索敵と袋と心器の中
4章
◇
「で、サンタ。これからどうするの?」
凸凹した獣道を歩きながら、先頭を歩くサンタに疑問を投げかける。
隣を歩く第三王子は私達を取り囲む周囲の木々を見渡しながら、腰に着けた剣をいつでも取り出せるよう身構えながら、黙々と歩き続けていた。
「とりあえず、今の虐者の居場所と第二王子がこの近くにいるかどうか確かめる」
「どうやって?」
「索敵は俺よりも嬢ちゃんの方が得意だろ」
サンタに指摘されて、ようやく思い出す。
ああ、そういや、私、五感を研ぎ澄ませれば、匂いを嗅げるんだった。
「おい、なに『忘れてた!』みてぇな顔してんだ。自分の長所忘れてんじゃねぇよ」
足を止めたサンタは振り返ると、呆れたように溜息を吐きながら、私の顔を見つめる。
いや、使えるようになったの最近だから、度々使えるの忘れてしまうんですよ、はい。
「この近くに虐者や第二王子がいるんだったら、あいつらの匂いを嗅ぎ取れる筈だ。頼むぜ、嬢ちゃん。これは嬢ちゃんじゃねぇと、やれねぇ事だ」
サンタに頼られたという事実を知覚した途端、心の中で拳を握り締める。
いつも足しか引っ張っていない私がサンタの役に立てる。
その事実が堪らなく嬉しかった。
「……し、仕方ないなぁ。今回だけだからね」
何が今回だけなのだろうか。
心の中で自分自身にツッコミを入れながら、強化魔術で五感を強化し、周囲の匂いを嗅ぎ取り始める。
様々な匂いが私の中に入り込んだ途端、私は違和感を抱いた。
(ん……? 第三王子の匂いがしない……?)
不思議に思った私は第三王子の方を見る。
私の視線に気づくや否や、第三王子は笑みを浮かべた。
「ミス・エレナ、僕の臭いを嗅ぎ取れないのは当然の事です。今、僕は僕自身の魔法の力で臭いを消していますから」
「ど、どうして臭いを……?」
「魔王が現れて以降、オーガや民衆に襲われる事が多々ありまして。ほら、オーガ達は鼻が良いでしょう? 臭いを放っていたら、どれだけ息を潜めても彼等に見つかってしまう。だから、彼等に襲われないよう、魔法の力で臭いを消しているんです」
「は、……はあ、そういう事でしたか」
補足説明を付け加えながら、第三王子は苦笑を浮かべる。
第三王子の話を聞いた途端、サンタの身体の匂いが少し乱れた。
(幾ら感覚を研ぎ澄ませても、第三王子の身体から匂いはしない……なるほど、こんな場合もあるのか)
ダメで元々精神で感覚を研ぎ澄ませる。
幾ら頑張っても、第三王子が何を考えているのか、何を思っているのか、理解する事はできなかった。
第三王子の匂いを嗅ぐ事を諦め、虐者と魔王、そして、第二王子の匂いを探り始める。
「東の方から薄ら虐者の匂いがする……木の折れている匂いもするから、破壊しながら移動しているんだと思う。第二王子と魔王の匂いも東……具体的な場所は何処か分からないけど、ここから歩いて三時間の所にいると思う」
「方角を特定できている時点で上出来だ。ありがと、嬢ちゃん」
そう言って、サンタは何処からともなく取り出したクッキーを放り投げる。
私がクッキーを受け取った事を目視すると、サンタは何処からともなく大きな布袋を取り出した。
「んじゃ、二人とも、この袋の中に入ってくれ」
「「ごめん、今なんて言った?/すみません、今なんて言いました?」」
「この中に入ってくれって言ったんだよ」
私と第三王子は布服を人差し指で指差した後、自分自身を指差す。
サンタは首を縦に振ると、無言で布袋に入るよう促した。
「……すみません、ミスター・サンタクロース。なんで袋の中に入らなきゃいけないんですか?」
