魔王と聖女と茜色の結晶
◆side:アルベルト
「ちょっと! 私を肩に担いで、何処に連れていくつもりですか!?」
「避難しているんだよっ! つーか、お前、魔法も魔術も使えねぇだろ! 俺がいないと、すぐ死ぬだろうがっ!」
「そりゃあ、私、出自は平民ですから! どっかのバカ王子と違って、魔法も魔術も使えませんしぃ!? というか、何で王族貴族しか魔法魔術使えないっすか!?」
「知るか! そういう方針を選んだ国王に聞けっ!」
レベッカをお姫様抱っこしたまま、藍色の炎に包まれた王都を駆け抜ける。
魔力で強化した身体能力のお陰で、彼女を抱き抱えた状態でも並の人の二倍以上の速度で走る事ができた。
「というか、アレなんすか!? もしかして、魔王っすか!?」
全長数十メートル以上の人型の炎を見上げながら、レベッカは声を荒上げる。
王都の中心で暴れる炎の巨人は、巨大な足で建物や人々を踏み潰しながら、大樹と比べるのが烏滸がましい程の腕で人々を虐殺しながら、口から尋常じゃない量の藍色の炎を噴き出しながら、破壊の限りを尽くしていた。
「分からない……! が、アレが危険な事だけは確かだ……!」
王都の外に出ようと、全速力で裏路地を駆け抜ける。
その時だ。
空から無数の火炎弾が降り落ちたのは。
「ちっ……!」
足を止めた俺はお姫様抱っこしていたレベッカを下ろす。
携帯している神造兵器に手を伸ばそうとした瞬間、茜色の光板が俺達の頭上を覆った。
「……っ!」
降り落ちた火炎弾が茜色の光板に激突する。
その瞬間、俺は感じ取ってしまった。
俺達を守った『彼女』の魔力を。
すぐさま視線を『彼女』の方に向ける。
魔力で視力を強化した。
数キロ先でも鮮明に見れるように視力を強化した。
視力を底上げしたお陰で、俺は見てしまった。
時計塔最上階。
数多の魔道具で身を包み、聖女の証を首からぶら下げた『彼女』──エレナの姿を。
「……嘘、だろ?」
彼女の持っている聖女の証が、聖女の証によって生み出された茜色の光が、王都を襲う藍色の炎を退ける。
『星屑の聖女』──エレナは逃げ纏う人々を守りながら、藍色の炎の巨人と激しい戦闘を繰り広げていた。
「あ、……あいつは戦闘訓練を行ってなかった筈だ……なのに、どうして、……? 魔法を使えない上、魔術もそこそこにしか使えない筈なのに……」
藍色の炎の巨人が繰り出した炎の唾を、聖女エレナは生み出した茜色の光板で受け流す。
そして、身に纏っている数多の魔道具に魔力を込めると、無数の光線を掃射した。
聖女エレナが放った無数の光線が炎の巨人の胴体に突き刺さる。
圧倒的に火力が足りていないのだろうか。
あっという間に彼女の繰り出した攻撃は、炎の巨人が纏う藍色の炎によって焼き尽くされた。
「……っ」
時計塔から飛び降りた聖女エレナは、近くにあった建物の屋根に飛び乗ると、再び魔道具に魔力を注ぎ始める。
ようやく聖女エレナの存在に気づいたのだろう。
炎の巨人の殺意が屋根を伝い走りする聖女エレナに向けられる。
それを認知した途端、俺は理解した。
(まさか、……あいつが攻撃したのは、炎の巨人の気を惹くため……!?)
炎の巨人の巨大な足が王都の地面を踏み砕く。
間一髪の所で、炎の巨人の足裏から逃れた聖女エレナは聖女の証に魔力を注ぎ込むと、生み出した光板で降り落ちる瓦礫や燃え滓を弾き飛ばした。
(あいつ、逃げ遅れた人たちのために、時間稼ぎするつもりか……!?)
聖女の意図を理解した瞬間、得体の知れない寒気が俺の身体を包み込む。
死ぬ。
間違いなく、エレナは巨人に殺される。
圧倒的な性能。
圧倒的な破壊力。
そして、尋常じゃない魔力。
巨人は凡人じゃ一生かけても手に入れられない力を持っていた。
聖女の証を使えるだけのエレナが勝てる相手じゃなかった。
多分、彼女もそれを理解しているのだろう。
だから、時間を稼いでいるのだろう。
逃げ遅れた人達を少しでも救うために。
自分の命を捨て駒にするエレナを見て、俺は目を大きく見開く。
理解できなかった。
他人を助けるため、自らを犠牲にしようとする聖女の行動を。
理解できていなかった。
聖女という人間を。
理解し切れなかった。
聖女の思考回路を。
(……ああ、俺、聖女の事を見ていなかったんだな)
炎の巨人の攻撃を防ぐ聖女の姿を見て、気づかされる。
自分が彼女の事を見ていなかった事を。
見ていたら、理解できていた筈だ。
彼女の思考回路を。
彼女という人間を。
見て欲しいという思いを一方的な押し付けていただけで、俺は聖女の事を何も見ていなかった。
「◾️◾️◾️◾️!」
突如現れた藍色の炎の壁が、炎の巨人と逃げ惑う聖女の身体を取り囲む。
その所為で、俺達は聖女の姿を見失ってしまった。
「………」
呆然と立ち尽くしたまま、炎の壁の向こう側にいる聖女を見ようとする。
見て、見て、見て、炎の壁を見続ける事、早数十分。
彼女達を取り囲んでいた炎の壁が崩れ始めた。
剥がれ落ちる炎の壁の中から藍色の炎の巨人が現れる。
炎の巨人は茜色の結晶の中に封じ込められていた。
──聖女が巨人を封印した。
その事実を本能で理解する。
居ても立っても居られなくなった俺は、茜色の結晶の下に向かって走り出した。
走って、走って、走り続ける事十数分。
全長百メートル超えの結晶を仰ぐ。
魔力で視力を強化した。
藍色の炎の巨人の胸元。
茜色の結晶の中に封じ込められた聖女の姿を目視する。
自分諸共、巨人を封印した聖女を見た瞬間、俺の身体は地面に膝を着けてしまった。
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次の更新は8月21日(月)20時頃に予定しております。




