この行き場のない怒りに終焉を(3)
──話は数十分前まで遡る。
◆
「嬢ちゃん、本当にここにいるのか?」
「うん、この奥に第二王子達がいる」
古びた遺跡の中を歩きながら、私の前を歩くサンタの疑問に答える。
初代国王が建国以前に使っていた王城は、今にも朽ち果てそうなくらい自然と同化していた。
崩れた石造の家屋も殆ど蔦や木に覆われているし、銅像があったであろう場所には土台しか残っていない。
かつて城として使われていた建物もボロボロだ。
殆ど原型が残っていない。
「にしても、二番目の兄さんがこんな所にいるとは……かなり追い詰められているみたいですね」
私の斜め前を歩く第三王子が言葉を発する。
彼の吐き出した言葉からは何の匂いもしなかった。
視線を横に向ける。
私の隣。
重い足取りで歩くデッカいワンちゃん──元騎士が目に入る。
何か考え事をしているのだろうか。
幾ら話しかけても、元騎士は私の声に応えなかった。
「あ、あの、」
再び声を掛ける。
案の定、私の言葉は無視されてしまった。
一体、何を考えているのだろう。
そんな事を考えながら、私はサンタ達と共に遺跡の奥に向かう。
歩いて、歩いて、歩き続けて。
私達は遺跡の奥の奥にある部屋に辿り着く。
遺跡の奥の奥には、第二王子と騎士団長、そして、高等騎士──騎士団の中で優秀と認められた騎士の総称──が居座っていた。
「よお、聖女。久しぶり」
部屋の奥の奥にある上座。
石でできた玉座に鎮座している第二王子が私に声を掛ける。
その後、第三王子とサンタ、そして、私達の背後にいる元騎士を一瞥すると、嫌そうな顔をしながら、こう言った。
「第三王子と行動しているのは、何となく分かるんだけど、そっちの男と背後の化け物はなに? 何で俺の前にそいつら連れてきてんの?」
「第二王子、話せば長くなるのですが……」
「長くなるんだったらいいよ。興味ないし。それよりも、俺の騎士を襲っている化け物がいるみたいなんだよね。そいつ、やっつけてくんない? これ以上、手駒がいなくなると困るんだよね」
第二王子は古びた玉座に座ったまま、骨付き肉に齧り付く。
あの骨付き肉は一体何処から採ってきたのだろうか。
第二王子はそこそこいいものを食べていた。
「あの、第二王子。この遺跡にいるのは、ここにいる人達で全員ですか?」
「ん、そうだけど」
以前よりも痩せてしまった騎士団長と高等騎士を見比べながら、第一王子が保護した人達を思い出しながら、第二王子に質問を呈する。
第一王子のように民間人を保護していないのか、彼は『なに当たり前の事を聞いてんだ』みたいな表情を浮かべながら、私の疑問に答えた。
「……民を、保護したりとかしていないんですか」
「する訳ないじゃん。今、俺は第一王子殺す事で手一杯なの。あ、聖女、第一王子何処にいるのか知らね? 第一王子殺さないといけねぇの」
ヘラヘラ笑いながら、第二王子は私の疑問に答えた後、聞いていない事を口にする。
第一王子や目の前にいる騎士団長と違い、第二王子の容姿は以前よりも少しだけ『ふくよか』になっていた。
多分、食うものに困っていないんだろう。
顎の下に少しだけ贅肉がついた第二王子を見つめながら、私は目を細める。
「国王がさ、第一王子殺すまで神殿に戻るなみてぇな事を言ってんの。だから、こんな所で生活しなきゃいけねぇ事になっちまった。あ、聖女、俺の代わりに第一王子殺してくんね? お前、聖女なんだろ? だったら、王族の言う事聞いてくれるよな?」
「……あの、第二王子」
「ああ、あと、外にいる気持ち悪い化け物達を処分しておいてくれよ。ほら、肌が緑色の化物。なんか知らないけど、あの緑色の化物、王族貴族を殺そうとしていてさ。本当、困っているんだよね」
私の話を聞く事なく、第二王子は一方的に自分の話をし続ける。
会話が成り立っていないと判断したのだろう。
今の今まで黙っていた第三王子が口を挟む。
「あの、第二王子、ミス・エレナの話を聞いてやってくださ……」
「うるさい」
何処からともなく現れた剣が衝撃波を放つ。
あの剣が神造兵器──魔王の身体の一部──である事を理解した途端、第三王子の背中が遺跡の床に激突してしまった。
「病持ち(けっかんひん)が俺に話しかけてんじゃねぇよ。俺は次期国王なんだぞ? なに対等な面して話しかけてんだよ」
咳き込む第三王子。
玉座に座ったまま、私達を見下ろす第二王子。
そして、第二王子の横暴を咎めようとしない騎士達。
以前、目の前の光景と似たようなものを見たような気がする。
だが、私の悪癖──『嫌な事をすぐ忘れる』──が発動したのか、それとも何者かに記憶を弄られたのか、具体的に思い出す事ができなかった。
「……第二王子、貴方は一体何を、」
「そういやさ、聖女はどうやって此処に辿り着いたの?」
第三王子を傷つけた第二王子を問い詰めようとする。
が、私の話を聞くつもりがないのか、第二王子は自分がしたい話をし始めた。
「そこにいる第三王子が守ってくれたのか? それとも、お前らの背後にいるでかい犬が守ってくれたのか?」
「……次期国王陛下。その、……」
「黙ってろ、俺は聖女と話してんだ」
そう言って、第二王子は口を挟もうとした騎士団長に不可視の攻撃を仕掛ける。
騎士団長は腹部に重い攻撃を喰らうと、床に膝を着き、苦悶に満ちた声を発し始めた。
……目の前にいる第二王子に不快感を抱いてしまう。
サンタも私と同じ気持ちになっているのだろう。
何も言葉を発していないが、嫌そうな顔をしていた。
「いえ、私を守ってくれたのは、隣にいるサン……いや、彼でして」
「あー、そうなの。じゃあ、その犬は処分していいんだ」
第二王子の言っている言葉の意味が理解できなくて、つい言葉を詰まらせる。
第二王子は戸惑う私に構う事なく、デッカいワンちゃんと化した元騎士を指差すと、こんな事を言い出したら。
「んじゃあ、死刑」
元騎士の身体から嫌な匂いが放たれる。
その匂いを感じ取った途端、私の背筋に冷たいものが流れた。
反射的に振り返ろうとする。
が、私の行動よりも先に第二王子が失言する方が早かった。
「見た目がキモい。騎士団長、さっさとあの犬みたいなヤツを殺して」
その言葉を聞いた瞬間、私は理解する。
サンタが即座に理解した事実を、ようやく理解する。
──もう、何もかも手遅れである事を。
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次の更新は10月20日(金)20時頃に予定しております。




