トゥールの父➀
「初めてザッカーに会ったのはあの隠し部屋だった」
ルーカスが言うザッカーがトゥールの父親であるという。
思い出話のその先はトゥールがアルシェリーナに話してくれた。
「私と殿下が初めて会ったのも同じ時でしたよね」
ニッコリと微笑みながらお代わりのお茶を口にしたトゥールは、目を細めて何処か遠くを見てるようだった。
「その日私は父に連れられて登城しました。私達が通されたのは先ずは王太子の私室でした。父と王太子、現在の陛下は少しばかり込み入った話しをしていましたが、当時8歳の私にはよく解りませんでした。ただその時私に“これも運命だ、父を許してくれ”とだけ言いました」
淡々と話すトゥールの口調にアルシェリーナは引き込まれていった。
「その後、王太子と父に連れられて行った部屋はアルシェリーナ様が何時も教育を受けているあの部屋でした、初めて入った時に私は少し勘違いして怯みましたよ。ここに閉じ込められて勉強しなければならないのかと戦々恐々としたものです。杞憂に終わりましたが」
アルシェリーナもあの部屋を思い出し、それはさぞ恐ろしかっただろうと想像した。
「そこで今度は父から今後の説明を受けました。妖精の存在の事、私が殿下の側近になる事、その日から離宮で生活する事、全力で殿下をお支えするのだと訓示も頂戴しました」
「トゥール様は離宮で生活されているのですか?」
アルシェリーナの問いにトゥールもルーカスも頷いた。
「トゥールは私の部屋の内室を与えられている。そこは嘗てお前の祖父もいた場所だぞ」
「えっ?言ってみたいです!」
「おっお前は!簡単に男の部屋に行きたいなどと言うな!」
「あら!失礼しました」
「どうせ何時かは入れるだろう、その時を待て」
ルーカスが顔を真っ赤にしながら言うと“その時”を想像してアルシェリーナも頬を染めた。
目の前の馬鹿ップルに話の腰を折られたトゥールは怯まず続きを話す。
「その日から私の生活も一変しました。私と殿下の教育係が父となり日々の学習も生活も全て殿下と一緒でした。始めは良かったんです、ですが2年ほど過ぎた時に私は殿下が成長しない事に気付きました。妖精の愛子の件をその時まで私は真に理解していませんでした。偶に殿下が空に向けて話す言葉も独り言が大きいな位にしか思っていなかったのですよ」
アルシェリーナはそれにはとても共感した。
ルーカスは人間と話すように妖精とも話す、ルーカスの中ではそれは自然な変わらぬ形なのだが、妖精が見えないアルシェリーナ達には、不思議な感覚に陥る行為だったから。
アルシェリーナも慣れるまでに時間がかかった。
「その時に私は殿下への畏怖が芽生えてしまって⋯殿下にも辛い思いをさせてしまいました」
愛子の件を意識したトゥールはその日からルーカスを避けるようになったのだそうだ。
愛子になって自暴自棄になっていたルーカスが、初めて信頼できると思った周りから与えられた友のそんな姿を目にしてルーカスはかなり落ち込んだのだという。
「そんな時に私が父に言われた言葉が先程アルシェリーナ様が仰った言葉です」
ニッコリと笑ったトゥールの顔は意外と男前だったのだとその時にアルシェリーナは気付いた。
「可愛いは正義ですか?」
「えぇ、可愛いは正義なのですよ。だからルーカス様を全力でお守りするのだと言われました。父のその言葉に何故でしょうか⋯未だにわかりませんが、それからは迷いは無くなりました」
アルシェリーナは思った。
(セリナ貴方は凄いわ)出会った頃からセリナが口癖のように言っていたその言葉が、二人の人生をそして今はアルシェリーナも含めて三人の人生を救っているのだから。
それを昔から真理としてアルシェリーナに説いていたセリナを尊い者だと思ったのだった。
「それからも父は私と殿下の道標でした。最初は不思議に思わなかったのですが、父はかなり妖精のことにも詳しかったから、その点でも学ばせて貰いました」
「トゥール様のお父様は妖精に精通されていたのですか?」
アルシェリーナのその問いにはルーカスが答えた。
「ザッカーの祖父がお前の祖父の前の愛子だった。だからザッカーは祖父から妖精の話をよく聞かされていたそうだ」
ルーカスは途中で言葉が詰まって俯いてしまった。
アルシェリーナは不思議に思って見つめていると対面から声が発せられた。
トゥールが話しを再度引き継ぐようだ。
トゥールの父であるザッカーが祖父が愛子である事を知ったのは偶然だったそうだ。
家族の中でそれを知るのは両親と自分と祖父母だけだった。本来ならば自分には知らされることのない秘密であったが知ってしまったザッカーは祖父から色々と話しを聞かされたのだという。
そして祖父は晩年にザッカーに遺言のように愛子の助けになってくれと頼んで亡くなった。
その時ザッカーが5歳だったそうだ。
次の愛子は妖精の気まぐれにより決定するから誰が成るかは解らない。
ザッカーは祖父が亡くなった後に何処かで新たに選ばれた愛子を密かに探していたそうだ。
そして幾年か過ぎた頃にサイラスの婚約者交代劇が起こりその不自然さに愛子の存在を感じ取ったという。
何故ならそれ迄サイラスは素晴らしい為政者になると評判の聡明な人物だったからだ。
無理矢理の婚約者交代などとそんな愚行を冒すような人物ではなかったからだ。
そしてサイラスに直接目通りを申し込み、その日からザッカーはマイケルとエスカリーナの補佐を陰ながら見守っていた。
その時のザッカーはまだ齢10歳だったという。
「父はまだ幼かったから探す術を持ち合わせていなかった。妖精と離す事が出来たならば叶えられた事だけどそれは無理な話だ」
「⋯⋯そうですね」
「それを知った時もまだ父は子供だったからそんなに役には立てなかっただろう、だけどマイケル様は父の存在をとても重宝してくれていたんだ。父はラガン伯爵家の嫡男だったけどマイケル様に感けて結婚は遅かった。私を設けたのもかなり遅くなってからだったんだ」
そう言って寂しそうにトゥールは俯いた。




