逃亡と騎士と撤退
◇side:魔王
藍炎の獅子が花園を駆け抜ける。
舞い散る花弁を火の粉で焼きながら、藍炎の獅子はオレに攻撃しやがった侍女レベッカ目掛けて、牙を見せつけた。
「──っ!」
頭を下げていた第一王子が立ち上がると同時に、侍女に放った藍炎の獅子の軌道を変える。
情け容赦なく、オレはレベッカの下に向かい始める第一王子に藍炎の獅子をぶつけた。
藍色の火柱が眼前に現れると同時に、第一王子の野太い悲鳴が響き渡る。
その隙にオレは落ちていた神造兵器──オレの右腕で作られたもの─一年を回収した。
(よし、これさえ取り返せば、サンタの野郎にも勝てるようになる……!)
第一王子が死んだかどうか確かめる余裕はない。
今のオレは弱体化している上、サンタとの激戦の所為で満身創痍。
多分、第一王子に殺されるなんて事はねぇと思うが、絶対に殺されないという確証もねぇ。
(さっさと撤退した方が良さそうだな)
第一王子達に背を向け、全速力で逃げようとする。
回収した神造兵器を左手で握り締め、一歩踏み出したその時だった。
「あんびゃああああ!!」
空から降ってきた『鎧を着た何か』がオレに斬りかかったのは。
「なぁ……!?」
右腕に纏った藍炎の剣で迫り来る大剣を受け流す。
緑の肌。
尖った耳。
頭に生えた一本の角。
そして、背中に生えた翼。
間違いねえ、こいつ、ヴァシリオスとかいう聖女の知り合いと同類だ。
黒い龍──『必要悪』と契約を交わした元人間。
浮島にいる人間を効率良く殲滅するために生み出された必要悪直属の道具。
必要悪と契約を交わした有象無象のオーガ達よりも、強く特殊な異形。
先代聖女曰く、角や翼を生やしたオーガは『虐者』と呼ばれているんだとか。
(先代聖女の話がガチだったら、この虐者ってのは心器ってヤツを使える筈だ)
「びゃびゃびゃびゃっ!!」
鎧を纏った虐者の斬撃を受け流しながら、徐々に後退する。
街で出会った虐者──聖女の知り合い──と違い、理性を喪失しているのか、目の前にいる虐者は血走った目で奇声を放っていた。
(なるほど。必要悪から与えられた力に耐え切れず、狂ったって訳か。となると、心器とかいう神造兵器と似て非なる概念武装具を使う可能性は限りなく低……)
「心器ぁ!」
オレの予想は即座に裏切られた。
虐者の持っていた剣が膨大な魔力を放ちながら、光り輝く。
この展開をある程度予想していたオレは、戸惑いながらも、後方に跳ぼうとする。
が、背後から飛んできた氷の刃の存在に気づいた瞬間、オレの身体は無意識のうちに跳び上がってしまった。
「ちぃ……!」
生存本能に突き動かされるがまま、オレは身体を捻る。
その瞬間、雪の刃がオレの左肩を掠めた。
攻撃が飛んできた方向に視線だけを向ける。
聖女を左手で抱き抱えたまま、右手にハンドベルを握ったまま、宙で静止しているサンタの姿が目に入った。
(ミスった……! まさかアイツらがこの近くにいるとは……!)
