ギガンドマキアと知性ある道具と移住先
◇
「……おいおい、何だよ、この青い石」
先代聖女の記憶の中。
記憶の中のサンタそっくりの老人と先代聖女は、城の地下の奥の奥──真っ白に染まった大きな空間に辿り着く。
大きな空間の中心部には濁った色をした巨大岩石が鎮座していた。
サンタそっくりの老人曰く、この岩石はこの浮島の核らしい。
「人間を素材に……? って事は、この青い石、本当に人間を材料に作られてんのか……? 人間の身体・精神・魂を魔力の塊に変換しているのか?」
私の隣にいるサンタが困惑した様子で、青い石を睨みつける。
その様子を見て、私は理解した。
この青い石がサンタにとって想定外の代物である事を。
「……ねぇ、サンタ。どこまで知っていたの?」
狼狽えるサンタに疑問の言葉を投げかける。
彼は複雑そうに表情を歪ませると、私にしか聞こえない小さな声で呟いた。
「今は教えられねぇ……って言っても、嬢ちゃんは納得しねぇか」
首を縦に振る。
サンタは気まずそうに明後日の方向を見ると、溜め息混じりに言葉を連ね始めた。
「正直に言うと、俺は知っていた。この浮島の土地が痩せ細ったのは、魔王の魔力の所為じゃないって事を」
以前、レベッカが言っていた言葉を思い出す。
彼女は言った。
巨人の暴力によって、沢山の命が失われた言葉。
巨人の破壊によって、沢山の人が棲家を失った事。
巨人の魔力によって、土地は痩せ細った事。
巨人の暴走によって、王都周辺のインフラは壊滅した事。
沢山の人が死んだ事。
沢山の浮浪者と孤児が生まれた事。
そして、沢山の人が苦しんでいるのにも関わらず、国王は民を見ようとしていなかった事。
「元々、この浮島の大地は魔王の肉親だったんだ」
「魔王の肉親? どういう事?」
「『ギガンドマキア』って知っているか?」
サンタは説明した。
神代で行われた支配権を巡る戦争──ギガンドマキアを。
ギガンドマキアでは原初神『ガイア』率いる巨人族と主神『デウス』率いるオリュンポスの神々が激しい戦いを繰り広げたらしい。
結果はオリュンポスの圧勝。
敗者である巨人族は虐殺されたらしい。
「……もしかして、魔王はギガンドマキアで負けた巨人族の生き残り……って事?」
「ああ。あいつも原初神『ガイア』の手によって作られた。他の巨人よりも、賢くて臆病だったが故に生き残った生物型神造兵器──原初神ガイアがこの星の支配者になるため、製造された知性ある道具だ」
そう言って、サンタは溜息を吐き出す。
魔王に対して、何か思う事があるような溜息だった。
「勝者であるオリュンポスの神々は、巨人族の肉体・精神・魂を材料に空飛ぶ大陸──移動式浮遊大陸艦『オリンピア』を生み出した。その数は確認されているだけで、数百。殆どは神代末期に破壊されたが、今でもこの浮島みてぇなのが何個か残っているらしい」
「サンタ、もう一つ質問。この浮島の大地は巨人の身体を材料に作られたって言ってたよね? もしあして、この浮島の大地が痩せ細ったのは、魔王の魔力の所為じゃなくて、材料になった巨人の寿命が尽きかけているからなの?」
「ああ、その通りだ」
「じゃあ、何で魔王が現れた後に土地が痩せ細ったの?」
「多分、痩せ細った原因は魔王じゃねぇ。多分、魔王が現れた後だったのは、……補充、しなかったからじゃねぇの?」
そう言って、サンタは顎で人の形をした青い石を指し示す。
そして、苦々しい表情を浮かべると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
◆ side:イザベラ
老人──自称自称セント・A・クラウスは言いました。
浮島の材料である巨人の寿命が尽きかけている事。
その所為で、この浮島の大地が痩せ細っている事。
材料である巨人の寿命が尽きてしまったら、この浮島は自壊してしまう事。
そして、──
