それほどに重要な事を今から自分は主から聞かされるのだとトーマスは背筋を伸ばした。
目の前には奥様が手ずから淹れてくれたお茶の湯気がユラユラと揺れている。
薦められてひとくち口に含むと緊張して強張っていた体が解れてきた。
「トーマス、君も書簡の宛先から重要な案件だと気付いていると思うが、それ以外にも君に把握して貰って置かなければならないことがあるんだ」
「⋯⋯はい旦那様、どんな事でもお話ください。このトーマス何が起きても、ドュバン家の⋯⋯旦那様のお味方でございます」
長年苦労を共にしてくれた忠実な部下であり友であるトーマスの覚悟の言葉にラクサスは熱い物がこみ上げるのと同時に、巻き込んでしまうことへの罪悪感が押し寄せて来たが、彼の協力無しでこの先は進めないのだと思い、ラクサスは《《始めから》》話す事にした。
◇◇◇
「それでは、その書簡はダイサス様への釣書だったということですか?」
全ての話しを聞いてトーマスの最初に出た言葉は確認のそれだった。
ラクサスは秘密を話し終えた安堵感からあからさまに緊張を説いて笑顔を浮かべて頷いた。
隣でミナリーゼもニコニコしている。
「お父様の商会が長年お付き合いがあったから私も幼い頃から皇子とは親しくさせて頂いてたの。まさかこんないい話を持ってきてくださるなんて、まさに僥倖。このタイミングなのも吃驚よね」
ラクサス達の目の前のテーブルにはその書簡が広げられている。
宛名は隣国の一つ、アルシェルト帝国の皇室からで要件は第三皇女の輿入れ先をドュバン家にお願いしたいというものだった。
大国からの話しをラクサスが断ることは出来ない、もしも断るならば王家に出張って貰わないとならなくなるが、先日のトゥールの話でラクサスに断る気は毛頭ない。
ただこれを知ったアネトスからの横やりが心配なのでトーマスに知恵を借りようと思ったし、愛子の事も彼に何時までも隠す事は出来ないと判断したのだ。
「これは前マリトス公爵にも話しを通して於かれるのが宜しいと判断しますが」
「伯父上にか?」
「そうね、貴方そうした方がいいと思うわ。王妃様に抵抗出来るのもマリトス公爵家ならきっと力になって下さるわ」
二人の意見を聞いてラクサスは早速机に向かって手紙を書き始めた。
ミナリーゼは紅茶で喉を潤しうっとりしながら言った。
「あ~これでダイサスのお嫁さんが決まって嬉しいわぁ。皇妃様にお礼のお手紙を出さないと。あっお父様にも一応出して置かないと拗ねるわね、フフおめでた続きで嬉しいわぁ」
平静とした佇まいで当主夫妻を眺めていたトーマスだが、その脳内では実はパニックが起こっていた。
ドュバン家は困窮してなかった
隠し財産?なにそれ!
愛子ってマイケル様が!?
あの酔って文句ばかり言っていたあの方が?!
ヨヨヨと泣いていたエスカリーナ様のあの様子が
全部演技?!
二人とも演技上手すぎ~
暴虐非道と噂の第二王子が妖精の愛子って
愛子って何~~~~~
彼の脳内は飽和状態で爆発寸前だった。




