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恋と甘い匂いとノーモーション

 サンタから手渡された青い液体──劣化エリクサーとやらを飲み干す。

 飲み干した途端、私の身体の体温が急上昇した。

 骨の軋む音が聞こえてくる。

 身体から煙のようなものが放たれ、着ている僧侶服が少しずつ大きくなる。

 いや、服が大きくなっているのではない。

 私の身体が縮んでいるのだ。

 身体中がムズムズする。

 立っているだけなのに、息が荒くなる。

 

(よし、……狙い通り、魔王の注意を惹きつける事ができた)


 私の異変を察知した魔王が、視線を私の方に向けながら、動揺と焦りの匂いを放ち続ける。

 多分、私の奇行が理解できなくて、考えてしまっているんだろう。  

 考え事をしている所為で、魔王の動きは少しだけ鈍っていた。

 魔王に攻撃を仕掛けるサンタの姿を一瞥した後、私は右腕に視線を向ける。

 私の右腕に刻まれていた火傷跡は、身体から出る煙と一緒に消え始めていた。

 左目に触れる。

 左目に刻まれた一文字の古傷も、煙と一緒に消えようとしていた。


『その青い液体は、劣化エリクサーみてぇなもんでな。これを使えば、嬢ちゃんの古傷は跡形もなく消えちまう』


 どうやら本当に古傷が跡形もなく消えているらしい。

 どういう理屈で古傷が治っているのか、何で身体が縮んでいるのか分からない。

 が、この変化は好都合だ。

 身体の変化が大きければ、魔王の注意を惹きつける事ができるかもしれない。

 魔王が私の変化について考えてくれれば、ほんの一瞬だけ隙が生じるかもしれない。

 ゆっくり魔王の方に視線を向ける。

 魔王はサンタと鍔迫り合いしていた。

 サンタの瞳に視線を送る。

 身体から煙を放つ私の姿と魔王の姿が、サンタの瞳に映し出されていた。

 

(まだ足りない……この程度じゃ、魔王は驚いていない……!)


 魔王の視線が私の身体に纏わりつく。

 今、魔王は目の前にいる脅威(サンタ)よりも、私の方に注意を傾けている。 

 私に意識を傾けている所為で、魔王の動きが少しだけ鈍くなっている。


(ほんの一瞬、時間を稼ぐ事ができたら、あとはサンタが何とかしてくれる)


 何故か知らないけれど、魔王は私を救おうとしている。

 私を救う事で何かを成し遂げようとしている。

 

(多分だけど、魔王が救おうとしている私は、『聖女としての私』だ)


 もし。

 もしも私が聖女の皮を脱ぎ捨てる事ができたら。

 魔王が救おうとしている私じゃなくなったら。

 魔王は目的を見失ってしまう。

 目的を見失った所為で、ほんの一瞬だけ、ショックを受けてしまうかもしれない。

  

(私が……聖女としての私が、絶対にやらない事をやれば、魔王の視線を惹きつける事ができるかもしれない)


 もしかしたら、ショックを受けないかもしれない。

 魔王の本当の目的は、私を救う事じゃないかもしれない。

 でも、試さずにはいられない。

 ここで私が何もしなければ、サンタは魔王に殺されてしまう。

 ここで何もしなければ、私はまた後悔してしまう。


(今の私じゃダメだ……今の私じゃできる事は何もない……だから、)


 だから、今までの私を、聖女としての私を、捨てる。

 聖女じゃない自分を、新しい自分を、獲得する。

 

(劣化エリクサーを飲むだけじゃ、まだ足りない。自分のために古傷を治した程度じゃ、足りない)


 もっと。

 もっと今の自分を壊さなきゃいけない。

 魔王の意識(しせん)を惹きつけるには、聖女としての私が『絶対に選ばない』選択肢を選ばなきゃいけない。


(考えろ……! 考えろ……!)


 考えろ。

 まだ何かある筈だ。

 考えろ。

 考えろ。

 考え──

 

『へえ。だったら、初恋もまだな感じか?』


 思い出す。

 サンタと交わした毒にも薬にもならない会話を。


『というか、今まで忙し過ぎて色恋にかまけている暇がなかった』


 思い出す。

 聖女時代、聖女見習い時代を。

 八歳の頃から目の前で困っている人達を助けなきゃいけない状況だった事を。

 そして、色恋している暇がなかった事を。


(ああ、そうか)


 ──掴んだ。

 この状況を打破するための鍵を。

 確実に結果を出すための方法を。


(──恋、すればいいんだ)


 一瞬、ほんの一瞬、私は思い出す。

 火傷の痕が残った私の右手を平然と握るサンタの姿を思い出す。

 

