老人と先代聖女と国王
◆ side:イザベラ
「単刀直入に言おう、先代聖女──いや、ミス・イザベラ。魔王の封印を解いてくれないか?」
「……魔王を新たな心臓にするんですか?」
「その通りだ。話が早くて助かる」
私の言葉を老人──自称セント・A・クラウスは肯定します。
どうやら彼は魔王の封印を解きたがっているみたいです。
「この浮島の素材となった巨人も、初代聖女が封じた魔王も、原初神ガイアが生み出したものだ。封印されている魔王の身体を使えば、……魔王の身体を加工すれば、この浮島の寿命は伸ばせるだろう」
そう言って、老人は黒い水でできた椅子に体重を預けます。
嘘を言っているようには見えませんでした。
けれど、彼の言葉が真実である証拠も根拠もありません。
だから、何処まで本当で何処まで嘘なのか、わたしには皆目見当もつきませんでした。
「……貴方が魔王を新たな心臓に加工するのですか?」
「先代聖女、私は死者だ。君達生者のように肉体を持ち合わせていない。だから、君に加工の仕方を教える事はできても、君達生者に代わって、魔王を加工する事はできないだろう」
「……では、もし魔王の封印を解いたとしても、……」
「君が思っている通りだ、先代聖女。魔王の封印を解いたとしても、今の自分では魔王を止められない。魂だけの状態では魔王を止めるどころか、魔王に触れる事さえできないだろう」
「自分の身体を用意しろ、……と言いたいのですか?」
「いや、その必要はない。君さえいれば、わたしの力は十二分に機能する」
そう言って、老人は何処からともなく取り出した器に黒い水を注ぎ始めます。
器の中に入った黒い水は膨大な魔力を秘めていました。
「これを飲みたまえ。俺の力を使えるようになる」
そう言って、老人は椅子に座ったままの状態で、器を私に見せつけます。
わたしが警戒している事を見抜いているのでしょう。
老人は眉間に皺を寄せるわたしを見るや否や、笑みを浮かべます。
「君がオレの力を使えるようになったとしても、理想通りに事は進まないだろう。封印から解かれた魔王は、原初神ガイアから与えられた役目を果たすため、王都にいる人々を殺し始めるだろう。ワタシの力を得た君は魔王相手に善戦するだろう。魔王を新たな心臓に加工するまでの間、沢山の犠牲者が出てしまうだろう」
沢山の犠牲者が出てしまう。
その言葉に反応してしまいます。
一応、私は元聖女です。
たとえこの老人が言っている事が本当だったとしても、民に被害が出る方法を選べません。
たとえ器じゃなかったとしても、わたしは元聖女なんです。
だから、……
「魔王の封印を解いたとしても、解かなかったとしても、犠牲者は出る。この心臓は年々エネルギーの消費量が多くなっているみたいでな。このままでは手遅れになるだろう。現国王のやり方が通じるのは、今だけだ」
老人は浮島の心臓周りにある青い石──人を素材に造られたエネルギーの塊を一瞥します。
わたしは頬の筋肉を強張らせたまま、彼の話に耳を傾けました。
「大丈夫だ。封印から解かれた魔王が暴れたとしても、沢山の人が魔王の所為で死に追いやられたとしても、絶滅までは至らない。それに、この浮島には聖女エレナがいるじゃないか」
黒い水でできた椅子が跡形もなく砕け散ります。
老化はスムーズに立ち上がると、黒い水の乗った器を抱え、わたしの下に向かい始めます。
それを私はぼんやり眺め続けました。
「君も知っているだろう? 現国王含む貴族達の腐敗を。今、君は目の当たりにしているだろう? 弱者に犠牲を強いている国王達の選択を。この浮島の大地を延命させるため、浮浪者や孤児を青い石に変えている国王達の有り様を。このまま現状維持を選んでも、近い将来破滅してしまうだろう」
青い石になった人達を一瞥します。
見覚えのない人達だらけでした。
恐らく私や聖女エレナが保護している孤児じゃないでしょう。
私や聖女エレナが認知している浮浪者じゃないでしょう。
きっと私や聖女エレナの下に保護するよりも先に、国王達が彼等を保護したのでしょう。
私達の善意を踏み躙る国王に苛立ちを抱きます。
