驕りと黒い鱗と青い宝石
◇side:魔王
「あら? お礼の言葉を言ってくれないんですか?」
レベール街から東に数キロ離れた先にある墓地。
十字架が立ち並ぶ小高い丘を眺めながら、オレの隣にいる『クソ女』を睨みつける。
「てっきり『助けてくれてありがとう』みたいな事を言われると思ったのですが」
「う、るせぇ……今、そんな余裕がねぇ、……んだよ」
絶対に使いたくなかった奥の手──先代聖女から助けてもらう──を切った自分に嫌悪しながら、オレは地面に倒れ込む。
そして、仰向けの体勢で寝転ぶと、体内に残った全ての魔力を使って、傷ついた心臓を直し始めた。
(第一王子と第二王子の神造兵器を取り戻していなかったら、……胸に氷柱が突き刺さった時点で死んでいた)
サンタから与えられた一撃は、オレが想定しているよりも、重くて鋭いものだった。
多分、半月以上の時間を費やさなきゃ、心臓は直らないような気がする。
「気、つけろ……クソ女……あの、サンタ……性能はそこまで良くない……戦闘技術も、最大火力も、一流ではあるが、人の領域を超えちゃいねぇ……多分、頭の出来も……お前や聖女の方が上、……だろう」
「忠告の言葉を口にする余裕はあるんですね」
「うる、…….せぇ」
先程の戦闘を反芻しながら、息を短く吐き出す。
肺を動かすだけで、心臓が軋み、全身に激痛が走った。
「サンタの実力自体は、大した事がない……だが、アイツは格上を欺く技と、格上を殺す術を沢山持っている……アイツの前で一瞬でも隙を見せてしまったら、その時点でお終いだ……幾ら性能が上回っていようが、念入りに準備していようが関係ねぇ……ほんの一瞬、警戒を緩めた時点で……ヤツの力量を見極めたと思った時点で命取りだ」
クソ女に助けられた事に対して苛立ちを覚えながら、オレは歯を食い縛る。
オレは守り人──サンタの力量を見極めたと思っていた。
策さえあれば、弱体化したオレでも倒せる程の強さだと思い込んでいた。
だが、それは勘違いだった。
サンタの力量を見極めた。
それをオレに思い込ませる事こそが、サンタの策だったのだ。
(もし聖女がサンタ側に加担しなければ、間違いなくオレが勝っていただろう。だが、一瞬、ほんの一瞬だけ、オレの視線は聖女の奇行の所為で奪われてしまった。その所為で、オレは致命傷を受けてしまった)
先程の戦闘を分析しながら、息を整えようとする。
だが、心臓から生じる鈍い痛みが、オレの呼吸のリズムを乱そうと牙を剥き始める。
オレは胸に生じる鈍い痛みに不快感を抱きながら、地面に全体重を預けた。
「その傷を治すのに、どれくらいかかりますか?」
「半月……くらい、かかる」
「コレがあっても、半月かかりますか?」
そう言って、クソ女は口から棒状の何かを吐き出す。
クソ女が吐き出したのは、神造兵器──オレの身体の一部を武器として加工したもの──だった。
「第三王子の神造兵器を回収しました。コレがあっても、半月程度の時間を必要とするのですか?」
「……いや、」
クソ女の口から吐き出された神造兵器に手を伸ばす。
涎まみれの神造兵器に触れた途端、オレの中に膨大な力が入り始めた。
「コレが、……あるんだったら、一週間程度で完治する……と思う」
「一週間ですか。思っていたよりも時間がかかりますね」
「うる、せえ……」
痛みが少しだけ薄れる。
オレは胸に詰まった息を吸い込むと、取り込んだばかりの神造兵器を身体に馴染ませた。
「国王が持っている神造兵器を回収した場合、その傷は三日で治りますか?」
「フルスペックの状態なら、……一日程度で十分だと思う」
「なら、今すぐ神殿に向かいましょう」
そう言って、クソ女は身に纏っていたものを脱ぎ捨てる。
そして、両腕についている『黒い鱗』をオレに見せつけると、金色に染まったトカゲのような目で空を睨みつけた。
◇side:???
『エレナ、美しく(つよく)なりなさい。私以上に美しい人間を見つけなさい。私以上に美しい人間から美しさを学びなさい。そうすれば、貴女は私以上に自由に生きられるわ』
夜の街でしか自由に生きられない私は、娘の頭を撫でる。
私の娘──エレナは嬉しそうに身をくねらせると、自らの背中を私の豊満な胸に押し付けた。
『母から盗めるものは全て盗みなさい。貴女が私から盗めるものがなくなるまで、私が貴女を守ってあげる。だから、貴女は遠慮なく挑戦し続けなさい好きに生きなさい。貴女は生まれた時から自由よ』
娘の頭を撫でながら、私は『あの男』に殺意を向ける。
(あとちょっとよ)
つい頬の筋肉が緩んでしまう。
あと少しで天誅を下せると思うと、笑みが溢れてしまう。
私は胸の谷間に挟んでいた『青い宝石』を取り出すと、『みんな』だった『青い宝石』を握り締めた。
(あとちょっとで、『みんな』の仇を取る事ができる)
別にエレナを復讐の道具に仕立て上げるつもりはない。
私の過去も、この『青い宝石』の秘密も、これからのエレナにとって不要なもの。
私達の事情は『青い宝石』と一緒に墓まで持っていくつもりだ。
エレナが背負うべきものじゃない。
私の復讐で、この子の人生を捻じ曲げたらいけない。
(でも、私にその気がなくても、私の過去や『みんな』の事を敢えて伝えなくても、この娘は『あの男』の人生をめちゃくちゃにしてくれるだろう。この娘が自由に生きているだけで、『あの男』は自滅してしまうだろう)
『あの男』は私の虜だ。
だから、『あの男』は近い将来私の娘を、私以上に美しくなったエレナを欲してしまうだろう。
私以上に美しくなったエレナを手に入れるため、自滅してくれるだろう。
エレナは、私の娘は、きっと誰よりも美し(つよ)くなれる。
夜の街でしか生きられない私とは違い、どんな所でも生きていけるような美し(つよ)さを身につける事ができる。
だから、
「エレナ。幸せになりなさい。悔いなく逝ける人生を送れるよう、精一杯頑張りなさい。大丈夫、私ができる事は全部やるから。貴女のためにやれる事は全部やるから」
息を短く吸い込み、私の娘──エレナの身体を力一杯抱き締める。
そして、改めて彼女を一人前にする事を誓うと、握り締めていた『青い宝石』を手放した。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
今回のお話で4章はお終いです。
やるべき事をコンパクトにまとめたつもりですが、予定よりも長くなってしまいました。
次の更新は11月18日(土)12時頃に予定しております。
次回から最終章に突入する予定です。
これからも完結目指して更新していきますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




