サンタかもしれない老人と聖女でさえ知らない場所と腐敗
◇
先代聖女の記憶の中。
私とサンタは目撃する。
今は無き庭園の片隅。
目を大きく見開く先代聖女の姿と、白い椅子に座りる老人の姿を。
その老人の姿には見覚えがあった。
「サンタ……?」
老人の容姿は、隣にいるサンタのものと酷似していた。
傷み一つない艶のある白髪。
爬虫類を想起させる真紅の瞳。
十人中十人が見惚れる整った顔は皺だらけで、挑発的な笑みを浮かべる口元には深いほうれい線が刻まれている。
黒い祭服を着込んだ身体は、骨と皮だけになっており、ティーカップの取手に絡めている指は見るに堪えない程、皺くちゃになっていた。
所作、雰囲気、そして、態度。
老人の身体から漂う匂いが、私に事実を突きつける。
──この老人はサンタだ、と。
皺くちゃだけど、隣にいるサンタと同じだ。
私の隣にいるサンタよりも年老いているけど、雰囲気も態度も匂いも全部同じだ。
「ねえ、サンタ。これ、サンタだよね?」
「…………」
隣にいるサンタに視線を向ける。
サンタはというと、苦い表情を浮かべながら、老男を見つめていた。
「おーい、サンター、返事しろー」
「………」
「てりゃ」
サンタの脇腹をチョップする。
私の軽い攻撃により、サンタは正気を取り戻すと、慌てた様子で視線を私の方に向けた。
「な、何するんだよ、嬢ちゃん」
「いや、ボーッとしてたから、つい」
「つい、じゃねぇよ。びっくりしちゃったじゃねぇか」
いつものキレはなかった。
サンタの身体から漂う匂いにより、私は何となく察する。
サンタが置かれている状況を何となく理解する。
だから、私は敢えて尋ねた。
「で、サンタ。これは一体どういう事?」
先代聖女と向かい合う老人を指差しながら、首を傾げる。
サンタは気まずそうな表情を浮かべると、私の疑問に答える事なく、疑問の言葉を口にした。
「さあ? なんだろうな。嬢ちゃんはこれ見て、どう思う?」
疑問を疑問で返されてしまった。
いや、聞きたいのはこっちの方なんだけど。
心の中で愚痴りながら、サンタの顔を見る。
サンタは『いつも通り』の表情を浮かべていた。
匂いも普段通りのもの──落ち着いたものになっている。
どうやら話すつもりはないらしい。
のほほんと先代聖女達を眺めるサンタを見ながら、私は彼の疑問に答える。
「んー、どうでもいいかな」
思った事をそのまま口にした。
「あのお爺ちゃんがサンタだったとしてもサンタじゃなかったとしても、正直どうでもいい。だって、サンタはサンタじゃん」
「どういう意味だ?」
「私の隣にいるサンタは取引を守る人だって事だよ」
『なら、取引しましょう』
サンタと出会った時の事を思い出す。
引き攣った笑みを浮かべながら、私の瞳を真っ直ぐ見据えるサンタの姿を思い出す。
『戦闘に必要な魔力を与えます。その代わり、貴方の力、私に使わせ……』
『ああ、いいぜ。俺の力、使わせてやるよ』
あの時のサンタは迷う事なく、私の右手を握った。
それを鮮明に思い出しながら、私は思った事をそのまま口にする。
「──サンタは取引を反故する程、人でなしじゃない。そうでしょ?」
「はっ、初代聖女みてぇな事を言いやがって」
鼻で笑いながら、サンタは何処かに向かって歩き始める初代聖女の姿を一瞥する。
そして、大きな溜息を吐き出すと、サンタは躊躇う事なく、大きな掌で私の頭を撫で始めた。
「……子ども扱いしないでよ」
「そういう所も初代聖女っぽいな。もしかして、嬢ちゃん、初代聖女と血、繋がってんじゃねぇの?」
「繋がっている訳ないでしょ。そしたら、私、国王や第一王子達と血縁関係になっちゃうじゃん」
閑話休題。
私とサンタは初代聖女と老人──老いたサンタの後を追いかける。
初代聖女達が向かったのは、聖女だった私でさえも知らない場所だった。
◆ side:イザベラ
「ここは、……どこですか?」
「ここは、現国王が創り出した地下空間だ」
老人に促されるがまま、庭園の隅の隅にあった隠し通路を通り抜けた私は眼にする。
城の地下にあった謎の空間を。
謎の空間は煉瓦のようなもので構築されていた。
仄かに発光する煉瓦のような壁や床、そして、天井を見つめながら、私は地下空間の奥の奥に向かう。
「イザベラさ……いや、敢えて先代聖女と呼ばせて貰おう。先代聖女、なぜ現国王が此処──地下空間を作ったと思う?」
私の前を歩く老人──自称セント・A・クラウスが疑問の言葉を口遊む。
「なぜ浮浪者を対象にした炊き出しが行われるようになったと思う?」
「……聖女エレナが頑張ったから……、でしょうか?」
「それも要因の一つとして含まれるだろう。だが、真実は違う」
そう言って、老人は地下通路の奥にあった階段を指差す。
そして、私の方に視線を向けると、階段を降りるよう促した。
「なぜ城下町が災害に見舞われたと思う? なぜ王族貴族関係者が魔法・魔術・武術の知識を独占していると思う? なぜ孤児園を増設しなければならない程、孤児が増えたと思う?」
「……一体、何を言いたいのですか?」
「──君は知っているか? この浮島の大地が痩せ細っている事実を」
首を横に振る。
土地が痩せ細っているなんて事実、聞いた事がなかった。
いつもと違う拍子で、心臓が鼓動する。
長年抱いていた違和感が老人の言葉によって溶けて、熔けて、解けていく。
老人の言葉が、わたしを真実に導こうとしている。
「──この浮島は腐り始めている」
階段を降りて、下りて、降り続けて。
地下空間の奥に辿り着く。
厚い扉が私達を出迎える。
扉は大理石のようなものでできていた。
私達よりも圧倒的に大きくて、分厚い扉が、私達の前に立ちはだかる。
老人は指を鳴らすと、指一本触れる事なく、私達の前に鎮座していた扉を開けてしまった。
「いや、この浮島だと語弊があるな。正確に言えば、この浮島の大地だ」
扉の向こう側──地下空間の奥の奥には、真っ白に染まった大きな空間が広がっていた。
大きな空間の中心部を見つめる。
中心部には巨大な岩石が鎮座していた。
岩石は濁った色をしていた。
余命宣告された病人のような顔色をしている。
その顔を見て、あの岩石が死にかけている事を肌で感じ取った。
「教えてあげよう、先代聖女。あれがこの浮島の心臓だ。そして、──」
死にかけている岩石の周り。
岩石を取り囲むように聳え立つ青い石を指差しながら、人の形をした青い石を睨みつけながら、老人は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
そして、吐き捨てるように老人は事実を口にした。
「これらの青い石は今にも止まってもおかしくない心臓を動かすために造られた急造の動力源。人間──浮浪者や孤児等を素材に造られた魔力の塊だ」
私──わたしの心臓が歪な音を立て始めた。
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急用が入ってしまった所為で、予定通り更新できませんでした。
本当に申し訳ありません。
この場を借りて、お詫び申し上げます。
次の更新は1月20日(土)20時頃に予定しております。




