劇場と義母と『時間をくれ』
◇
「いつつつ……」
強打した背中を摩りながら、周囲の様子を伺う。
先ず知覚したのは、死臭だった。
即座に立ち上がった私は周囲を見渡す。
「……ここは」
埃を被った観客席、天井に空いた大きな穴から差し込む光、疲弊した舞台。
そして、舞台の上で寝そべっている第一王子達。
すぐさま鼻を鳴らし、第一王子達から漂う匂いを嗅ぎ取る。
彼等の匂いに異常らしきものは感じ取れない。
どうやら生きているみたいだ。
安らかな寝息を立てる彼等を見て、ちょっとだけ安堵する。
「ここは王都の、劇場……?」
第一王子達の無事を確認した後、改めて周囲を見渡す。
私の記憶が正しければ、ここは王都にある王国劇場だ。
かつてオーガと化した商人達が私を襲った場所。
そして、私とサンタが初めて会った場所。
「もしかして、サンタが私達を劇場に運んで……」
近くにいるサンタに声を掛けようとする。
だが、私の疑問は突如転倒したサンタによって阻まれてしまった。
「さ、サンタっ……!?」
「悪い、嬢ちゃ……エレナ。限界だ。ちょっと休ませてくれ……」
息を荒上げながら、サンタは劇場の床に頬を擦り付ける。
彼の表情には疲労が滲み出ていた。
無理もない。
先代聖女、魔王、そして、黒くて大きな蛇と化した第三王子。
強敵達と三連戦した挙句、私と第一王子達を王都まで運んだのだ。
疲れない訳がない。
「説明は後でする……だから、ちょっと待っててくれ」
「私の魔力を提供する」
「いい。今のペース以上に嬢ちゃんから魔力を貰ってたら、もしもの時に嬢ちゃんが魔力を使えなくなっちまう。それだけは避けたい」
「分かった。休むのはそこで大丈夫?」
「ああ。第一王子達と一緒の所に居させてくれ。あいつらの側にいねぇと、何かあった時に対応できねぇ」
「ん、分かった」
目を閉じるサンタから目を逸らし、私の近くにあったトナカイの置物──先代聖女の成れの果てを一瞥する。
私が彼女の方に目を向けた途端、彼女は私から目を逸らした。
迷い、戸惑い、罪悪感、自己嫌悪。
様々な負の感情を匂いとして発する先代聖女をじっと見つめる。
彼女を見つめ終えた後、私は言った。
「…………別に無理に話さなくていいよ」
聖女としてではなく、義娘として先代聖女──義母に声を掛ける。
「待ってるから」
そう言って、私は先代聖女に背を向ける。
今の先代聖女が何を考えているのか知らない。
でも、何となく理解できていた。
『今はその時じゃない』、と。
(サンタは先代聖女を自らの使い魔にした。という事は、先代聖女にも自分と向き合う事の大切さを教える筈。なら、私が心配する必要はないだろう)
きっとこれから先代聖女は自分の命と向き合う事になるだろう。
自分の命と向き合って、何かしらの答えを得なきゃいけなくなるだろう。
その答えが、いつ出るのか分からない。
けど、すぐに出るモノじゃないって事は私でも理解できた。
(先代聖女はサンタがいるから良いとして……問題はこれからだ)
黒くて大きな蛇と化した第三王子の姿を思い出す。
何故第三王子が化物になったのか。
『彼』の目的は何なのか。
私は何も知らないし、問題は第三王子の件だけじゃない。
異形となった人々。
この浮島の大地の寿命問題。
そして、第三王子の手中に収まっている現国王及び王族貴族達の安否。
対処しなきゃいけない事は山程あるし、乗り越えなきゃいけない挑戦は沢山ある。
本当、混沌な状況だ。
第三王子は強過ぎるから私達の力じゃ勝てないし、浮島の大地の寿命問題は力任せで何とかできるものじゃない。
現状を把握していないから、断言できないけど、サンタの様子を見る限り、時間の猶予もないんだろう。
これらの問題を早急に解決しなきゃと思うと、何故かワクワクしてしまう。
不謹慎と自覚しているにも関わらず、胸の高鳴りを抑え切れない。
越え難い挑戦を前にして、私は軽い興奮状態に陥ってしまう。
異形と化した第三王子の余裕ぶった顔をぐちゃぐちゃにできると思うと、手に軽い痺れが生じてしまう。
(でも、今の私一人の力じゃ目の前の挑戦に対処できない。というか、まだ知らない事があり過ぎる。私よりも強いサンタや先代聖女の力も通用しないし、……さて、どうしようか)
王立劇場から出た私は時計塔に向かう。
これからの事を時計塔の屋上で考えようとする。
すると、嗅ぎ覚えのある嫌な匂いが私の背後から漂ってきた。
ゆっくり振り返る。
荒れ果てた王都の表通り。
銀髪の少年──魔王が私の視線を惹き寄せる。
今の私よりも少しだけ小さい銀髪の少年──魔王が、私に声を掛ける。
「………時間をくれ。話がしたい」
そう言って、魔王は私の眼をじっと見つめる。
私は『うん』と呟いた後、魔王と共に時計塔に向かって歩き始めた。
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次の更新は9月11日(水)20時頃に予定しております。




