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婚約破棄と立場と本音

◆side:アルベルト



「エレナ……いや、『星屑の聖女』。お前との婚約を破棄させてもらう」


 聖女エレナが俺の嫁になって、かなりの月日が経過した。

 その間、彼女は俺ではなく、他の人に尽くし続けた。

 貴族達に虐められている女、騎士団でハブられている男、浮浪者、孤児、そして、災害に見舞われた城下町の人々。

 一度たりとも、聖女(あいつ)は俺の事を見てくれなかった。

 だから、生誕祭の日、俺は聖女(あいつ)に婚約破棄を言い渡した。


「先代聖女からの推薦だから、今までお前を聖女として認めてやったが……もう我慢の限界だ! お前のような低脳女を聖女として認められない!」


 婚約を破棄する事で、アイツから聖女という肩書きを奪い取ろうと試みた。


「魔法を使える訳でもなければ、特別な力がある訳でもない。そして、俺の嫁になるには、お前の身体は(みにく)過ぎる」


 アイツを困らせる事で、彼女の視線を惹きつけようと試みた。


「聖女とは、この国の象徴だ。人々を導く光でなくてはならない。しかし……お前はその真逆の存在だ。特別な力がある訳でもなければ、容姿も優れていない。そんな女を俺は妻にすることは出来ない」


 俺の事を見て欲しい。


「今まで黙っていたが、お前は聖女に相応しい人間ではない。よって今この時をもって、お前との婚約を破棄し、お前から聖女の肩書きを剥奪する!」


 俺の事を見てくれるんだったら、好意じゃなくても構わない。

 憎悪でもいい。

 敵意でも悪意でも軽蔑でも何でもいい。

 何でもいいから、俺という存在を聖女(かのじょ)の中に刻み込みたかった。


「そうですか」


 王子として、将来的にこの国を治める長として、醜女(かのじょ)に媚びへつらう事だけはできなかった。


「後任の聖女についてはどうなさるおつもりでしょうか?」


 彼女に愛を注いだら、次期国王としての体面を保てないから。


「俺が考えなしでお前を辞めさせると思ったのか? 後任の聖女なら、既に決まっている」


 本当は気づいていた。


「コイツが次の聖女だ。お前と違い、彼女は魔法を使えるし、お前の身体みたいに傷一つついていない。人々を導く光になり得る存在だ。聖女としての素質は、お前よりもあるだろう」


 自分が聖女エレナに好意を抱いている事を。


「これが次の聖女だ。どうだ、エレナ! 嫉妬したか!?」


 好きになったキッカケはよく覚えていない。

 もしかしたら、自覚していないだけで、初対面の時から惚れていたのかもしれない。

 一目惚れしたから、彼女に見てもらいたいと思ったのかもしれない。


「彼女は世にも珍しい光魔法を使う事ができる! 魔法を使う事ができないお前と違い、有事で大活躍間違いなしだろう!」


 生まれた時から俺は特別な人間だった。

 だから、俺の事を特別扱いしていない彼女に期待してしまった。

 特別視どころか俺の事を見ていない彼女に恋焦がれたのかもしれない。

 俺の事を特別扱いしていない彼女なら、王子じゃない自分を──素の自分を愛してくれると心のどこかで思ってしまった。


「魔法を使え、容姿もお前よりも見目麗しい! どうだ!? 文句のつけようのない人選だろう!?」


 ありのままの自分を見て欲しかった。

 王子ではない素の自分を愛して欲しかった。

 でも、王子という立場が、次期国王という立場が、それを許さない。

 もし彼女に傷がついていなかったら。

 彼女の容姿が人並みだったら。

 他の王族貴族達が認める程の才能を彼女が持っていたら。

 俺はこんな遠回りな事をしなくて済んだのに。


「だが、まあ、俺は器の大きい人間だ。お前が頭を床に擦り付けて、許しを乞えば……」


「この『神造兵器』の扱い方は先代聖女……イザベラに聞いて下さい。では、私はこれで」


 二兎追うものは一兎も得ず。

 結局、俺は次期国王としての体裁を損なった上、聖女(エレナ)の視線も得られなかった。


「お、おい! 待て!」


 手から滑り落ちてしまう。

 本当に欲しかったものが、手に入らないまま、何処かに消えてしまう。


「お前、本気で聖女を辞めるつもりなのか!? 今だったら、俺に赦しを……」

 

「貴方は一度吐いた唾を飲み込むつもりでしょうか?」


 きっと聖女(あいつ)は聖女を辞めた後、困っている人の下に向かうだろう。

 俺に赦しを乞う事は絶対にない。

 だって、彼女にとって俺という人間は赦しを乞う程の価値がないから。


「前言を撤回するのは止めた方が良いと思いますよ、王子。言葉に重みがなくなってしまいますから」


 お前の事が好きだ。

 その一言を言えたら、彼女の瞳に俺の姿は映るだろうか。

 考えるまでもない。

 今までの言動と正反対の言動を繰り出した所で、俺の言葉は彼女に届かないだろう。

 たとえ本心の言葉でも。

 


「それとも、まだ何か言いたい事があるのでしょうか? あるのであれば、ハッキリと言ってください」


 言える訳がない。

 王子としての体面が、次期国王としての体裁が、今まで聖女(エレナ)にしてきた言動が、そして、俺の中にあるプライドが、俺の本音を封殺してしまう。

 

「………」


 会場から出ていく聖女(エレナ)の姿をじっと見つめる。

 結局、俺の姿は一度たりとも聖女(アイツ)の瞳に映る事はなかった。


 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は8月17日(木)12時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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