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猫騙しと黒い水と負荷

◇side:サンタ


(……やべ、寝過ぎた)


 意識を取り戻す。

 魔王からやられた傷がまだ癒えていないのか、意識を取り戻した瞬間、鈍痛が絶え間なく襲いかかった。


(嬢ちゃん……いや、エレナはどうなった?)


「いくよ、魔王」


 身体を起き上がらせる事なく、視線だけをエレナと魔王の方に向ける。

 その瞬間、魔王の下に走り寄るエレナの姿が、『聖女の証』を投げ捨てるエレナの姿が目に入った。

 唯一の対抗策を手放したエレナを見て、俺はつい目を大きく見開く。

 彼女の意図を理解できず、俺は一瞬だけ困惑してしまう。

 そんな俺に構う事なく、エレナは魔王の目と鼻の先まで押し迫ると、両手を前に突き出した。

 

「……っ!?」


 エレナが右掌と左掌を合わせる。

 彼女の手から鋭くて強烈な音が鳴り響く。

 その音を聞いた瞬間、魔王は地に両膝を突き、意識を手放した。


(猫騙しで意識を刈り取った……!?)


 猫騙し。

 浮島(ここ)ではない世界──相撲と呼ばれる競技で使われる奇襲戦法。

 相手力士の目の前に両手を突き出し、掌を合わせて叩く事で、相手の目を瞑らせる事を目的とする技。

 相手の隙を作り出すために使われる技で、エレナは魔王を失神状態に追い込んだ。


(過剰に驚かせる事で失神させたのか……!?)


不可能染みた事を実現させたエレナを見て、俺は言葉を失う。

 エレナが魔王を倒す事は想定の範囲内だった。

 けど、こんな方法で魔王を倒すとは思っていなかった。

 『聖女の証を回収したのも、エレナに耐火性のあるドレスを着せたのも、無理して魔王の(コア)にヒビを入れたのも、全部魔王を倒すためだったのになぁ』みたいな事を思いつつ、身体を起き上がらせようとする。

 だが、身体を起き上がらせるよりも先に『黒い水』がエレナの身体を包み込んだ。


(ちっ……! 先手打たれた……!)


 懐に忍ばせておいた『トナカイを模した置物』を放り投げる。

 置物が黒い水の中に吸い込まれた途端、俺は気絶している魔王の下に駆け寄り、『敵』の動向を伺った。

 しかし、


(魔王に手出ししない……!? 目的は最初からエレナだったのか……!?)


 浮島(くに)の大地の(コア)になり得る魔王に手を出す事なく、黒い水は跡形もなく消え去る。

 それにより、俺は確信し──


「うっ……」


 魔王の口から苦しそうな声が漏れ出る。

 ヤツが意識を取り戻した事を知った俺は、溜息を吐き出し、事実を淡々と口にする。


「エレナが連れて行かれた。お前に構っている暇はねぇ」


 起き上がったばかりの魔王から離れつつ、俺はヤツの出方を伺う。 

 自分が意識を失った事に気づいたんだろう。

 魔王は自己嫌悪に陥ったような表情を浮かべると、間髪入れる事なく、俺に攻撃を仕掛けた。

 魔王が繰り出した藍色の火球を俺は難なく避ける。


「……説明しろ、サンタ。聖女は何処に行った?」


「知らねぇ」


「そうか。なら、テメェを生かす意味はねぇな」


 そう言って、魔王は右掌に魔力を込め始める。

 膨大な魔力による一撃で俺を殺そうとしているんだろう。

 それを理解した俺は魔王に止めるよう促す。


「止めた方がいい。その量の魔力を扱ったら、……」


「五月蝿え……! 誰がテメェの命乞いを……ぐぅっ!?」


 突然、何の前触れもなく、魔王は胸を押さえ、床に額を擦り付ける。

 苦しそうに咳き込むヤツを見つめながら、俺は軽く溜息を吐き出した。


「まだ(コア)にヒビが入ったままだろ。無理したら死ぬぞ」


「ちっ……!」


 エレナに負けてしまった事実、気絶してしまった事実、そして、エレナを連れて行かれた事実が魔王(ヤツ)から平静を奪っているんだろう。

 考え無しに大火力を使おうとした魔王を見つめながら、俺は再び溜息を吐き出す。


「……サンタ、やっぱ、テメェ……オレと闘った時は手を、抜いて……! オレの(コア)に負荷がかかる、よう闘いを長引かせ………!」


「手抜いていた訳ねぇだろ。俺は本気でお前と闘って、負けた。本気で闘い、負ける事で、俺はお前のひび割れた(コア)に負荷をかけた。お前の(コア)に負荷をかける事で、エレナの勝つ可能性を少しでも引き上げた……と、言っても、アイツは俺が用意した勝ち筋を利用しなかったけどな」


 そう言って、俺は愛用しているハンドベルを取り出す。

 そして、ハンドベルを右手で握り締めると、苦しそうに胸を押さえる魔王を見下ろした。


「予定が少し狂ってしまったが、これ以上魔王(おまえ)を生かす理由はねぇ。魔王、……いや、原初神ガイアの兵器(こども)。ここがお前の終着点だ」


 ハンドベルに魔力を込める。

 殺意を言葉の裏に含ませ、蹲る魔王を睨みつける。

 もう余力がないのだろう。

 魔王は苦しそうに俺を睨みつけると、悔しそうに舌打ちした。

 

「……テメェ、聖人(セント)なんだろ。盗んで、人を騙して、利用して、……こんな事していいのか?」


「先代聖女から何を聞いたのか知らねぇが、俺は聖人でも善人じゃねぇ。ただの盗人だ」


 ハンドベルを振り上げる。

 魔王は自らの死期を悟ったかのように、目を閉じると、『クソ』という言葉を滲み漏らした。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新たにブクマしてくれた方、新しく評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は5月26日(日)20時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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