封印と冗談と藍色の火柱
◇
第三王子は私とサンタに教えてくれた。
私と第三王子がお茶会をしたあの日、魔王の封印が解かれた事を。
封印から解かれた魔王は王都だけでなく、王都周辺の土地を破壊し尽くした事。
他の貴族と同じように、現聖女は聖女の証を置いて、王都から出て行ってしまった事。
逃げ出した現聖女の代わりに、前聖女である私が聖女としての責務を果たした事。
そして、──
「で、嬢ちゃんは自分諸共魔王を封印した……と」
「ええ、その通りです」
第三王子は言った。
二、三年間、私と魔王の身体は結晶の中に封じられていた事を。
一ヶ月前、何かしらの要因で結晶が壊れ、私と魔王の封印が解かれた事を。
「……魔法とミス・エレナが封印された後、僕は封印を解くための方法を見つけるため、浮島中を探索していました」
第三王子は語った。
二年間、結晶の中に封じられた私を助けるため、あちこち旅した事を。
その道中、第三王子の従者達はオーガ達に殺されてしまった事を。
「ミス・エレナと魔王の封印が解かれた事を知ったのは、約二週間前。王都周辺に住む僕に協力的なオーガ達から教えて貰いました」
「そして、嬢ちゃんの後を追いかけて今に至るって訳か」
「はい、ミスター・サンタクロース。この二週間、僕はミス・エレナと合流するため、全力を尽くしました」
第三王子ははなるべく私情を挟まないよう気をつけながら、言葉を紡いでいく。
嘘を言っているように見えなかった。
けど、彼の言っている事は現実味がなく、私は彼の言葉を心の底から信じる事ができなかった。
(……私が魔王を封印した? どうやって? 聖女の証が手元にあったとしても、私と魔王の実力差は覆らない筈だ。とてもじゃないけど、私の命賭けたくらいで覆る程、魔王は弱くない)
なんで魔王を封印できたのか真剣に考える。
そんな私を見かねたのか、サンタは溜息を吐き出すと、真剣な表情で冗談を口にした。
「なあ、第三王子。もしかしてお前、嬢ちゃんの事、ガチで好きなのか?」
「そこ! 茶化さない!」
「いや、茶化して……いててて」
サンタの頬を引っ張りながら、私は全身の毛を逆撫でる。
サンタの言葉をあまり気にしていないのか、第三王子は微笑を浮かべるだけで、何も言わなかった。
「すみません、第三王子。私の相棒が無礼な事をしでかして」
「別に気にしていませんよ。彼の言っている事は本当ですから」
「ひゅー! ひゅー!」
サンタを睨みつける。
私の顔を見た途端、サンタは驚いたような表情を浮かべた。
「わ、悪りぃ、嬢ちゃん。ちょっと調子に乗り過ぎた」
私が本気で怒っていると勘違いしたのだろうか。
サンタは深々と頭を下げると、謝罪の言葉を口にする。
「あ、…….いや、そんなガチで謝らなくても。そんな怒ってないから」
「いや、でも、嬢ちゃん、さっきの顔、ガチで怒った人のヤツだったぜ。なあ、第三王子」
「……ええ。個人的な理由で怒りを露にするミス・エレナは初めて見ました」
サンタと第三王子曰く、さっきの私は凄い顔をしていたらしい。
自分の額を左手でなぞる。
眉間に皺が寄っていた。
(え……? 私、怒って、た……? なんで? どうして?)
無意識の内に感情が変化した事に驚く。
「じゃあ、嬢ちゃん弄りは止めにして、別の話をするか。第三王子、好きな女の子のタイプは?」
「好きな女性のタイプですか……特に考えた事はありませんが、強いて言えば、ミス・エレナのような方ですね。彼女みたいに自分の身を削って人々に尽くす人を、僕は高く評価しています」
「ひゅー! ひゅー!」
「本当に反省している!?」
再びサンタを睨みつけた事で閑話休題。
話を本筋に戻そうとする。
「ところで、ミス・エレナ。貴女はミス・サンタクロースに好意を寄せているんですか?」
しかし、第三王子の悪ノリの所為で、本筋に戻る事ができなかった。
「……第三王子、無理にサンタのノリに合わせなくていいんですよ?」
「いえ、ミスター・サンタクロースのノリに合わせたのではありません。個人的に気になった事を尋ねているだけです」
朗らかな笑みを浮かべながら、第三王子は私に疑問をぶつける。
ふざけているように見えなかった。
「……まあ、好きか嫌いか聞かれたら好きな方ですが」
「では、ミスター・サンタクロースを異性として見ていないと?」
「おいおい、第三王子。何か勘違いしているようだが、俺と嬢ちゃんが一緒に行動してんのは、惚れた腫れたみてぇな理由じゃねぇ。ただ利害が一致しただけの関係だ。お前さんが考えているような仲じゃねぇ」
「ミスター・サンタクロース。今は貴方ではなく、ミス・エレナに尋ねているのです」
「余裕のねぇ男は嫌われるぞ」
「大丈夫です。ミス・エレナはこの程度で嫌う程、器の小さい人間ではありません」
サンタと第三王子との間に冷たい空気が割り込む。
一触即発という言葉が相応しい空気感だった。
……もしかして、この二人、相性悪いのだろうか?
「あ、あの、二人共。ちょっと落ち着い……」
対立する二人の間に割り込もうとした途端、火の弾ける音と野太い悲鳴が私達の脳を揺るがした。
「……っ!? 魔王っ!?」
付与魔術で五感を強化しつつ、感覚を研ぎ澄ませる。
魔王の匂いが私の脳を強く揺るがした。
「みてぇだな、誰か襲ってやがる」
そう言って、サンタは私の下に駆け寄ると、私の身体をお姫様みたいに抱き抱える。
「第三王子、俺と嬢ちゃんは魔王の下に行く。お前は魔王に見つからないように隠れてろ」
「ミスター・サンタクロース。何故ミス・エレナを連れて行くのです? 彼女もここにいた方が安全なのでは?」
「嬢ちゃんがここに残るとでも?」
「……失敬。今さっきの質問は愚問でした」
頭を下げる第三王子を一瞥した後、サンタは私を抱き抱えたまま、空高く跳び上がる。
そして、文字通り『宙を蹴る』と、藍色の火柱の下に向かって駆け始めた。
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次の更新は8月23日(水)20時頃に予定しております。




