黒い龍とティアナと矛盾
◇
老いた男性──サンタに似て非なる者の姿が変わる。
それは、大きな蛇のような形をしていた。
身体の表面を覆う黒い鱗。
大きな口からはみ出る巨大な牙。
頭に生えた二本の角。
そして、真っ黒に染まった巨大な瞳。
長くて太い胴体にはトカゲのような手脚が付着しており、手脚の先端には鋭利な爪が存在感を放ち続けていた。
一眼見ただけで理解してしまう。
感覚的に理解させられる。
目の前の大蛇……いや、『彼』が理から外れた代物である事を。
サンタや魔王よりも格上の存在である事を。
「…………あなたが、みんなを異形に変えたの?」
疑問の言葉を口にしながら、十字架に架けられた肉塊──王族貴族達を一瞥する。
恐らく彼等は神殿の中にいたのだろう。
洞窟で出会った第一王子達と違い、彼等の身なりはそこそこ良かった。
顔面がズタズタに引き裂かれ、手の指は全部切り落とされ、耳を引き千切られた彼等から目を逸らす。
「一部肯定します。民衆を異形に変えたのは、僕の力です」
十字架に架けられた老男と目が合った。
この浮島の王様だ。
他の王族貴族と違い、国王の身体に傷一つついていなかった。
大丈夫そうだったので、国王から目を逸らし、他の場所に目を向ける。
右の方に視線を向けると、真っ黒に染まった水球を目にした。
「ですが、民衆が異形になったのは、彼等自身の意思です。僕が彼等に強制した訳ではありません」
黒い水球の中を覗き込む。
水球の中には沢山の人が収まっていた。
沢山の人が水球の中に閉じ込められていた。
「そう。で、何で王族や貴族だけでなく、彼等も捕らえているの?」
水球の中に閉じ込められていたのは、第一王子達だった。
洞窟の中にいた人達だった。
第一王子も侍女レベッカも、そして、第一王子が守ろうとした人々も、みんな目蓋を閉じた状態のまま、黒い水の中を漂っていた。
鼻を鳴らす。
意識を失っているだけなのか、第一王子達の身体からは死の匂いは漂っていなかった。
「彼等も咎人だからです」
そう言って、黒い蛇──変わり果てた『彼』は蛇のような巨体を揺らすと、私を見下ろす。
漆黒に染まった『彼』の瞳には、煌びやかなドレスに身を包んだ童女──今の私の姿が映し出されていた。
「王族貴族は『青い石』を造り上げるため、……自らの生活水準を上げるため、弱者に犠牲を強いた。一部の民は弱者を王族貴族に差し出す事で富を得ていた。そして、犠牲を強いられる弱者を多くの民は見て見ぬフリをした」
怒り、憎しみ、そして、戸惑い。
様々な感情を黒い瞳に宿しながら、『彼』は複雑そうに私の姿を見下ろし続ける。
「その結果、僕は生まれた。『青い石』の材料として消費された彼等の願望が、この浮島にいる人達から犠牲を強いられた彼等の無意識が、僕を生み出した。彼等の無意識が、この浮島にいる人達の無意識を汚染し、僕という自滅装置を産み落とした」
「無意識が、貴方を産み落とした……?」
『俺は「ティアナ」──人類の集合無意識体ってヤツに雇われてんだよ』
思い出す。
以前、サンタが言っていた言葉を。
◆
『ティアナってのは『集合無意識体』──人類が先天的に共有している無意識を一塊にしたものだ。人類が獲得した超越的防衛機能。人類の生存欲求を満たすために存在している安全装置……って言ったら、ピンと来るか?』
『よく分からない』
『俺はそのティアナっていう超越的防衛装置の一部分で、お前ら生きたいと願う人間専用の使い魔って訳。大雑把に言っちまうと、お前ら生きた人間が無意識のうちに「魔王を倒して欲しい」って願ったから、俺はお前の前に現れたんだよ』
『えー、えーと、要するに、私達人類が無意識のうちに生きたいって望んでいるから、ティアナの一部分である貴方は、私達の生命を脅かす魔王を倒しに来た……って事?』
『ああ、そんな感じだ。その解釈で大体合ってる』
◆
サンタは言っていた。
自分はティアナ──人類の集合無意識体の一部である事を。
無意識のうちに生きたいと望む人達が、サンタを浮島に呼び寄せた事を。
それらを思い出しながら、私は『彼』に問う。
黒い大蛇のような化物になった『彼』に疑問を投げかける。
「……この浮島にいる人達の集合無意識が、……『ティアナが』貴方を産み落としたの?」
「ええ、そうです」
「……サンタは言っていた。ティアナは『人類が獲得した超越的防衛機能』だって。人類の生存欲求を満たすため、ティアナは安全装置として存在しているって」
「質問を質問で返します、ミス・エレナ。もし人類が無意識のうちに自滅を願ったら、ティアナはどう動くと思いますか?」
冷たい風が私と『彼』との間を通り抜ける。
風の鳴き声と私の心音が、私の聴覚を刺激する。
黒くて大きな蛇と化した『彼』は瞬きする事なく、私の声に耳を傾けた。
それを眺めながら、私は思い出す。
以前、サンタに尋ねた質問を。
◆
『もし人類が自滅を願ったら……私達が無意識のうちに自滅を願ったら……安全装置はどう動くの?』
王都時計塔の最上階。
初めてサンタと出会ったあの日。
私はサンタに尋ねた。
『人類が無意識のうちに自滅を願った場合、安全装置はどうするのか』、と。
『その場合、安全装置が人類を滅ぼすだろうな』
サンタは断言した。
『人類が無意識のうちに自滅を願った場合、ティアナ──人類の集合無意識体は人類の自滅願望を叶えるため、人類を滅ぼすのに相応しい存在を遣わす』、と。
『ティアナが俺という助っ人を浮島に寄越したのは、お前らが生きたいと望んでいるからだ。もしこの浮島にいるヤツらが自滅を望んだ場合、ティアナは俺という助っ人ではなく、人類を確実に滅ぼしてくれる存在を派遣する。ティアナってのは、そういうもんだ。アレは人類の無意識の欲求を満たすために存在している』
◇
「お察しの通りです。この浮島にいる人達が無意識のうちに自滅を望んだから、僕という自滅装置が産み落とされた。苦しい思いをしてまで生きたいと望む人達がいなくなったから、人々は異形に堕ち、僕という『必要悪』が顕現したのです」
黒くて大きな蛇のような化物──変わり果てた『彼』は吐き捨てる。
矛盾に満ち溢れた言葉を吐き捨てる。
この浮島にいる人達が無意識のうちに自滅を望んでいる?
第一王子達──洞窟の中にいた人達を思い出しながら、苦しみながらも生きようとする彼等の姿を思い出しながら、首を傾げる。
首を傾げながら、サンタ──この浮島にいる人達の生存欲求を満たすため、私の前に現れた助っ人──を思い出しながら、言葉を発する。
『じゃあ、何でサンタは私の前に現れたの?』、と。
『もし私達が本当に自滅を無意識のうちに追い求めていたら、サンタは私の前に現れなかった筈だ』、と。
変わり果てた『彼』の目を真っ直ぐ見つめる。
矛盾を指摘された『彼』はというと、驚く素振りを見せる事なく、それどころか私を讃えるような眼差しで星のように煌めく私の目を真っ直ぐ見つめていた。
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次の更新は7月31日(木)22時頃に予定しております。




