この行き場のない怒りに終焉を(4)
◆side:イザベラ
「イザベラ。そいつの言う通り、魔王の封印を解け。魔王を新しい心臓に加工しろ」
王間。
老人──自称セント・A・クラウスを聞き終えた国王は、私に命令します。
「民が幾ら死のうがどうでもいい。この浮島の延命を優先しろ。此処は私の王国だ。失いたくない」
「国王、私…….いえ、国民に老人の言葉を信じろと言うのですか」
「そうしろと命じた筈だ」
国王は私の顔を一瞥した後、深々と頭を下げる老人を睨みつける。
国王の瞳は黒く澱んでいた。
「その老人の言葉に従い、黒い水を飲め。魔王の封印を解け。魔王を倒し、魔王を心臓に加工しろ」
「……お断りします。腐っても私は聖じ……」
「ならば、貴様の両親……いや、貴様の一族を『青い石』に加工する」
ドクン。
わたしの心臓が跳ね上がります。
逃げられない事を悟ります。
「貴様の一族の命を使って、浮島の寿命を引き延ばす。いや、それだけじゃ足りぬな。孤児園の子ども達も使うか」
「……っ!」
逃げられない。
国王の命令に従わなかったら、みんな死んでしまう。
わたしの母も、わたしの父も、私達が救った孤児園の子ども達も。
「何を険しい顔をしておる。このまま現状維持を選んだとしても、この浮島の大地は腐り落ちてしまう。貴様の両親も、保護した子ども達も、そして、聖女エレナも、みんな死に絶えてしまうだろう」
逃げられない。
逃げたら、みんな死んでしまう。
逃げたら、みんなを失望させてしまう。
何もしなかった私を詰りながら、死んでしまう。
選択肢なんて無かった。
逃げ出したい。
でも、詰られたくない。
従うしかない。
国王の命令に従う以外の選択肢が、ない。
「犠牲が幾ら出ようが、国王と聖女さえいれば、なんとでもなる。貴様は貴様の役目を果たせ。そこにいる老人の力と聖女の証さえあれば、魔王をどうにかできる筈だ」
そう言って、国王は澱んだ瞳で虚空を見つめる。
それを見て、私は気づいた。
国王の瞳に私の姿が映っていない事を。
それを見て、私は──
◇
「で、魔王の封印を解いたって訳か」
『ぶつん』という音と一緒に、目の前が真っ黒になる。
視界が真っ黒になったのは、一瞬だった。
視界が元の状態に戻る。
気がつくと、私とサンタの身体は見覚えのない場所に辿り着いていた。
あちこちに立ち並ぶ朽ち果てた木。
枯れ果てた土に覆われた花壇。
石が敷き詰められた足下は、灰色の葉に覆われており、私達の周りを取り囲むように聳え立つ建物は半壊していた。
「はい。私は魔王の封印を解きました」
私達の前に現れた黒い霧のようなものが、サンタの疑問に答える。
黒い霧の中から聞こえて来たのは、先代聖女の声だった。
「でも、国王の要望に答えるためじゃありません。わたしは、わたしの意思で魔王の封印を解いたのです」
黒い霧の中から禍々しい匂いと狂気を滲み出しながら、先代聖女──イザベラは苦しそうに息を吐き出す。
「わたしは聖女になれませんでした。だから、国王から命じられた時、思ったのです。絶対的な善になれないんだったら、絶対的な悪になろうと」
狂気の匂いを放つ先代聖女を見て、私は思い出した。
鼻を齧るジェリカの姿を。
血走った目で貴族を睨みつけるヴァシリオスの姿を。
そして、黒く澱んだ元騎士の瞳を。
今までの経験が私に報せる。
虐者と成り果てた先代聖女も『壊れている』、と。
「だから、わたしは老人から渡された黒い水を飲みました。黒い水を飲んで、力を得ました。力を得たわたしは魔王の封印を解きました。老人から与えられた力で魔王をやっつけようとしました。でも、聖女の証を持っていくのを忘れてしまった所為で、負けてしまいました」
いや、違う。
ジェリカやヴァシリオス達とは、違う。
先代聖女は元から壊れていたのだ。
聖女の肩書きというプレッシャー、周囲の期待、理想と現実のギャップ、そして、幼い私を傷つけた罪悪感の所為で、先代聖女は壊れてしまったのだ。
「聖女の証を取り戻した後、リベンジしようと思いました。でも、それよりも先にエレナが魔王を封印してしまいました。聖女エレナを失った所為で、国王はカンカンです。国王はわたしを責めました。でも、聖女エレナは必ず助け出すと約束したら、国王は機嫌を良くしてくれました」
多分、先代聖女は何もかも一人でやろうとしたのだろう。
何もかも抱え込もうとして、自分の身の丈以上の事をやろうとして、壊れたんだろう。
いや。
真面目過ぎたから、必要以上に責任を感じてしまったんだろう。
というか、幼い頃の私を撃退した事を気にし過ぎだ。
気にする必要なんてない。
先代聖女は自分の身を守るため、刃物を持った私を撃退しただけだ。
アレは、正当防衛以外の何物でもない。
というか、私に聖女の役目を押しつけた事に罪悪感を抱く理由が分からない。
人間は老いる生き物だ。
どんなに優秀な人間だったとしても、年老いたり、病にかかったりしたら、満足に動けなくなってしまう。
どんなに優れた人間だったとしても、いつか与えられた役目を全うできなくなってしまう日が訪れる。
だから、後任に自らの役目を押しつけるのは、至極当然というか自然の摂理なのだ。
罪悪感を感じる必要は何処にもない。
「わたしは二年かけてエレナが施した封印を解除しました。先ず魔王の封印を解いて、その後、エレナの封印を解いて……」
延々と話し続ける先代聖女を眺めながら、私は目を細める。
聞いてもいない事を述べる彼女を見て、私は言葉を失ってしまう。
黒い霧の中で言葉を連ねる今の先代聖女は、正直直視できるものではなかった。
「……」
『厳しい事を言わせてもらうが、今の嬢ちゃんは非常に危うい。今のまま強くなったら、取り返しのつかない過ちを犯してしまう』
以前、サンタが言っていた言葉を思い出す。
『強くなるよりも先に、自分が犯した罪を自覚しろ。無自覚のまま強くなったら、今以上に被害が拡大しちまう。本当に周りの事を思っているんだったら、先ずは自分の罪を自覚するべきだ』
先代聖女を見て、私はようやく自覚する。
自分が犯した、罪を。
「嬢ちゃん、身構えろ」
黒い霧の横にあるモノ──光り輝く繭のようなモノを睨みながら、サンタは眉間に皺を寄せる。
「完全に力を取り戻すよりも先に、魔王を殺す。これがラストバトルだ」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は2月10日(土)20時頃に予定しております。
(追記)
申し訳ありません。体調を崩したので、2月10日の更新はお休みさせてもらいます。次回は2月17日更新予定です。




