侍女とバカ王子と構っている暇
◆side:アルベルト
「そりゃ、そんなやり方で聖女の気を惹ける訳ないでしょ。バカですか?」
聖女に婚約破棄を言い渡した翌日。
俺は自室のベッドの上で不貞寝しながら、長年抱え込んでいたものを数年前から俺の侍女をやっているレベッカにぶちまけた。
「何で好きなのに嫌がらせしているんですか? そんな拗らせた好意ぶつけても、ただの迷惑というか王子にメリットありませんよね? バカですか? バカだから好きな人に嫌がらせするんですか?」
「バカバカ言うな、クビにするぞ」
「同じ過ちを繰り返すのは、バカがする事っすよ。何で嫌がらせで気引けないって分かっているのに同じ過ち繰り返しているんすか。バカじゃないんだったら、反省した方がいいと思いますよ」
レベッカは俺の部屋を掃除しながら、軽めの罵倒を口遊む。
初めて人に悩みを話したからなのか、ちょっとだけ気分が楽になった。
「まあ、王子には立場ってものがありますからね。公の場でエレナさんに好き♡好き♡大ちゅき♡言えないのは、一応分かります。他の人に見つからない所で、愛を囁けばノー問題だったと思いますけど。というか、エレナさんは王子みたいにバカじゃないから、説明すれば分かってくれたと思いますよ」
「…………仮に告白できたとしても、アイツは俺の事を見てくれなかっただろう。多分、アイツは俺に興味なんてないんだと思う」
「興味ないってより、優先順位低かっただけだと思いますよ。だって、王子、貴方、権力も才能も財力も知力もあるじゃないすか。あ、知力はなかったか」
「舐めるな、これでも貴族学院の中ではトップの方だったぞ」
「なるほど、勉強だけできるバカっすか」
「バカって言うな。クビにするぞ」
レベッカは不貞寝している俺からシーツを剥ぎ取る。
それに対して苛立ちを抱きながら、俺はレベッカの顔面にガンを飛ばした。
「王子だったら放って置いても、良い人生を送れるでしょう。でも、レベッカさんが優先している人達は違う。王子みたいに強くもないし賢くもないし、権力はおろか金さえも持っていない。だから、強くて賢い王子よりも、一人で生きていく事ができない人達を見ているんでしょう」
『まあ、私、エレナさんと殆ど話した事ないから、私の予想でしかないんけど』と呟きつつ、レベッカは豪快な笑い声を上げる。
「……納得がいかねぇ」
「あー、もう、今日の王子はジメジメして鬱陶しいっすね。今までぶっちゃけなかっただけで、本当はジメジメのウネウネ系の男だったんすか?」
「お前に相談した俺が馬鹿だった」
「そもそも、自分を優先して欲しいんだったら、みんなに見えない所で、エレナさんを溺愛すれば良かったじゃないですか。自分のヘタレで招いた結果をエレナさんに押し付けないで下さい。というか、『好きって伝えられない……そうだ! 気を惹くために嫌がらせしよう!』って考え自体、バカの発想でしょう。一体、何を食ったら、そんなバカみたいな考えができるんですか」
「バカバカ言うなっ! 俺だって、ちょっとおかしいなって思ったんだよ! でも、止められないというか何というか!」
「ちょっとじゃなくて、かなりっすよ。自分を見て欲しいんだったら、もっと他に方法あったでしょう。本当、このバカ王子は拗らせてますねぇ」
嬉しそうに笑いながら、レベッカはベットで蹲る俺を見つめる。
彼女の瞳には俺の情けない姿が映し出されていた。
「まあ、安心してくださいバカ王子。私はちゃんとバカ王子がバカやっている所を見ていますから。安心してバカやっちゃってください」
そう言って、レベッカはニコニコしたまま、俺の瞳を見つめる。
相も変わらずレベッカの瞳には、俺の姿が映し出されていた。
「……どうせお前が見ているのは、王子としての俺だろ」
「いいえ、ただの拗らせバカを見てます。立場があるからと言って、言動不器用過ぎるでしょう。そんなんで次期国王務まるんですかバカ王子」
「絶対、お前をクビにしてやる!」
俺が求めていたものは、王子じゃない自分を見て欲しいって願いは、意外と簡単に叶えられた。
ああ、そうか。
今みたいに自分を曝け出せば良かったんだ。
俺が自分を隠していたから、誰の瞳にも本当の俺の姿が映らなかったんだ。
「でも、まあ、王子の恋愛がバカみたいな終わり方をしちゃったのは、多分、王子だけの責任じゃないっすよ」
箒の柄を手で弄りながら、レベッカは天井を仰ぐ。
「これは女の感で何の根拠もありませんが、多分、エレナさんは自分の事が全く見えていません。だから、仮にバカ王子が素直になったとしても、拗らせバカ王子の好意は彼女に伝わらなかったと思います」
「しれっとバカにするな」
「きっとエレナさんにとって、自分という存在は路傍の石ころ程度の価値しかないんでしょう。だから、心身を削って、人々に尽くしているんだと思います。まあ、単純に拗らせバカ王子に構っている暇がなかっただけかもしれませんが」
「構っている暇、……か」
聖女の背後姿を思い出す。
確かにアイツは常に忙しそうだった。
孤児園の管理。
浮浪者を対象にした炊き出し。
災害に見舞われた城下町の復旧作業。
魔王の封印の維持。
その他エクストラ。
寝る間を惜しんで、聖女の仕事をやっている彼女の姿が脳裏を埋め尽くした。
「……何で、聖女は心身削って、赤の他人に尽くしているんだろうな」
「バカ王子。アプローチするよりも先に、もっとやるべき事があったのでは?」
「……やる、べき事?」
「好きな人を理解する事っすよ。まさかエレナさんの事を何も知らないのに、好きになったんですか?」
「………」
「あー、その顔、やっぱ何も知らないのに好きになっちゃったぜ的な顔ですね。まさか私の雇い主がこんなバカだったとは……よく今までバカがバレませんでしたね」
「……次、バカって言ったら、来月の給料払わねぇからな」
自分を曝け出した事で、自分が色々足りてない事を理解できた。
もしかしたら、もっと早く相談していれば、こんな状況に陥らずに済んだかもしれない。
「……なあ、レベッカ、これから俺はどうしたら、……」
疑問の言葉を口にしようとしたその時だった。
部屋の外から鳴り響いた轟音が自室を縦に揺らす。
それと同時に膨大な魔力を感じ取った。
俺とレベッカは殆ど同じタイミングで窓の方に視線を向ける。
窓の外を見た途端、藍色の炎を纏った巨人が俺達の瞳に映し出された。
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次の更新は8月18日(金)12時頃に予定しております。




