対話と『自分のため』と取引
◇
一瞬の出来事だった。
今の今まで黙っていた元騎士が暴れ始める。
元騎士は無造作に床を蹴り上げると、腕力だけで高等騎士数名を戦闘不能状態に追いやった。
「嬢ちゃん、覚悟を決めろ。──今の俺達じゃ、誰も救えない」
第二王子の短い悲鳴が、騎士団長の驚きの声が、第三王子の冷めた視線が、サンタの溜息が、かつて王間だった空間を満たし始める。
止める暇なんてなかった。
いや、止める余地なんてなかった。
第二王子は私の話を聞こうとしなかった。
元騎士もそうだ。
2人とも私の話を聞いてくれなかった。
「ぐるるる……!」
黒く澱んでいる元騎士の瞳が第二王子の方に向けられる。
第二王子を殺すつもりだ。
そう判断した私は縋るような思いでサンタの方に視線を送る。
サンタは溜息を吐き出すと、首を横に振りながら、こう言った。
「あいつらは対話する事を放棄している。言葉は通じているが、会話が成り立っていねぇ。獣そのものだ。対話できない以上、力尽くでしかアイツらを止められない」
「………」
「仮に力尽くで止めたとしても、第二王子もデッカいワンちゃんも変わらない。あいつらは他責の化物だ。この状況になったのは自分の所為じゃない。あいつが悪い。自分にこんな事をさせる誰かが悪いと思っている。自分が悪いと思っていないから、自分の言動を省みようとしない」
サンタは悲しそうな横顔を見せながら、高等騎士を襲い続ける元騎士を見つめ続ける。
「あいつらが自省しない限り、あいつらは際限なく過ちを繰り返し続ける。命と向き合うなんて事は絶対にやらない。自分の犯した罪を、他の人に擦りつけ続ける」
「……サンタ」
「それでも嬢ちゃんはアイツらを救いたいと思うのか? 嬢ちゃんの話を聞こうとしなかった、あいつらを」
そう言って、サンタは私の眼を見る。
私は彼の質問に答える事ができなかった。
口を閉じている暇なんてないのに、口を閉じてしまう。
自分の気持ちを言語化する事ができなかった。
一体、私はどうしたらいいのだろう。
私は何を考えているのだろう。
頭の中がごちゃごちゃになる。
聖女としてやらなければいけない事は分かる。
けど、聖女としてやらなければならない事は、今の私の本心とかけ離れているような気がした。
「──嬢ちゃんは、一体誰を助けようとしているんだ?」
サンタが私に問いかける。
以前、サンタが口にした疑問。
あの時、答えられなかった問いが再度私の身に降り注ぐ。
一体、私は誰を救いたいと思っているんだろう。
今の私は聖女じゃないのに、誰を救おうとしているんだろう。
考える暇なんてないのに考えてしまう。
やらなければいけない事は決まっているのに、立ち止まってしまう。
一体、私は何をしているんだろう。
私は何がしたいんだろう。
何でサンタは第二王子や元騎士よりも私を優先しているんだろう。
分からない。
分からない事だらけだ。
「……サンタ」
考えようとする。
が、それよりも先に私の口から言葉が漏れ出てしまった。
「……私を、助けて」
私にとって予想外の一言が私の口から飛び出す。
「此処で彼らを見殺しにしたら、後悔、してしまう……助けられなかった自分に嫌悪してしまう。嫌な思いをしてしまう。私は、嫌な思いを、したくない。私は、……私を、助けたい」
支離滅裂な答え。
私自身でも理解できていない言葉が口から漏れ出る。
論理的じゃない、感情任せで自分勝手な言葉。
サンタの質問に答えているようで答えられていない。
『で、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?』
思い出す。
サンタと初めて会った時の出来事を。
時計塔の最上階でサンタと話した内容を。
『……それは誰のためなんだ?』
あの時のサンタの言葉を思い出す。
彼は尋ねた。
何故困っている人を助けようとしているのか、と。
あの時、私は『自分のために人助けを行う』と言った。
『困っている人、今苦しんでいる人を全て助けたい』と言った。
『沢山の人を助けたいから、力を貸して欲しい』とサンタに言った。
「……我儘言っている事は、分かってる。でも、私の力じゃどうしようもないから……この状況をどうしたらいいか分からないから……私を、助けて、欲しい」
あの時と同じ答えが、私の口から飛び出る。
その瞬間、私は理解した。
自分が『聖女としての自分』に固執していた事を。
聖女を辞めたにも関わらず、私は聖女であり続けようとしていた。
その事実を自覚してしまう。
その事実を自覚した途端、私は自分の気持ちを知ってしまった。
「そういう取引だっただろ?」
そう言って、サンタは私を助けるため、元騎士と第二王子を止めようとする。
その後ろ姿を見た途端、胸の内から衝動が生じた。
「……いや、違う」
前に進もうとするサンタの袖を掴む。
サンタの視線が再び私の方に向けられる。
私はサンタから目を逸らすように俯くと、衝動に突き動かされるがまま、思った事をそのまま口にし始めた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
想定以上に文字数が多くなってしまったので、次の更新は本日22時頃に予定しております。