『安心しろ、嬢ちゃん。俺が守ってやるから』


 私の右手を引っ張るサンタの姿を思い出す。


『嬢ちゃん』


 朝日で焼け焦げた空を仰ぎながら、左手を差し出すサンタの姿を思い出す。


『好きに使っていいぞ』


 火傷の跡が色濃く残った私の右手を握り締めるサンタの姿を思い出す。

 私の手を握るサンタの姿を思い出した途端、心臓が高鳴る。

 またサンタの手を握りたいと思ってしまう。


(ああ、そうか)


 頬の筋肉が緩む。

 私の掌が熱を求める。

 私の身体に纏わりついていた『聖女としての自分』が剥がれ落ち、私の身体から甘ったるい匂いが放たれる。


(私、こんな匂いしていたんだ)


 自分の『匂い』を把握する。

 その瞬間、私は傷一つない右腕を伸ばすと、魔王に自分の匂いを嗅がせた。




◇side:魔王


「魔王、考え事をしている暇はねぇぜ」

 

 右腕に纏った藍色の炎を剣の形に作り替える。

 右腕に纏わりついた藍炎の剣で受け止める。

 サンタが振るう白銀の剣を、直撃寸前の所で受け止める。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、サンタの瞳を見てしまった。

 サンタの瞳に聖女の姿が映し出される。

 変わり果てた聖女エレナの姿が、サンタの瞳に映し出される。

 変わり果てた聖女エレナの姿が、オレの視線を引き寄せる。

 変わり果てた聖女エレナの姿を見た途端、頭の中が『ほんの一瞬だけ』真っ白になった。


(なんだ、……あの、顔)


 傷一つない右腕を伸ばす聖女エレナの姿を目視する。

 聖女は蕩けた目で『オレ』を見つめていた。

 顔の筋肉を緩める聖女を見て、少しだけ頬を赤く染める聖女を見て、幼くなった唇を微かに揺らす聖女を見て、誰かの温もりを求めるかのように身体を少しばかりくねらせる聖女(かのじょ)を見て、反射的に呼吸を止めてしまう。

 美しい。

 という感想を抱くよりも先に、身体が先に熱を帯び始めていた。


(一体、聖女の身に何が起きて……!?)


 身体の正面をサンタの方に向けたまま、視線だけを聖女の方に向ける。

 ゆっくり息を荒上げる聖女エレナを見て、オレの鼻息が少しだけ荒くなってしまう。

 疲れていないにも関わらず、消耗しているにも関わらず、呼吸が乱れてしまう。

 身体全体が熱を帯び、心臓が歪に動き始める。

 蕩けた目でオレを見つめる聖女エレナの姿が、脳味噌を掻き乱す。

 聖女エレナの視線が、唇が、所作(どうさ)が、オレを惑わす。

 

「上出来だ、嬢ちゃん」


 サンタの声が、オレを現実に引き戻す。

 気がつくと、オレの左胸に氷柱が突き刺さっていた。


「いつ、のま……に?」


 ほんの一瞬、攻撃を躊躇っただけ。

 ほんの一瞬、瞳を見てしまっただけ。

 ほんの一瞬、頭の中を真っ白にしただけ。

 ほんの一瞬、視線を奪われただけ。

 たったそれだけで、オレの心臓は貫かれてしまった。

 

(いつオレに氷柱を突き刺した……!? ほんの一瞬、視線を逸らしたとはいえ、オレはサンタを警戒し続けていた。敵の挙動を見逃す程、オレは油断していなかった筈……!)


 サンタが繰り出した氷柱が、オレの心臓(かく)を射抜く。

 胸に深々と突き刺さった氷柱の所為で、いつ死んでもおかしくない状態に陥ってしまう。


「──っ!」


 オレを確実に殺すつもりなんだろう。

 勝利宣言を口にする事も、攻撃の挙動を見せる事なく、サンタは魔力で精製した氷柱をオレの顔面目掛けて飛ばし始める。

 オレは残った力を振り絞ると、飛んできた氷柱を藍色の炎で弾き飛ばした。


「なる、ほど……ノーモーションで繰り出す攻撃を、持っていたのか」


 左胸に突き刺さった氷柱を引き抜けながら、オレは浅い呼吸を繰り返す。

 サンタはオレの声に耳を貸す事なく、何処からともなく神造兵器(ハンドベル)を取り出すと、必殺の一撃を繰り出す準備を始めた。


(油断、していなかったが、……まだオレはサンタの事をみくびっていたみたい、だ……)


「──奇跡謳いし(カンパーナ)聖夜の恩寵(・キャロル)っ!」


 確実にオレを仕留めるため、最大火力をぶっ放そうとするサンタ。

 オレはハンドベルを振るうサンタを視認すると、確実に生き残るため、『絶対に使いたくなかった奥の手』を繰り出した。

 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は11月11日(土)12時頃に予定しております。

 ちょっとリアルが忙しくなったので、告知通り更新できないかもしれませんが、次の更新はちゃんと告知通り更新できるよう頑張ります。

 あと、次回更新予定のお話で4章終わらせる予定です。

 来週からは5章(=最終章前編)始められるよう、できる限り頑張りますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。

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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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