「魔王──原初神ガイアが生み出した巨人を封印した際、初代聖女は気づいた。この浮島に寿命がある事を。だから、初代聖女と初代国王は生涯を費やす事で移住先を探し続けた」
黒い水で作られた椅子の上に座りながら、老人は言葉を連ねます。
彼の目は晴れた日の空みたいに透き通っていました。
見ているだけで、気分が明るくなる程、彼の瞳は綺麗でした。
恐らく嘘を吐いていないのでしょう。
真実を語っているのでしょう。
その事実が私を焦らせます。
「だが、彼女達の生涯を費やしても、移住先は見つけられなかった。当然だ、此処は狭間の世界。この浮島以外に、人が住める場所は存在しない。仮にあったとしても、浮島からかなり距離があるだろう」
初めて聞きました。
初代聖女が移住先を探していた話は、初代聖女に関する文献を読み漁った私でさえも知らない情報でした。
老人の瞳を見ます。
彼は嘘を吐いているようには見えませんでした。
その事実が、わたしを更に焦らせます。
「移住先を見つけられなかった初代聖女達は、次世代に託した。次の世代の人間達に移住先を探すよう、お願いした。だが、次の世代の人間達も移住先を見つけられなかった。次の次の世代も、その次の次の次の世代も、移住先を見つける事ができず、問題を先送りし続け、最終的に移住問題は解消される事なく、風化してしまった」
老人は語りました。
わたしが聖女になる少し前から、この浮島の大地が痩せ細り始めた事を。
「現国王は騎士団に大地が痩せ細った理由を調べさせた。その結果、現国王は遺跡に残っていた初代聖女の文献を発見。大地が痩せ細っている原因と、浮島の心臓の場所を把握した」
老人は言いました。
現国王が見つけた時には手遅れだった、と。
「だが、現国王は持っていた。運良く、浮島を延命させる方法を見つけてしまった。それが、これだ」
そう言って、老人は指差します。
青い石──人間を素材に作られた魔力の塊を。
「国に仕えていた魔術師は、偶然、人間の肉体・精神・魂、そして、寿命を魔力に変換する方法を見つけてしまったのだ。その結果、『青い石』と呼ばれる人という存在を凝縮加工したエネルギーの塊を生み出した」
「……で、現国王は浮浪者や孤児を『青い石』に変える事で、今の今まで浮島を延命させ続けた……と」
「ああ、その通りだ。現国王は助けなければいけない弱者に犠牲を強いる事で、この浮島の寿命を延ばし続けている」
老人の言っている事は私にとって衝撃的なものでした。
恐らく現国王が孤児園の増設を許可したのも、浮浪者を対象にした炊き出しを許可したのも、効率良く青い石の材料を集めるためでしょう。
材料になり得る人間を一箇所に集めるため、聖女エレナの慈善活動に協力したのでしょう。
そう思うと、何だか怒りのような納得のような感情を抱いてしまいました。
「……で、これを私に見せて、どうしたいんですか? 何か目的があるから、これを見せたのでしょう?」
「君の言う通りだ、先代聖女。私は君に頼みたい事があって、君に真実を教えた」
老人の青い空のような瞳が私の身体を射抜きます。
澄み切った彼の瞳を見た私は、彼の瞳を直視できず、視線を地面に落とします。
そんな私の態度が面白かったのでしょう。
老人はちょっとだけ声を弾ませると、わたしを此処に呼んだ理由を口にし始めました。
「単刀直入に言おう、先代聖女──いや、ミス・イザベラ。魔王の封印を解いてくれないか?」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は1月27日(土)20時頃に予定しております。
(追記)
申し訳ありません。1月27日(土)に更新すると告知していましたが、急用が入ってしまったので、更新できそうにありません。
次の更新は1月29日(月)12時頃に致します。
本当に申し訳ありません。
この場を借りて、お詫びの言葉を申し上げます。




