あの瞳と優先と地団駄
◆side:アルベルト
貴族学院に入学する前日。
俺──アルベルト・エリュシオンは星屑の聖女──エレナと対面した。
初めて彼女を見た時の印象は決して良いものではなかった。
左目に刻まれた一文字の古傷。
右腕に広がった火傷の跡。
そして、僧侶服の下から覗く無数の切り傷や打撲痕。
どれもこれも、彼女の外見を損ねるには十分過ぎる代物だった。
「はじめまして、第一王子殿下」
深々と頭を下げる彼女を見て、こう思った。
貧乏くじを引かされた、と。
「おいおい、もっとマシなヤツはいなかったのかよ」
目の前に立つボロ雑巾のような少女を一通り眺めた後、俺は彼女に聞こえる音量で舌打ちをした。
「こんなんが俺の嫁になるってか? 冗談じゃねぇぞ」
彼女を選んだ国王と先代聖女に腹を立てたのは言うまでもない。
何故、こんな奴が選ばれるのか。
何故、こんな醜女が選ばれてしまうのか。
当時の俺にとって彼女は、聖女の肩書を持つだけのただのクズでしかなかった。
「俺はな、将来この国の王となる男なんだぞ。そんな男とお前が釣合うとでも思っているのか?」
傷だらけの少女の目は夜空を彩る星のように煌めいていた。
その瞳を見て、俺の心の奥底にある何かがざわめき始める。
「あ、もしかして、世にも珍しい魔法を使えるのか? それとも他に秀でた才能があるから選ばれたのか?」
「いえ、私は魔法も使えなければ、才能と呼べるものは何も持っていません。私にあるものは、ただ一つ、この傷だらけの身体だけです」
そう言い切ると、エレナは真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
その瞳に俺の姿は映っていなかった。
「……ああ、そうかよ」
俺は溜息混じりに言葉を吐き捨てると、彼女を視界から外す。
「何で国王や先代聖女がお前を選んだのか分からないが、俺はお前みたいな醜女かつ無能と結婚する気はない。……いつか婚約破棄を言い渡してやる」
もう一度、彼女の瞳を見る。
やはり、俺の姿は映っていなかった。
「……」
いつの間にか、歯を食い縛っていた。
あの瞳に自分の姿が映っていない。
その事実に気づいた途端、喩えようのない憤りと悔しさを抱いてしまった。
◆side:アルベルト
星屑の聖女──エレナが俺の婚約者になって、そこそこの月日が経過した。
未だにあいつの瞳には俺の姿は映っていない。
だからなのか。
「遅かったじゃないか、エレナ!」
あの瞳に俺の姿を映したいって思ったのは。
「すみません。仕事が終わらなくて、少し遅れました」
俺は頑張った。
「お前が遅かった所為で、オレは別の相手とダンスを踊る事になった! 俺は婚約者であるお前と踊りたいと思っていたが、お前が遅れた所為で他のヤツと組まざるを得ない状況に陥ったのだ! 第一王子が一人寂しく踊るなんて、他の貴族に示しがつかないからなぁ!」
「はあ、そうですか」
アイツの視線を惹きつけるため、色んな策を講じた。
「でも、まあ、ちょうど良かったです」
「はあ? ちょうどいい?」
でも、アイツは俺の事を見てくれなかった。
「どうやらジェリカさんと踊ってくれる方がいないらしくて。だから、王子がダンスの相手を見つけてくださって助かりました。これなら心置きなく、ジェリカさんとダンスが楽しめます」
「は? そいつと踊る? どうして? お前は俺の婚約者なんだろう?」
いつも俺じゃなくて、他のヤツを優先し続けた。
「王子のダンスの相手は既にいらっしゃるでしょう? 今夜は王子とのダンスを楽しみにしていましたが、お相手がいるのなら仕方ありません。私はジェリカさんと踊ります」
なんで?
何でいつも他のヤツを優先し続ける?
何で俺よりも赤の他人を選び続ける?
「……なんで、いつも他のヤツを……もっと、もっと俺を……!俺の事を……!」
──俺を見てくれ。
その一言が喉から飛び出そうになる。
でも、その一言は言えなかった。
だって、俺は王子だから。
次の国王だから。
醜女と踊りたいって言ったら、王族貴族に舐められるから。
だから、口が裂けても言えない。
だって、俺は、王子だから。
「……くそっ……ちくしょう……!」
音楽と共に踊り始めたエレナ達を眺めながら、地団駄を踏む。
欲しいって思っているものが手に入らない。
今までの人生、欲しいと思ったものは、すぐ手に入れる事ができた。
すぐ俺のものになった。
当然だ、俺には権力も能力も才能も財力もあるのだから。
けど、俺の全ての力を費やしても、聖女の視線だけは手に入らない。
アイツの瞳に俺の姿は映らない。
それが歯痒くて歯痒くて堪らなかった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は8月16日(水)12時頃に予定しております。




