呼んだ理由とジェスチャーと『彼』
◇side:サンタ
(さて、どうやってアレを倒そうか)
初代聖女が残した洞窟の最新部の下にある地下空間。
黒い龍──『必要悪』に見つからないように身を隠しながら、俺はエレナ達の動向を伺う。
俺の存在に気づいていないんだろう。
エレナも『必要悪』も不自然な素ぶりを見せる事なく、口を動かし続けていた。
(あの黒い龍──『必要悪』を倒さねぇと、この浮島は滅びる。かと言って、俺もエレナもアレを倒すために必要な手札を持っていねぇ)
息を殺しながら、黒い水の中に閉じ込められた第一王子達を一瞥する。
予想していた通り、第一王子達は意識を失っていた。
ついでに十字架に吊るされた王族貴族達を見る。
さっきまで俺と言葉を交わしていた国王は傷一つついていないが、他の王族貴族の身体は傷だらけだった。
顔面はズタズタに引き裂かれ、指は全て引き千切られ、耳と舌と思わしき肉が地面の上に落っこちていた。
(現状を打破するには、第一王子達の存在が必要不可欠だ。だが、肝心な第一王子達はヤツによって眠らさられている。現状を変えるには迅速に第一王子達を助けなきゃいけねぇんだけど、……あの野郎、全く隙を見せねぇ。俺の事を警戒してやがる)
警戒心を解く事なく、エレナと会話する黒い龍──『必要悪』を睨みつける。
まだ俺の居場所を特定できていないらしく、『必要悪』は神経を尖らせながら、エレナと会話しつつ、俺の出現を待ち続けていた。
「もし私達が本当に自滅を無意識のうちに追い求めていたら、サンタは私の前に現れなかった筈だ」
『必要悪』の隙を窺っていると、嬢ちゃん……いや、エレナの声が聞こえてくる。
俺と同じように、この状況を打破するための方法を考えているのだろうか。
いつもよりも彼女の口調は落ち着いているような気がした。
「サンタは言っていた。サンタが浮島にやって来たのは、『私達人類が無意識のうちに生きたいって望んでいるから』だって。もし私達が無意識のうちに自滅を望んでいたら、人類の集合無意識体である『ティアナ』はサンタという助っ人を寄越さなかった筈だ」
「貴女とサンタの勘違いを正しましょう、ミス・エレナ。サンタを浮島に呼んだのは、貴女達の無意識の望みじゃありません。──僕が望んだから、彼は貴女の前に現れたんです」
黒い龍──『必要悪』の口から出た言葉が、俺とエレナの鼓膜に突き刺さる。
ヤツが告げた言葉は俺とエレナにとって衝撃的なものだった。
「……どういうこと?」
「僕がミスター・サンタクロースを呼んだのです。彼がこの浮島に呼び寄せられたのは、人類を救うためでも、魔王を倒すためでもありません。ミス・エレナを守らせるため、僕が彼を呼び寄せたのです」
『必要悪』の言葉を上手く呑み込む事ができない。
どうやって俺を呼び寄せた?
いや、手段はどうでもいい。
何でアレは俺にエレナを守らせようとした?
というか、なぜ『必要悪』はエレナに執着している?
