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「なんでもない」と火災と恋愛脳

◆ side:イザベラ


 やってしまった。

 守らなきゃいけない女の子に一生モノの傷を負わせてしまった。

 短剣を持った女の子──エレナと出会って、早二年。

 その間、ずっと『わたし』はあの日の事を後悔し続けました。

 エレナの顔に一生モノの傷をつけてしまった。

 自分の失態を隠すため、エレナの記憶を封印してしまった。

 その事実が『わたし』を苦しめる。

 クソ女に成り果てたという事実が、『私』を苦しめる。

 

「聖女様、どうしたの?」


 孤児園の宿直室で作業をしていると、エレナが私の前に現れた。

 彼女の顔についた一文字の傷が、あの日の記憶を呼び起こす。

 思い出したくない記憶──クソ女になった時の事を思い出してしまう。


「……ん、何でもありませんよ」


「でも、苦しそうな顔して……」


「なんでもありませんから!」


 つい声を荒上げてしまった。

 私が大声を出した所為で、エレナは目に涙を浮かべる。

 自分の失態に気づいた私は、反射的にエレナの頭に触れてしまった。

 そして、流れるように魔法を行使し、エレナの記憶を封印しまう。


「……あ、あれ……?」


 数秒前の記憶を失ったエレナは首を傾げる。

 細かい事を全く気にしない彼女は、また首を傾げると、数秒前に繰り出した質問をもう一度私に問いかけた。


「聖女様、どうしたの?」


「……なんでもありませんよ」


 無理に笑顔を作りながら、私はエレナと向かい合う。

 また彼女の記憶を封印してしまった。

 その事実に嫌悪感を抱きながら、自分の名前とこの二年間の記憶しか思い出せなくなったエレナを一瞥する。

 そして、胸の中に詰まった生温かい空気を吐き出すと、恐る恐るエレナの頭を撫で始めた。





◆side:イザベラ


 エレナと出会ったあの日。 

 わたしの魔法は失敗した。

 あの時の私はかなり焦っていたのだろう。

 エレナの記憶の一部を封じるつもりで放った魔法は、彼女の記憶の全てを封じてしまった。

 今のエレナは私と出会う前の記憶を思い出せない状態に陥っている。

 父の名も、母の名も、思い出せない状態に陥っている。

 私と出会ってからの記憶と自分の名前以外、思い出せない状態のまま、毎日呼吸し続けている。

 きっとエレナにも親がいたのだろう。

 親と過ごした記憶があったのだろう。

 それなのに、私は封じてしまった。

 彼女の過去を奪ってしまった。

 その事実が私の胃を圧迫する。

 何度かエレナの記憶の封印を解こうとしたが、全部失敗に終わってしまった。

 今の私の力量では封印を解く事ができない。

 その事実が私の胃を更に圧迫する。

 聖女としてあるまじき行為を行ってしまったわたしを、袋小路に追いやってしまう。

 

「聖女様!」


 城の執務室で考え事をしていると、秘書である僧侶が私の下にやってきた。

 彼女は焦ったような表情を浮かべていた。

 

「孤児園が……! 孤児園が燃えているそうです!」


 やってきた秘書は、言いました。

 王都からちょっと離れた所にある小高い丘の上にある王立孤児園。

 そこで火災が起きている、と。


「こ、子ども達は……!?」


「分かりません……! 王都の門番からは孤児園で火事が起きている事しか報告を受けていません……!」


「騎士団に子ども達の救助を頼んでください……! 魔力で身体能力を高められる彼等の方が、私達よりも早く現場に辿り着ける筈です……!」


 慌てて執務室から飛び出した私は、秘書と共に長い長い城の廊下を小走りで駆けていく。

 

「分かりました……! 騎士団長にお願いしてみます……!」


 秘書と別れた後、わたしは走る、走る、走る。

 燃え盛る孤児園の前に辿り着いたのは、報告を受けて一時間経過した後の事だった。 

 現場に辿り着いた私は、いの一番で目にする。

 彼女の姿を。

 聖女として相応しい振る舞いをする彼女の──






「なあ、嬢ちゃん。ちょっと聞いてもいいか?」


 私をお姫様抱っこしながら、サンタは神殿の中を駆け抜ける。

 大理石でできた廊下の上を走っていると、神殿を守っているであろう騎士が、私を抱えるサンタの行手を阻んだ。


「本当は第一王子の事をどう思っているんだ?」

 