ちょっと気をつけていれば、気づけていた筈だ。
サンタと聖女が近くにいた事くらい。
神造兵器の回収を優先し過ぎた所為で、警戒を怠っていたみてぇだ。
自分自身に毒吐く。
だが、自己嫌悪に陥る暇なんてなかった。
「▪️▪️▪️▪️っ!」
虐者が持っていた剣が杖のような形に変わる。
その瞬間、虐者が纏っていた鎧に赤い紋章のようなものが浮かび上がった。
花園に着地しながら、赤い紋章から光を放つ虐者を睨みつける。
心器とやらの効果なのか、虐者の身体は鎧と一体化すると共に少しずつ膨らみ始めた。
「お゛お゛お゛お゛!゛!゛」
奇声を上げる虐者を警戒しつつ、逃げ道を模索し始める。
だが、空から降り落ちた無数の氷柱がオレから逃げるという選択肢を根こそぎ奪い取った。
「──魔王、この場から逃げられると思うなよ」
雨のように降り注ぐ無数の氷柱を紙一重で避け続ける。
オレが避けている間に花園に降り立ったサンタは聖女を下ろすと、勢い良く地面を蹴り上げた。
軽く舌打ちしながら、サンタが振るうハンドベルを右腕に纏った藍炎で受け止める。
サンタの振るうハンドベルを受け止め切れず、ちょっとだけ後退してしまった。
「ちっ……!」
一瞬、ほんの一瞬だけ、この場を逃げ切る方法を考える。
一瞬、ほんの一瞬だけ、この場を逃げ切る方法を考えながら、サンタから距離を取ろうとする。
だが、その一瞬が致命的だった。
「おいおい、いいのか? 俺相手に接近戦やっちゃって」
煽るようなサンタの声を聞いた瞬間、『なぜサンタはオレに接近戦を挑んだ?』という問いかけが、後頭部を殴りつける。
その答えはすぐに出た。
「俺、お前が思っている以上に手癖悪いぞ」
そう言って、サンタはオレから奪った神造兵器を見せつける。
それを見た途端、ヤツが接近戦に持ち込んだ理由を悟った。
「テメェ、またオレのものを……!」
「隙を見せた方が悪い」
ヤツが奪ったオレの神造兵器を取り返そうとする。
一歩踏み出した途端、雪の刃がオレの首目掛けて飛んできた。
直撃寸前の所で雪の刃を避ける。
すると、氷柱がオレの胸に突き刺さった。
「今度は油断しねぇ。一瞬で終わらせる」
「ちょっ! サンタっ! 変な伏線作るの止めてっ! サンタが一瞬で終わらせるって言って、終わった事ないでしょ!?」
オレがちょっと目を離した隙に、第一王子の下に駆け寄った聖女が声を荒上げる。
オレの攻撃を喰らった第一王子を治療しているのだろう。
彼女は両掌から優しい光を発しながら、火傷を負った第一王子の身体に触れていた。
「あん? だったら、何て言えばいいんだよ」
「……なるべく早く終わらせられるよう努力します、とか?」
「んな事キメ顔で言ったら、カッコつくもんもカッコつかなくなるだろうが」
「無理にカッコつけなくていいから、なるべく早く終わらせてっ!」
「へいへい」
愉しそうに聖女と話し合うサンタを見て、殺意を抱く。
楽しそうに掛け合いをする彼らを見ているだけで吐き気を催した。
何かめちゃくちゃイライラする。
舌打ちしながら、胸に突き刺さった氷柱を引き抜く。
そして、両掌を前に突き出し、獅子を象った藍炎の塊を発射した。
「洒落臭えっ!」
オレが放った藍炎の獅子はサンタの蹴りによって砕かれてしまう。
それを目視した後、オレは予め用意していた策でサンタから神造兵器を奪い返そうと──
「く゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛」
「喧しいっ!」
杖と化した剣を振るおうとする虐者。
徐々に巨大化していく虐者を一瞥した後、サンタはオレの神造兵器を放り投げる。
投げられたオレの神造兵器は真っ直ぐ飛んでいくと、徐々に巨大化していく虐者に当た──らなかった。
パクッ。
「あああああ!! オレの腕がああああ!!」
虐者は肥大化した口を大きく開けると、オレの神造兵器を飲み込んでしまう。
オレの神造兵器を飲み込んだ途端、虐者の身体は尋常じゃない速度で膨れ上がった。
「く゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛」
虐者の背丈があっという間に五メートルを超えてしまう。
否、変化は背丈だけじゃない。
鎧が身体と一体化したかと思いきや、虐者の姿形が犬のような姿に変わり始める。
そして、身体と一体化した鎧は筋肉に変貌すると、頬を膨らませたリスみたいに膨張し始めた。
(オレの神造兵器を取り込んだ事で、更にパワーアップしてんのか……!?)
「ね、ねえ、……サンタ。なんかヤバい感じするんだけど。第一王子の神造兵器、……アレ、投げちゃって良かったものなの? というか、投げる必要あった?」
「………」
「ねえ、なんか言って。心配になるから」
第一王子の傷を治しながら、聖女はサンタをジト目で睨みつける。
サンタはというと、脂汗を垂らしながら、明後日の方を向いていた。
……あー、アレ、深く考える事なく、投げてら。
ノリとテンションでやらかしてら。
「ちょ……!? 大丈夫なんすか!? なんかもっと大きくなってんですけど!?」
第一王子の側にいる侍女の言葉を肯定するかのように、虐者の身体が更に大きくなる。
サンタは虐者とオレ、そして、傷ついた第一王子を癒す聖女を見た後、苦渋に満ちた表情を浮かべ、こう言った。
「よし! 撤退っ!」
「「やっぱ、大丈夫じゃなかった!」」
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次の更新は8月28日(月)20時頃に予定しております。