様々な疑問が脳裏を過ぎる。
だが、考える材料が無さ過ぎるので、幾ら悩んでも答えらしきものは出てこなかった。
「どうやって……? いや、何のためにサンタを浮島に呼んだの……?」
「さっきも言った筈です。貴女を守らせるためだ、と。この浮島には貴女を狙う下衆共が沢山いましたからね。第一王子しかり、魔王しかり、異形となった民衆しかり、国王しかり」
「第一王子……? 国王……? 何を言って……?」
「気づいていないなら、それでいいです。それは聖女である貴女には必要ないものだ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす『必要悪』を見て、俺は違和感を抱く。
今さっき『必要悪』が挙げた名前は、エレナに好意を寄せている奴等だ。
にも関わらず、『必要悪』は『彼』の名前だけ省いた。
『彼』の名前を省いた理由を考える。
ちょっと考えただけで、答えらしきものが脳裏を過ぎった。
(もしかして、この『必要悪』ってのは、……)
『彼』の姿が脳裏を過ぎる。
だが、エレナの右人差し指が微かに動いた所為で、俺の思考は途中で中断してしまった。
◇
「気づいていないなら、それでいいです。それは聖女である貴女には必要ないものだ」
目の前の黒くて大きな蛇──『彼』の姿を仰ぎながら、私は考える。
目の前の敵を倒す方法を。
(私一人の力じゃ倒せない……いつも通りサンタの力を借りたとしても、サンタ一人の力じゃ倒す事はほぼ不可能だろう)
サンタや魔王と違い、黒くて大きな蛇──『彼』の匂いは異様だった。
生物と呼ぶには匂いが無機質過ぎるし、静物と呼ぶには匂いが生々しい。
初めて感じ取る匂いだ。
けど、『彼』がサンタや魔王よりも強い事だけは何となく理解できる。
正攻法で挑んだとしても、勝つ事はできないだろう。
かと言って、不意を突いた所でどうにかできる相手でもない。
正直、八方塞がりだ。
(でも、それがいい)
目の前の敵が強い事を実感しながら、私は心の中で鼻息を荒上げる。
挑戦を前にして、胸を高鳴らせる。
目の前の敵を壊したい。
ぐちゃぐちゃにしたい。
目の前の挑戦を倒せば、今まで感じた事のない達成感──生きている実感を得られるかもしれない。
そんな事を考えながら、私は興奮が表に出ないように気をつけつつ、目の前の敵をじっと見つめる。
(多分、サンタは近くにいる。不意を突く機会をずっと窺っている。私の予想が正しければ、サンタの目的は『彼』を倒す事じゃなく、私の救出。いや、私だけじゃなくて、第一王子達も助けようとしているかも。だとしたら、サンタが私に求めている事は……)
「ミスター・サンタクロースを選んだのは、彼ならミス・エレナを確実に守り切ってくれると確信していたからです。が、彼は僕の期待以上の事をしでかした」
『彼』の話を半分聞き流しながら、私は考える。
サンタを利用して、目の前の挑戦を乗り越える方法を考える。
考えて、考えて、考えた結果。
ようやく私は気づいた。
目の前にいる『彼』が警戒している事を。
サンタに不意を突かれないよう、警戒し続けている事を。
「きっとミスター・サンタクロースは聖女としての責務を全うするミス・エレナを快く思わなかったんでしょう。だから、彼は貴女の思考を誘導した。貴女の思考を誘導し、貴女から聖女という役割を剥ぎ取ろうとした」
『彼』の瞳を覗き込む。
サンタを警戒し続けているのだろう。
『彼』は私を見ているようで、私を見ていなかった。
チャンスだ。
そう思った私は挑戦を切り替える。
目の前の敵を倒すのではなく、目の前の敵の不意を突こうとする。
(今の私達じゃ『彼』を倒す事はできない。けど、不意を突く事くらいなら辛うじてできる)
右手を尻の方に寄せる。
右手を身体で隠しながら、右人差し指から『匂い』を発する。
サンタにしか嗅ぎ取れない匂いを右人差し指から発する。
「能力と経歴だけで判断したのが間違いでした」
サンタにジェスチャーを送る。
『今から隙を作る。数秒だけ時間を稼ぐから、その間に何とかして』、と。
返答は敢えて聞かない。
聞く必要なんてない。
だって、私もサンタもできる事をやるだけだから。
「まさかミスター・サンタクロースが……聖クラウスがあんな俗物だとは思いもしませんでした。少し考えれば、ミス・エレナが変わる必要なんてない事くらい気づく筈。にも関わらず、彼はミス・エレナに変化を促した。聖女としてのミス・エレナを否定しようと……」
「ねぇ」
身体から匂いを発する。
『彼』の視線を私の方に誘き寄せる。
「──貴方、第三王子でしょ?」
指摘する。
その瞬間、黒くて大きな蛇は目を大きく見開き──
「────奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
ハンドベルを握り締めたサンタが渾身の一撃を繰り出す。
サンタが繰り出した光り輝く吹雪は、瞬く間に『彼』──黒くて大きな蛇と化した『第三王子』── アルフォンス・エリュシオンを包み込んだ。
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次の更新は8月7日(水)22時頃に予定しております。