「お前らを抱えて移動するためだよ。両腕で抱えて移動するよりも、お前らを袋に入れた方が効率的だろうが」
「サンタ、私達の事を荷物か何かと勘違いしてない?」
「安心しろ。ちゃんと嬢ちゃんも第三王子も人間扱いしている」
「人間扱いしていたら、袋の中に入れようという発想は出てこないと思うんですが」
「というか、サンタ、魔王と虐者から逃げる時、瞬間移動みたいな事してたじゃん。あの時みたいに私達を瞬間移動させてよ」
「無理だ。条件をクリアしてねぇから、やりたくてもできねぇ。迅速かつお前らを運ぶには、この方法しかねぇんだ。分かったら、とっとと中に入れ」
「「運ぶなら、もっと丁寧なやり方でお願いします」」
「ったく、我儘……あ、いえ、ごめんなさい。冗談だから、そんな目で見ないで」
私と第三王子に睨まれるサンタ。
彼が謝罪の言葉を口にした所で閑話休題。
他の方法で私達を迅速かつ丁寧に運べないか議論する。
「まあ、ティアナに制限かけられていなかったら、迅速かつ丁寧に運ぶ方法あったんだけどな」
「え、どんな方法なの?」
「使い魔召喚して、ソリを引かせる」
「へえ、ミスター・サンタクロースは使い魔を保有しているのですね」
「ねえねえ、サンタ。どんな使い魔を行使しているの?」
「いや、使い魔の話題掘り下げている場合じゃねぇだろ。さっさと移動しなきゃ大変な事になるんだぞ」
そう言って、サンタは呆れたように溜息を吐き出そうとする。
その瞬間、私達は唐突に何の前触れもなく、森ではない場所に瞬間移動してしまった。
「……っ!?」
即座に周囲を見渡す。
見覚えのある時計塔。
見覚えのある城。
見覚えのある民家に見覚えのある表通り。
記憶にあるものと目の前の光景が一致する。
間違いない。
ここは王都だ。
それも現在の王都ではない。
魔王に破壊される前の王都だ。
「ちっ……! 引き摺り込まれた……!」
第三王子が疑問の言葉を発するよりも先に、私が匂いを探ろうとするよりも先に、真実に辿り着いたサンタが冷や汗を流し始める。
「ここは虐者の心器の中だっ! 敵が有利に闘える領域って言っても過言じゃねぇ! 気を引き締めろっ! この状況は今までの中で一番ヤバ……」
裏通りから聞こえてくる足音。
鎧を着ているのか、金属の擦れ合う音が無人の王都を微かに木霊する。
振り返ると同時に、裏通りから出てきた騎士数人と目が合った。
「あの鎧、鎧に描かれた紋章……間違いありません。アレは第二王子の護衛の人達です」
「じゃあ、第二王子もここにいるってこ……」
「──っ!」
サンタが投げたハンドベルが私の疑問を遮る。
彼が放り投げたハンドベルは音速の速さで飛んできた藍色の炎を打ち砕くと、彼の手元に舞い戻った。
「──前門の魔王、後門の虐者か」
藍色の炎が何処から飛んできたのか把握しようと試みる。
その瞬間、裏通りから出てきた騎士達の匂いが消えた。
「グオオオオオオオ!!!」
音もなく現れた鎧を纏ったデカいワンコ──虐者が雄叫びを上げる。
ヤツが持っている杖みたいな形をした剣は真っ赤に染まっており、足下には原型を失った肉塊と鎧だった破片が転がっていた。
「……嬢ちゃん、第三王子。あんましピンと来てねぇと思うが、……」
肉塊と化した騎士達を踏み潰しながら、遠方から飛んでくる藍炎の矢を弾きながら、サンタは緊張感を表情に滲ませる。
「──絶体絶命の状況だ……! 一瞬でも気を抜いたら死ぬと思え……!」
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次の更新は9月13日(水)20時頃に予定しております。




