火傷と憧れと「久しぶり」
◆side:イザベラ
燃え盛る孤児園を前にした私は言葉を失う。
猛る炎の中から出てきた、酷い火傷を負ったエレナを見て、わたしは言葉を失う。
エレナの腕の中には逃げ遅れた赤ん坊が、収まっていた。
右腕を見る。
エレナの右腕は焼け爛れていた。
右腕程ではないが、背中や脚も焼けている。
特に右腕は酷い。
私の回復魔術でも、彼女の右腕を完全に癒せないだろう。
火傷の痕が一生残り続けるかもしれない。
またエレナに一生モノの傷を与えてしまった。
もし私が現場にいれば。
もし私がこの状況を想定して、対策案を何個か用意していれば。
孤児園に防火用の結界を施していれば。
様々な後悔が私の身を蝕む。
やはりわたしは聖女に相応しくな──
「聖女様」
朗らかなエレナの声がわたしの視線を惹きつけます。
つい私は彼女の方に目を向けてしまった。
星のように煌めく瞳で、優しい笑みを浮かべるエレナと目が合う。
現在進行形で火傷に苛まれている筈なのに、エレナは子に母乳を与える母のように微笑んでいました。
「孤児園に残っていた人達は、みんな無事です。なんとか外に出す事ができました」
痛みを微塵に感じさせない笑みを浮かべながら、エレナは私を安心させるため、言葉を紡ぎ続ける。
その姿を見て、わたしは劣等感を抱きました。
それと同時に、私はこう思いました。
──ああ、この子だ。
この子こそ、聖女に相応しい。
痛みを表に出す事なく、弱き人のために自分を犠牲に出来る彼女こそ、聖女に相応しい。
能力だとか才能だとか関係ない。
傷ついても尚、優しい笑みを浮かべ続ける彼女こそ、聖女に相応しい。
そう思った私は酷い火傷を負ったエレナの身体を抱き締める。
そして、彼女を次期聖女にする事を固く誓いました。
──多分、この時のわたしは──否、今の私は冷静じゃなかったんでしょう。
エレナの瞳が星のように煌めく理由を忘れた私は、食虫植物のように獲物を捕食する存在に未来を託してしまう。
わたしは、私は、
絶対に聖女にしちゃいけない存在を、聖女にしちゃいました。
何もかも終わらせたい。
そんな自分勝手な願いを叶えるため、
私は、わたしは、エレナに聖女という役目を押し付け──
◇
『なあ、嬢ちゃんは何で聖職者になったんだ?』
以前、サンタに問われた言葉を思い出す。
『別に大した理由じゃないよ。先代聖女みたいになりたいと思ったから、聖女見習いになった。それだけの理由だよ』
『先代聖女って、嬢ちゃんの義理の親だっけ?』
『うん、そうだよ』
『何でなりたいって思ったんだ?』
『人を救う義母の姿を見て、美しいって思ったから』
私が僧侶になった理由は、とても単純だ。
聖女として人を救う先代聖女を見て、『ああ、なりたい』と思ったから。
憧れの人みたいになりたい。
憧れの人みたいに誰かの助けになりたい。
そう思ったから、私は頑張った。
頑張った結果、聖女になった。
ただそれだけの理由。
だから、私は先代聖女の真似をした。
聖女として活動する時は、先代聖女のように振る舞った。
子どもの頃からずっと見続けた先代聖女──義母の真似をし続けた。
私にとって先代聖女は憧れの人だった。
感情的になった事は一度もない理性的な人。
──先代聖女の感情的になった姿は記憶と共に封じられている。
いつも自分よりも他者を優先する理知的な人。
──個人的な理由で苛立っている先代聖女の姿は記憶と共に封じられている。
いつも優しく、聖女としての素質がない私を導いてくれた。
──自分の言う事を聞かせるため、私に暴力を振るった先代聖女の姿は記憶と共に封じられている。
私にとって先代聖女は憧れの存在だった。
──だって、先代聖女の悪い部分の記憶を思い出す事ができないから。
「なるほど。だから、神殿の結界を解く事ができたのか」
神殿に突入して、一時間ちょっと経過した頃。
神殿の奥の奥に辿り着いた私とサンタは、巡り会う。
光る繭の中に閉じ籠る魔王と。
そして、虐者に成り果てた憧れの人と。
「…………先代聖女」
レベール街で出会った黒ずくめの衣装を着込んだ『何か』。
魔王と組んでいる虐者の正体が、先代聖女である事に気づかされる。
「久しぶり、エレナ」
両腕についている『黒い鱗』を見せつけながら、先代聖女は金色に染まったトカゲのような目で私とサンタを睨みつける。
その姿を見て、私は理解した。
──もう先代聖女は後戻りできない所まで辿り着いてしまった、と。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は12月30日(土)20時頃に予定しております。




