食虫植物と幼く小さくなった身体と樹洞
◆side:イザベラ
王都の端の端。
泥がこびりついた煉瓦の地面、落書きだらけの壁、椅子だったものかもしれない残骸が支配する劣悪で、人通りが一切ない裏道。
浮浪者でさえも忌み嫌う場所で、私──イザベラは『彼女』と出会いました。
「………大丈夫、ですか?」
傘を差さず、泥だらけの壁に身体を預ける少女に声を掛けてみました。
沢山雨を吸ったのでしょうか。
私の目の前にいる金髪の少女の髪はベチャってなっていました。
何日も着続けたであろう布の服も、ボロボロになったズボンも、雨の吸い過ぎでビチャビチャになっていました。
壁に寄りかかっている少女の腹が鳴ります。
多分、お腹が減っているのでしょう。
お腹だけでなく、奥歯を鳴らす少女を眺めながら、私は再び声を発しました。
「……何で此処にいるのですか? 貴女の親は一体何処にいるのですか?」
壁に寄りかかっている女の子の下に歩み寄ろうと、足をちょっとだけ動かす。
私の足音に気づいたのでしょう。
今まで俯いていた女の子は、私の方に視線を向けました。
女の子の顔が私の視界に映し出される。
女の子の顔は、幼少期の第一王子や第三王子に少しだけ似ていました。
とても可愛らしい顔つきです。
女の子の幼くて可愛らしい顔は、私の母性本能を刺激するだけの価値を秘めていました。
それだけじゃありません。
女の子の瞳は美しいという言葉だけでは言い表せない程の価値を秘めていました。
まるで宝石…….いや、星のように煌めく瞳。
彼女の瞳は、私の心を一瞬で鷲掴みする程の魅力を秘めていました。
(あ、やばい)
私の生存本能が疼き始める。
女の子の瞳が、星のように煌めく理由を瞬時に察知する。
あれが、あの瞳が、煌めいているのは『助けを求めているから』ではない。
あれが、あの瞳が、煌めいている理由は。
(この子、私を食べるつもりなんだ)
星のように煌めく女の子の瞳と食虫植物の姿が、ほんの一瞬だけ重なる。
その瞬間、壁に寄りかかっていた女の子は立ち上がると、持っていた短剣の鋒を私の腹に向け──
◇
「ねえ、サンタ。私に何か言わなきゃいけない事、あるよね?」
夜。
魔王を退け、元騎士の死に様を見届けた私とサンタは、遺跡近くの森で野宿を行っていた。
「……だ、第三王子は大丈夫だぞ。ちょっと気絶しているだけで、外傷は殆どない。嬢ちゃんが心配する事は何もないぞ、うん」
「いや、それじゃない」
「ク、クッキー食べたいのか? オッケー、今クッキー用意する……」
「サンタ、私の目を見て」
気まずそうに私から視線を逸らすサンタに対して、『今の私の姿を見て、何か言う事はないのか? ん?』みたいな態度を見せつける。
やはり思う所があったのだろう。
サンタは気まずそうに視線を逸らすと、ちょっと離れた所にある木の下で安らかな寝息を立てる第三王子を見つめ始めた。
「もう一度、聞く。サンタ、今の私を見て、何か言わなきゃいけない事あるよね?」
「…………………ま、前よりも可愛くなったな」
「しゃあああああ!!」
全身の毛を逆撫で、サンタを威嚇する。
サンタは視線を私の方に向けると、やっと謝罪の言葉を口にした。
「すまん、嬢ちゃん。そんなに小さくなるとは思わなかったんだ」
そう言って、サンタは小さくなった私の身体を見る。
その瞬間、サンタの瞳に今の私の姿が映し出された。
癖のない金の髪。
傷一つついていない白い肌。
パッチリした目、薄い唇。
幼くなった顔立ち。
平坦と言っても差し支えない慎ましい胸。
背丈は低く、年齢は恐らく十歳成り立てくらいだろうか。
頬はうっすらと紅色に染まり、誰の目にも愛らしいと思える童女が、サンタの瞳に映し出されていた。
「ほ、ほら、渡す時に言っただろ? あの劣化エリクサー、副作用の所為で、ちょっと若返るって」
「ちょっとじゃない! かなり若返っているんだけど!? 十年くらい若返っているんだけど!?」
「うーん、十年も若返る程の効力はない筈なんだけどなぁ。大体二、三年……最高でも五年程度しか若返らない筈なんだが……」
そう言って、サンタは改めて小さくなった私の身体を見下ろす。
私も改めて自分の身体を一瞥した。
先程、サンタから貰った黒くて小さなドレスを着込んでいる今の私の姿は、何処からどう見ても、育ちの良い童女にしか見えなかった。
「なあ、嬢ちゃん。嬢ちゃんは本当に二十歳なのか? もしかして、年齢サバ読……」