「ならば、魔王にこの浮島を破壊させるのは得策かもしれません。創造は破壊の後に生じるもの。一旦破壊して、新しく国を作り直せば、良い風に変わるかもしれません」
一人称と口調をコロコロ変えながら、老人は淡々と語り続けます。
「魔王を新たな核にした後、聖女エレナを主軸にした国を新しく作る事ができれば、──腐敗したものを全て排除すれば、善人が報われる理想な世界を……」
「──お断りします」
私の下に辿り着いた老人に、私に器を差し出す老人に、拒絶の意を示します。
私の答えを分かっていたのでしょう。
老人は驚く事なく、私の言葉を受け入れました。
「きっと貴方の話は本当なのでしょう。ですが、何処から本当で何処から嘘なのか分からない以上、貴方の話を鵜呑みにできません」
「誰かが汚れなければならない。その汚れ役をやれるのは、君しかいないんだ」
「それでもお断りします。得体の知れない人の話を鵜呑みにできる程、私は綺麗じゃありませんし、汚くもありません」
「だから、オレはセント・A・クラウスだって言っているだろ」
「では、『セント・A・クラウス』である証拠を出して下さい」
証拠だと言わんばかりの態度で、老人は何処からともなく剣を取り出します。
その剣は私にとって見覚えのないものでした。
「この剣は俺── セント・A・クラウスが愛用していたものだ。文献が残っているかどうか分からないが、後で確かめておいてくれ」
「………」
「それでも信じられないのなら、質問するといい。私はセント・A・クラウスだ。どんな質問……は無理か。忘れている事も多々あるから、全ての質問に答えられないと思うが、可能な限り質問に答えよう。君が納得するまで」
老人は私の目を見つめます。
晴れた日の空のような青く澄んだ目でした。
恐らく彼は嘘を言っていないのでしょう。
真実を語っているのでしょう。
その所為で、私は悩んでしまいます。
結論を出す事を躊躇ってしまいます。
「…………少し考えさせて下さい」
結局、私は問題を先送りしてしまいました。
この返答を予想していたのでしょう。
老人は特に驚く事なく、『分かった』と呟きます。
「君に考える時間を与えよう。だが、忘れるな。お前達に残された時間は残り僅かだ。もし貴方が躊躇い続けるのならば、僕は聖女エレナに声を掛けます」
「あの子は関係ないでしょ」
「なら、早く結論を出してください」
そう言って、老人は私の前から消え去りました。
煙のように消えた老人を一瞥した後、わたしは青い石となった人達に背を向け、国王の下に向かい始めます。
あの老人の言っている事が真実かどうか確かめるため、この地下空間の事を問いただすため、そして、青い石の事を聞き出すため、国王の下に向かいます。
(……あの老人の話が真実だとは限りません)
脳裏を過ぎる黒いものを振り払うため、頭を左右に振ります。
もしかしたら、国王達はこの地下空間を知らないかもしれません。あの青い石も老人が自分の話に説得力を持たせるため、用意したかもしれません。そうです。彼がセント・A・クラウスという確証はありません。彼の話を信じる根拠はあり──
「──ああ。そのA・クラウスが言っていたのは、全部本当だ」
玉座に座った国王に全て伝えました。
地下空間であった事、自称セント・A・クラウスから教えてもらった事、そして、私が青い石と化した人達を見た事。
私は全部話しました。
全部話した瞬間、国王は私の話を── セント・A・クラウスの話が真実である事を肯定しました。
「この浮島の大地の寿命が尽きかけているのも、寿命を引き伸ばすために浮浪者孤児を青い石に加工していたのも、全部本当だ」
そう言って、国王は動揺する私を見下ろします。
そして、息を短く吐き出すと、こんな事を言い始めました。
「イザベラ。魔王の封印を解く。詳しい話を聞きたいから、そのセント・A・クラウスを名乗る老人を連れて来い」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
告知通り更新できなくて、本当に申し訳ありません。
この場を借りて、再度お詫び申し上げます。
次の更新は2月3日(土)20時頃に予定しております。