「それ、今聞く事?」


 騎士の振るう剣を華麗に避けつつ、サンタは恋バナを開始する。

 本当、この人の頭は何でできているのだろうか。

 もしかしたら、頭の中お花畑なのかもしれない。


「いや、嬢ちゃん。再会した後、第一王子と積極的に会話しようとしていなかったじゃん? 興味なさそうな目で第一王子の事を見ていたじゃん? もしかして、第一王子の事、嫌いなのか?」


 両足で迫り来る騎士の斬撃を蹴り飛ばしながら、サンタは疑問を口にし続ける。

 取り繕うのも面倒臭かったので、私は本音をぶっちゃける事にした。


「好きでも嫌いでもないよ。第一王子は私の事を嫌っているだろうから、積極的に関わらなかっただけ。私自身は第一王子の事を何とも思っていない」


「…………そうか」


 サンタの身体から憐れみの匂いが放たれる。

 恐らくサンタは脳内お花畑だから、『第一王子が私に好意を寄せている』みたいな勘違いをしているのだろう。

 なので、私は彼に事実を突きつける事を選択した。


「というか、第一王子が私に好意抱いている訳ないじゃん。元婚約者だったけど、それは国王が勝手に決めたものだし。第一王子自身の意思で私を選んだ訳じゃないし。私自身も全然良い女じゃないし。多分、いや、絶対、第一王子は私の事を嫌っていたと思うよ。よく嫌がらせされていたし」


「………そうか」


「第一王子は私よりもアリ……アリ……ああ、思い出した、アリレルの方が好きだったと思うよ。私との婚約を破棄して、アリレルさんと結婚しようとしていたし。国王の顔を潰してまで、私との婚約を破棄しようとしていたから、絶対アリレルさんを溺愛していたと思う」


「…………そうか」


 第一王子が愛していたであろう女性──次期聖女アリレルを見殺しにしてしまった。

 その事実が私の罪悪感を刺激する。

 もっと私が彼女に気を遣っていたら、彼女を救えたかもしれない。

 井戸の底に落ちてしまうという最悪の事態を防げたかもしれない。

 『いつか第一王子にアリレルの死を伝えなければ』と思いつつ、サンタの顔を覗き込む。

 私と同じようにアリレルの死を思い出したのだろう。

 サンタは気まずそうな表情を浮かべていた。


「……もし第一王子が嬢ちゃんに好意を寄せていて、嬢ちゃんと結婚したいって言ったら、どう反応する?」


「何そのあり得ない仮定」


「いいじゃん。答えてくれ」


「多分、結婚しないと思うよ。第一王子の事、結婚したい程、好きって思った事ないし」


「……………そうか」


 私を抱えたまま、迫り来る騎士達を蹴り飛ばしながら、サンタは気まずそうな表情を浮かべる。 

 どうやらこの期に及んで、この人は勘違いし続けているらしい。

 『本当恋愛脳だなー』みたいな事を思っていると、サンタは新たな疑問を口にした。


「じゃあ、第三王子(ぼっちゃん)……」


「結婚したい程、好きって思った事、一度たりともない」


「………………そうか」


 そう言って、サンタは襲ってきた騎士団を蹴り飛ばした後、私を抱え、神殿の奥に向かって駆け出す。

 そして、気まずそうに目線を泳がせた後、サンタは恐る恐る口を開いた。


「……嬢ちゃんは第三王子(ぼっちゃん)の事をどう思っているんだ?」


「……わ。私のために動いてくれる良い人」


「本音は?」


「第一王子よりも面倒臭……って、何言わせてんの」

 

 つい本音を零してしまう。

 それを聞いたサンタは眼を瞑りつつ、『……そうか』と憐れむように呟くと、口を閉じてしまった。

 

 ──魔王、完全復活まで残り一時間。



 


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は12月25日(月)20時頃に予定しております。

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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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