洞窟と初代聖女と本質
◇
第一王子達が潜伏している洞窟の中に入りながら、私・サンタ・第三王子は侍女レベッカの話に耳を傾ける。
彼女曰く、第一王子は国王と決別後、王都に残っていた民を連れ、各地を転々としていたらしい。
そして、第一王子中心に集団生活を営んでいたが、王国側の妨害や流行病の所為で、沢山の人が亡くなったんだとか。
「ふーん、なるほど。つまり、魔王が現れた後、お前と第一王子がここにいる奴等を守ってたのか」
洞窟の中は蟻の巣みたいになっていた。
道は複雑に入り組んでおり、分岐が多い。
レベッカの先導がなければ、迷子になるのは間違いないだろう。
「にしても、よく此処を見つけられたな。初代聖女が此処の場所を文献にでも残しておいたのか?」
「い、いえ。たまたま此処を見つけたっす」
私の前を歩く第一王子を抱えたサンタの後ろ姿を見ながら、右人差し指で右頬を掻く。
レベッカと楽しそうに話すサンタの姿は、
「封印が施されてただろ? あれ、どうやって解いたんだ?」
「あー、封印は第一王子が三日三晩かけて解いたっす」
「げ、マジかよ。アレを三日三晩で解くとは、かなりやるじゃねぇか。
レベッカと話すサンタを見ながら、私は首を傾げる。
深く考える事なく、思った事をそのまま口にした。
「ねえ、サンタ。何で封印の存在を知っているの?」
「………」
「もしかして、洞窟に一度来た事ある?」
足を止めるサンタに情けをかける事なく、疑問を繰り出す。
サンタはこほんと咳払いすると、何処からともなく取り出したクッキーを私の口の中に押しつけた。
……どうやら隠したい事があるらしい。
私は噛み砕いたクッキーを飲み込むと、眉間に皺を寄せながら、新たな疑問を繰り出した。
「何で初代聖女の文献ってワードがサラッと出てきたの? 何で初代聖女しか知らない可能性が高い情報がサンタの口から飛び出たの? もしかして、サンタ、初代聖女の知り合い?」
「いやいや、聖女さん。初代聖女って大昔の人っすよ。そんな人と彼が知り合いな訳ないじゃないっすか。ねえ、サンタさん」
「…………嬢ちゃん、飴いるか?」
「なにマジっぽい雰囲気出しているんすか」
「ねえ、初代聖女とどういう関係だったの? そういや昔ワンナイトラブがどうのこうの言ってたよね? もしかして、ワンナイトした相手って……」
「バッカ。アイツとワンナイトラブする訳ねぇだろ。あの時のエミリーはまだ十二さ……」
「エミリーって初代聖女の名前だよね? 何で初代聖女の名前を知っているの?」
「…………嬢ちゃん、マシュマロっていうお菓子の存在知ってる?」
「初代聖女とどういう関係だったの?」
「……………ま、まあ、嬢ちゃんが一人前になったら教えてやるよ」
「あ! 誤魔化した!!」
怒声を上げる私の口にサンタは甘い香りを放つ白い塊を押しつける。
『また子ども扱いしやがって』みたいな事を思っていると、レベッカと第三王子と目が合った。
彼等の瞳に子どもっぽく頬を膨らませる私の姿が映し出される。
……年相応の行動ができていない自分の姿を見て、つい頬を真っ赤に染めてしまった。
ああ、サンタの所為で長年保っていた私の威厳がどんどん擦り減っていく。
◇
「で、第三王子と再会して、今に至ると」
洞窟最深部から徒歩数分離れた所にある洞穴。
会議室と呼ばれる高さはあっても奥行きはそこそこしかない小さな穴の中。
第一王子の治療をやりながら、私は第一王子の侍女であるレベッカにサンタと出会った後の事を説明する。
レベッカは複雑そうな表情を浮かべつつ、私と眠っている第一王子を交互に見続けていた。
「これで治療はお終いです。数日寝ていれば、傷は治るでしょう」
「エレナさん、バカ王子を救ってくれて、本当にありがとうございます」
そう言って、レベッカは地面に額を擦り付けるような勢いで深々と頭を下げる。
それを見た途端、私の胸はチクリと痛んだ。
ポケットに入っている青い液体──劣化エリクサーの存在を思い出しながら、私は伝えなきゃいけない事実を彼女に伝える。
「……ただ傷は治っても、火傷の痕は残り続けると思います」
「あー、いいですよ。傷が残ろうが残らまいが、バカ王子はバカ王子なんで。多分、バカ王子本人も火傷の痕が残っても、大して気にしないと思いますよ。気にした所で、命が救える訳じゃないですし」