「しゃああああ!!」
「あー、今のは俺が悪かった」
怒りのあまり人の言葉を失った私を見て、サンタは気まずそうに視線を明後日の方向に向ける。
本当に悪いと思っているのだろう。
サンタは罪悪感に満ちた表情で、私の顔を見つめて──
「……本当、エミリーそっくりだな。というか、そっくりってレベルじゃねぇ。今の嬢ちゃんはエミリーと瓜二つ……」
「おい。私の顔を見て、昔の女を思い出してんじゃねぇよ」
エミリー……いや、初代聖女を思い出しているサンタを渾身の勢いで睨みつける。
「いや、俺と初代聖女はそんな仲じゃねぇって」
「でも、ワンナイトラブしたでしょ?」
「してねぇって言ってるだろ」
「そういや、この服って何処で入手したの? 何でサンタが少女用の服持っているの? 何でこんなフリフリしたドレスっぽい服を保有しているの? もしかして、アレか? 昔の女の服を私に着せているのか? 昔ワンナイトラブした女の服を私に着せているのか?」
「それは昔盗んだ神造へ……」
「サンタ、初代聖女と私、どっちが好きなの?」
「嬢ちゃん、ちょっと落ち着け。とんでもない事を口走っているぞ」
身体が小さくなった影響なのか。
それとも、聖女という皮を脱ぎ捨てた影響なのか。
或いは、他の要因なのか。
ダメだと理解しているにも関わらず、つい思った事をそのまま吐き出してしまう。
つい胸の内側から生じる衝動に身を委ねてしまう。
今まで理性で抑制できていたものが、抑制できなくなっている。
「ご、ごめん、サンタ……何か知らないけど、つい思った事を口走って……」
「気にするな、嬢ちゃん。それも劣化エリクサーの効果だから」
「は?」
「あん? 言ってなかったっけ? アレ飲んだら、暫くの間、本音が出やすくなるんだよ。まあ、暫くって言っても半日程度だから、あまり気にす……」
「気にするよ!」
またまたサンタの言葉を遮る私。
本当に本音が出やすくなっているのだろう。
思った途端、穴の空いたバケツのように、口から言葉が零れ落ちてしまった。
「え、じゃあ、半日の間、私の本音はだだ漏れって事!? クッキーお腹いっぱい食べたいって欲望も、サンタの手を握りたいっていう願望も、半日の間隠す事ができないって事!?」
「あん? 手握って欲しいのか?」
「しまった! もう漏れてる!?」
「健康的によろしくないから、クッキー腹一杯食べさせる事はできねぇが、手くらいなら何時でも握ってやるぞ」
そう言って、サンタは自らの手を差し出す。
サンタの大きくて厚い掌を見た途端、男の人らしい掌を見た瞬間、私の頬の温度が上がってしまった。
「へ、……変態っ!」
「前々から思っていたが、嬢ちゃん、ピュア過ぎねぇ? 本当に二十歳なのか?」
「しゃああああ!!」
私の手を握ろうとするサンタを威嚇する。
サンタは苦笑いを浮かべると、何処からともなく取り出したクッキーを私目掛けて放り投げた。
飛んできたクッキーを口でキャッチする。
犬みたいにクッキーに食いついた私の姿を見るや否や、サンタは生暖かい笑みを浮かべた。
……ああ、アイツ、完全に私の事を愛玩動物か何かと思ってやがる……!
◇side:イザベラ
初代聖女──エミリーが使用していたと言われている樹洞。
大樹の幹にできた洞窟状の空間で、朝日が顔を出す刻を待ち続ける。
私の共犯者である魔王はというと、傷を治す事に専念していた。
(……この『青い石』を使えば、この『青い石』の魔力を使えば、魔王の傷を治す事ができるでしょう)
自らのお腹を撫でながら、私は眉間に皺を寄せる。
(でも、この『青い石』を使う事はできない。だって、この『青い石』は……」
胃の中に入っている『青い石』に意識を傾ける。
そして、苦しそうに寝息を立てる魔王を一瞥すると、私は目蓋を閉じた。
(……いえ、此処で『青い石』を魔王に渡したとしても、魔王を強化するだけ。もし魔王が今の私よりも強くなってしまったら、この浮島は滅びてしまうでしょう)
自分に『落ち着け』と言い聞かせる。
あとちょっとで目的を達成できるという高揚感を必死に抑えながら、私は深呼吸を開始する。
そして、睡魔に身を委ねると、懐かしい夢──エレナと出会ったばかりの頃の記憶を見始めた。
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次の更新は11月25日(土)12時頃に予定しております。




