道具達と無尽蔵と最悪の事態
◆side:一〇四〇号
一〇三八号が殺された。
一〇三八号の命は王族達の所為で使い潰されてしまった。
『青い石』とやらを造るためだけに、一〇三八号──私の友達は肉塊になってしまった。
(今すぐ逃げないと、私も一〇三九号も青い石を造る材料として使い潰されてしまう)
死は怖くない。
どうせ私は売女の気まぐれで産まれ落ちた存在だ。
望まれて生まれてきた命じゃない。
だから、いつ死んでも良いと本気で思っている。
でも、一〇三九号達を──私みたいに夜の街でしか生きられない穢れた生物と仲良くなってくれた友達を失うのは、心の底から怖いと思ってしまった。
「……今晩、脱出しましょう。じゃないと、近い将来みんな死んでしまう」
被験体一〇三八号が死んだ翌日、私は一〇三九号と他の被験体十数人と共に王都の地下から脱出しようと試みた。
二年かけて集めた情報。
二年かけて集めた被験体。
それらを駆使して、私達は王都の地下から脱出しようと試みた。
けれど、知識も無ければ力もない道具の力では現実に打ち勝つ事ができず。
結局、脱出できたのは私一人だった。
◇
「貴女の思っている通りです。『青い石』の完成は偶然の要素が多かったですが、『青い石』の開発は偶然じゃない。『青い石』の開発自体は先々代の国王の時代から行われていたのです」
神殿の中。
長い廊下を歩きながら、私は老人──サンタに似て非なる者の言葉に耳を傾ける。
彼の言葉に耳を傾けながら、目の前の難敵を乗り越える方法を模索する。
「先々代国王達が、先代国王達が、現国王達が『青い石』を生み出そうとしたのは、浮島の寿命を伸ばすため──なんていう高尚な理由じゃありません。王族貴族が『青い石』を造ろうとしたのは、生活水準を上げるため。──自分達の利益のため、王族は弱者に犠牲を強いたのです」
「……何で『青い石』を生み出したら、王族貴族の生活水準が上がるの?」
サンタに似て非なる老人に疑問を呈しながら、私は心の中で思う。
もしこのサンタに似て非なる老人を倒す事ができたら。
サンタと同等、いや、それ以上の実力を持つ老人を私の手で倒す事ができたら。
きっと今まで感じた事のない達成感を、生きている実感を得られるような気がする。
魔王を倒した時の快感を思い出す。
あの時、私は困難を乗り越える愉しみを熟知してしまった。
もう元には戻れない。
あの愉しみを知らなかった頃には戻れない。
魔王を倒した時の快感を、もう一度味わいたい。
そう思いながら、私は老人の話に耳を傾ける。
老人との話をなるべく長引かせる事で、目の前の難敵を倒す方法を見つけ出そうと試みる。
「敢えて疑問を疑問で返しましょう、ミス・エレナ。もし貴女が無限に等しい魔力を手に入れる事ができた場合、貴女はどうなりますか?」
「幾ら魔術を使っても、魔力切れしなくなる。今まで魔力切れを気にして出来なかった事が出来るようになる」
「その通りです、ミス・エレナ。『青い石』という膨大なエネルギー源を獲得した場合、人類─サンタに特に魔法使い・魔術師・魔導士は無尽蔵に魔法及び魔術を行使できるようになります」
口から紅茶のような匂いを放ちながら、老人は頬の筋肉を緩める。
一瞬、ほんの一瞬だけ、老人の身体から匂いが漏れ出てしまった所為で、私はほんの少し驚いてしまった。
「無尽蔵に魔法や魔術を行使できたら、色んな事ができるようになるでしょう。魔力切れさえ起きなければ、常に宙に浮く事だってできる。常に回復魔術を行使し続ける事で健康な状態を保つ事もできる。四六時中動かす事ができるゴーレムを生成できるでしょうし、近い将来、神のように生命を創れるようになるかもしれない。膨大な魔力を得るという事は、そういう事です」
「……つまり、膨大な魔力を得る事ができたら、文明レベルを底上げできるようになるって事?」
「ええ、膨大な魔力と無尽蔵に行使できる魔法魔術。それさえあれば、神代の時代に匹敵する程の文明レベルを築けるようになるかもしれません」
老人の身体から匂いが跡形もなく消える。
さっきの紅茶の匂いは私の気の所為だっただろうか。
老人を注意深く観察しながら、目の前の敵の理解を少しでも深めようとする。
「王族貴族は自らの生活水準を上げるため、弱者に犠牲を強いた。無尽蔵に魔法魔術を使うため、孤児や浮浪者を『青い石』に加工した。──けれど、罪を犯したのは王族と貴族だけじゃありません。民も罪を犯してしまったのです」
「どういう事?」
「王族貴族は『青い石』の材料を集めるため、孤児や浮浪者を金で買った。此処まで言えば、分かりますよね?」
ほんの少し『怒り』を滲み出しながら、老人は明後日の方向を見つめる。
明後日の方向を見つめる老人の顔を一瞥する。
何故か知らないけど、私は老人の顔を見て、『女の子みたいだな』という感想を抱いてしまった。
◇side:サンタ
「あんたの疑問には答えてやった。次は俺の疑問に答えて貰う番だ。さっさと答えろ、──浮島の核は何処にある?」
眉間に皺を寄せ、殺意を言葉に乗せながら、国王を睨みつける。
国王は濁った目で俺の瞳を見続けたまま、皺だらけの口元を微かに動かした。
「……かつて初代聖女が隠れ家として使っていた洞窟だ」
国王の言葉を聞いた所為で、指先が微かに揺れる。
最悪の事態だ。
今、その洞窟には第一王子達──異形になっていない人達がいる。
今の俺達にとって、異形となっていない人達こそが『勝ち筋』なのだ。
今、異形となっていない人達が黒い龍──『必要悪』に認知されたら、ガチで詰む。
異形になっていない人達が何もかも諦めたら、『必要悪』に太刀打ちできなくなる。
「神殿に訪れる前、洞窟の地下に隠した。初代聖女が残した封印術を行使したから、誰にも破られない筈だ」
「もう破られているんだよ、ドアホ」
思い出す。
第一王子が洞窟には施された封印を三日三晩かけて解いた事を。
(本当、最悪だ。よりにもよって、何でそこに……というか、俺がもっとしっかり洞窟の中を探索していりゃ、この事態を避けられ……)
第一王子達と巻き込んでしまうかもしれない。
そんな最悪の事態に頭を悩ませながら、自己嫌悪に陥る。
その時だ。
国王の耳から黒い水が垂れ始めたのは。
「しまっ……!」
気づいた時には、もう遅い。
あっという間に国王の身体が、何処からともなく湧き出した黒い水に覆い尽くされてしまった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は7月10日(水)22時頃に予定しております。




