国王と手袋と時計塔
◆side:アルベルト
聖女エレナが巨人を封印した。
が、巨人が残した爪痕は王国から平穏な日々を奪い取った。
巨人の暴力によって、沢山の命が失われた。
巨人の破壊によって、沢山の人が棲家を失った。
巨人の魔力によって、土地は痩せ細った。
巨人の暴走によって、王都周辺のインフラは壊滅した。
沢山の人が死んだ。
沢山の浮浪者と孤児が生まれた。
沢山の人が苦しんでいるのにも関わらず、国王は民を見ようとしていなかった。
「神殿に向かう。王都に残った食糧と水、あと使えそうなものを全て掻き集めろ」
王都から少し離れた所にある別荘──否、元孤児園跡地。
弱小貴族から別荘を奪い取った国王は、城から持ってきた玉座に座りながら、配下達に命じる。
国王の隣で見ていた俺は、つい思った事を口にしてしまった。
「……なぜ神殿に行くのですか? 政務なら王都でもできるのでは?」
「いつ魔王が復活してもおかしくない所にいたくない。封じられた魔王は王都にあるのだろう? そんなものと同じ空気を吸いたくない」
嗄れた声を発しながら、国王は私を睨みつける。
着けていた手袋に手汗が滲み始めた。
「……全ての食糧と水を掻き集めたら、王都に残った人々は飢え死んでしまいます。父上、貴方は民を見捨てるのですか?」
「国王は神だ。民とは神のために己の全てを捧げる存在。王が残った民の血肉を啜うのは、自然の摂理だ。──民は王に尽くすためにある」
「しかし、……」
「それよりも、アルベルト。お前に役目を与える」
国王は民の一大事を『それよりも』の一言で一蹴してしまった。
巨人に立ち向かうエレナの背後姿が俺の脳を強く揺さぶる。
彼女の背後姿と民を軽視する国王を見比べた途端、玉座に拘っていた自分がバカらしくなってしまった。
「今すぐ聖女エレナの封印を解け。聖女は私のものだ。聖女を置いたまま、王都を離れたくない」
「……何故エレナに拘るのですか」
「お前は聖女に婚約破棄を言い渡したのだろう? 聖女を捨てたのだろう? なら、聖女は私のものだ。お前が捨てたものを私が拾って何が悪い」
澱んだ瞳にエレナの姿を映しながら、国王は眉間に皺を寄せる。
国王は皺だらけの顔を嬉しそうに歪ませると、顎に生やした己の白い髭を嫌らしい手つきで触り始めた。
「次の王になりたければ、聖女の封印を解いて来い。聖女を私に捧げろ。そうすれば、私の後継者として認めてやる」
「国王、もしかして、貴方……聖女エレナに惚れているのですか?」
骨と皮だけになった痩せこけた身体を豪華な衣装で身に纏いながら、国王は深い皺が何重も刻み込まれた顔を歪ませる。
……改めて気づかされる。俺は聖女エレナだけでなく、国王も見ていなかった。
澱んだ瞳で聖女を見つめながら、国王は王冠が乗った白髪だらけの頭を掻き始める。
「私があの傷だらけの醜女に惚れている……お前はそう言いたいんだな? 私が醜女に欲情する異常性癖だと言っておるのだな?」
『お前は国王の顔を潰すつもりか?』と暗に告げながら、国王は自分の前にいる配下達を一瞥する。
「聖女を求めているのは、惚れた腫れたの話ではない。ただお前のモノじゃなくなった聖女を欲しくなっただけだ。それ以上の理由でも、それ以下の理由でもない」
顎に生えた白い髭を弄りながら、国王は嗄れた声で嘘を並べる。
心の中のレベッカが『側から見たバカ王子はこんな感じっすよ』と囁いた。
「……そうですか」
心の中のレベッカが『ここが人生の分岐点っすよ』と囁いた。
国王の後継になるか、それとも別の道に進むか。
二つの道が俺の前に立ち塞がる。
国王の目を覗き込んだ。
澱んだ瞳で聖女を見つめる国王を見て、俺は身につけていた手袋を外す。
「……? どうした? なぜそのような目をしている?」
肺の中に息を詰め込む。
俺は短く息を吐き出した後、外した手袋を国王に投げつけた。
◆
「本当に良かったんですか? 国王と絶縁して」
「ああ。じゃないと、俺のやりたい事がやれなくなってしまう」
国王に手袋を投げつけて、約一週間以上の月日が経過した。
結局、国王は生き残った民衆を見捨て、王都から遥か離れた場所にある神殿に逃げ込んだ。
国王の決定に従った他の王族も上流貴族も、国王と共に神殿に行ってしまった。
中流貴族と下流貴族も王都から逃げ出してしまった。
王都に残ったのは、逃げる場所がない庶民達と俺、そして、侍女であるレベッカだけ。
逃げられない人と逃げたくない人が王都だった廃墟に集っていた。
「本当、バカですね。バカで不器用とか救いようないと思いますよ。というか、国の後ろ盾がないのに、何をするつもりなんですか?」
「………俺はエレナ(あいつ)の事を理解したい。アイツと同じように、人を助ければ、アイツの考えている事が少し分かるかもしれない」
「……理解して、どうするんですか? エレナさんの封印が解かれた後、婚約破棄を破棄するつもりっすか? 愛の告白をするために、エレナさんの事を理解するつもりなんすか?」
「アイツが見ていたものを見たいだけだ」
レベッカと共に時計塔の上から変わり果てた王都を一望する。
辛うじて残った建物と苦しんでいる人が、俺の視界を埋め尽くした。
「レベッカ、頼みがある」
「はいはい。給料くれるんだったら、地獄の底まで付き合……」
「──俺の事を見ていてくれ」
時計塔最上階から見える風景に背を向ける。
レベッカは溜息を吐き出した後、時計塔を後にしようとした俺に向かって、こう言った。
「……………私でいいんだったら、喜んで見てあげますよ」
照れ臭そうに肯定の言葉を吐き出すレベッカを一瞥して、ちょっとだけ頬の筋肉を緩める。
そして、息を短く吸い込んだ後、困っている人達の下に向かって歩き始めた。
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次の更新は8月22日(火)20時頃に予定しております。