「それはどうでしょうか」
会議室と呼ばれる洞穴の中に青年の声が響き渡る。
振り返ると、洞穴の中に入ってくる第三王子の姿が目に入った。
「王族も貴族も見栄えを気にする生き物。性能や見た目を重視する価値観を色濃く受け継いできた第一王子が、火傷の痕を気にしないとは思いません」
「バカ王子も変わったって事ですよ、腹黒王子」
「人はそう簡単に変わりませんよ、ミス・レベッカ。三つ子の魂百までという言葉を知りませんか?」
「責任ってのは人を変えますよ、腹黒王子」
ムッとした表情で第三王子を睨みつけるレベッカ。
第三王子は呆れたように溜息を吐き出すと、第一王子の肩を持つレベッカを睨みつけた。
「『洞窟にいる人達を守り続けているから、第一王子は変わった』と言いたいのですか」
「そんな事言ってないですよ。『魔王が現れた後のバカ王子の事を何一つ知らない癖に、知ったような顔するな』って言いたいだけっす」
「知っていますよ、第一王子の本質は。たとえこの数年間、第一王子と顔を合わせなくても、彼の本質は変わらない。ここにいる人達を守る選択を選んだのも、恐らくミス・エレナのためでしょう」
「………」
さっきまで強気だったレベッカが口を閉じてしまった。
それを好機だと判断したのか、第三王子は畳み掛けるように言葉を連ねる。
「第一王子は、自分の利にならない事を絶対にやらない。きっと聖女エレナに言い渡した婚約破棄を破棄したかったから、ここにいる人達を守り続けたのでしょう。封印の所為で身動きできない聖女の代わりに人を守っていたら、ミス・エレナに見直して貰えるかもしれない。それがここにいる人達を守った理由なのでは?」
「……理由はどうであれ、バカ王子は結果を出しています。民を見捨てた王族貴族と同じにするなっす」
「国王達がどういう意図で王都から離れたのか知りません。ですが、僕が王都から離れたのは聖女エレナの封印を解く方法を探すためです。封印の解き方を見つける事ができたら、魔王の封印を更に強固なものにできるかもしれない。たとえ王都に残って民を救ったとしても、魔王の封印が解かれたら、再び大多数の犠牲が出てしまう。だから、僕は封印の仕組みを解明する事を優先したんです」
「で、封印の仕組みを解明する事ができましたか?」
「………いえ、できませんでした」
「なら、バカ王子以下ですね。理由はどうであれ、バカ王子は少なからず命を救った。どんなに高尚な理由で王都から離れようが、結果出さないとただの戯言っす」
「論点が変わっていますよ。第一王子が火傷の痕を気にするかどうか。それが論点だった筈です」
「んな小っちゃい事、今のバカ王子が気にする訳ないっすよ」
「人の本質は死ぬまで変わりません」
「本質とか何とか言って、誤魔化さないでください」
「ですが、……」
「はい、そこまで」
徐々にヒートアップしていく二人に静止を求める。
私が割り込むと思っていなかったのか、二人とも意外そうな表情を浮かべていた。
「……ミス・エレナ、貴女は第一王子の肩を持つつもりなのですか?」
「別に肩を持つつもりはありませんよ。ただ頭ごなしに今の今の第一王子を否定したくないだけ。本質は変わらないという言葉で、成長したかもしれない第一王子を一蹴するのは良くない事かと。肯定するにしても否定するにしても、先ず今の第一王子を知るべきだと思います」
第三王子の方を見る。
彼は唇を尖らせたまま、私の方に視線を向けていた。
今の第三王子の顔は怒られた時のヴァシリオスみたいな表情をしていた。
「……その通りですね。失礼、ミス・エレナ。ついカッとなって、偏見と先入観をぶち撒けてしまいました」
「おーい、謝る相手違うっすよー。お前が謝るのはエレナさんじゃなくて、私とバカ王子だからなー」
「………」
再び気まずい空気が洞穴の中を支配し始める。
第一王子は睨み合う彼等に気をかける事なく、安らかな寝息を立て続けた。
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次の更新は8月30日(水)20時頃に予定しております。




