お久しぶりと坊ちゃんと命乞い
◇
「「──っ!?」」
第三王子── アルフォンス・エリュシオンの振るう剣が、サンタの目と鼻の先まで押し迫る。
サンタは目にも止まらぬ速さで、第三王子の背後を取ると、彼のうなじに拾った木の棒の先を突きつけた。
「──聖女に危害を加えないでください」
「はあ? お前、何言って……」
第三王子の持っている剣に膨大な魔力が注ぎ込まれる。
それを見た途端、私は第三王子を止めようとした。
だが、それよりも先に第三王子とサンタが動き出してしまう。
「──神威」
「遅えよ」
第三王子が剣の真価を発揮しようとした途端、サンタは音速よりも少し劣る速さで駆け出す。
そして、第三王子から剣の形をした神造兵器を奪い取ると、奪った剣で第三王子の首を斬り落とそうとする。
「サンタっ!」
私の反応を予想していたのか、サンタは剣を振るう手を止めると、奪った剣を雑に放り投げた。
「………お久しぶりです、第三王子」
頭を下げる。
私とサンタの様子を見て、大体の事情を察したのだろう。
第三王子はサンタに向けていた敵意を解くと、肩の力を抜いた。
◇
「……という訳で、今はこの人と行動を共にしています」
「なるほど。ミス・エレナが暗い顔をしていたのは、そういう訳でしたか」
第三王子の容姿は私の記憶にあるものと大差なかった。
多分、オーガ達やヴァシリオス達の言っていた『黒い龍』とやらに会っていないんだろう。
異形となっていない第三王子の姿に心の底から安堵する。
「申し訳ありません、ミスター・サンタクロース。貴方がミス・エレナに危害を加えていると勘違いしてしまい、つい野蛮かつ短絡的な方法で貴方を害そうと思ってしまいました」
「気にするな。誰にも勘違いする時はある。なあ、嬢ちゃん」
「このタイミングで同意求めないで。私が勘違いでやらかした人みたいになるじゃん」
「……仲、いいんですね」
サンタを小突く私の姿を見ながら、第三王子は苦笑いを浮かべる。
彼の瞳には呆れたように笑う私の顔が映し出されていた。
「ミス・エレナは感情表現の乏しい人だと思っていましたが、どうやら僕の勘違い……いえ、僕の接し方が悪かったみたいですね」
ちょっとだけ顔を曇らせながら、第三王子は微笑を浮かべる。
その顔を見て、私はちょっとばかりの罪悪感を抱いてしまった。
「……第三王子、貴方に非はありません。私が表情をあまり表に出さなかったのは、公私混同を避けていたからです。貴方の接し方が悪い訳じゃありませんよ。私が不器用、かつ公の場で貴方と接する機会が多かったから、公に徹していただけで」
「おいおい、第三王子とやら。嬢ちゃんに気遣わせてんじゃねぇよ」
「サンタ、火に油を注がないで」
「いや、嬢ちゃん。こいつ、嬢ちゃんから『そんな事ないですよ〜』って言葉を引き出すために、こんな事言ってると思うぜ。普通、嬢ちゃんの事を真に思っていたら、こんな事言わないだろ。多分、こいつ、嬢ちゃんに構って欲しいだけだと思う」
「確かにミスター・サンタクロースの言う通りですね。すみません、ミス・エレナ。どうやら僕は無自覚のうちに、貴方から否定の言葉を引き出そうとしていました。心よりお詫びを……」
「こ、こんな事で謝らなくていいですよ! 全く気にしていませんしっ!」
「本当にそうか?」
「サンタっ! これ以上、場を引っ掻き回さないでっ!」
威嚇でサンタを牽制しつつ、地面に頭を着けて謝罪しようとする第三王子を力尽くで止める。
ああ、やっぱ、私、第三王子の事が苦手だ。
真面目というか常に真剣というか何というか。
第三王子がこんな調子だから、私もしっかりしなきゃいけないような気がするというか何というか。
「で、第三王子。お前はアレか? 嬢ちゃんの恋人か?」
「引っ掻き回さないでって言ったよね!?」
サンタの頬を抓りながら、全身の毛を逆撫でる。
第三王子は苦笑を浮かべると、手で口元を覆い隠しながら、サンタの冗談に乗っかった。
「ゆくゆくは恋人になりたいと思っています」
「ひゅー。嬢ちゃん、モテモテじゃねぇか」
「茶化さないでっ! あと第三王子も冗談言わなくていいですから!」
溜息を吐き出しながら、改めて第三王子と向き合う。
彼は口元を右手で隠しつつ、穏やかな表情で私の瞳を見つめ返した。
「封印から解放された後の貴女の活躍は、王都やレベール街周辺のオーガ達から聞きました。……申し訳ありません、ミス・エレナ。……私達は貴女の頑張りに応える事ができませんでした」
罪悪感に満ちた表情を浮かべつつ、第三王子は私に頭を下げる。
その姿を見たサンタは気まずそうに顔を歪ませると、軽く咳払いする事で私達の注目を惹きつけた。
「第三王子とやら。一応言っておくが、嬢ちゃんは魔王が現れた直後から俺と出会うまでの記憶を失っている。現聖女や他のオーガ達の言葉から、何となく何が起きたのかは予想できているが、まだ具体的な事は何も理解できてねぇ」
私と第三王子が円滑に話し合いができるよう、サンタは私が置かれている状況を簡潔に説明する。
第三王子は眉を少しだけ動かすと、サンタの話に耳を傾けた。
「だから、嬢ちゃんに説明してやってくれないか? 魔王が現れてから今に至るまでの出来事を」
周囲の危機が生暖かい風を浴びて、木の葉を揺らす。
葉の擦れる音が私達の間に流れ込んだ。
「なるほど。ならば、色々伝える前に先ずは説明しなければなりませんね。──魔王が現れてから今に至るまで、何が起きたのかを」
第三王子は口元を隠していた手を地面に向けると、真っ直ぐな目で私の瞳を見つめ返す。
彼の瞳を見た途端、ふと紅茶の匂いを思い出してしまった。
◇side:魔王
「おい、テメェ。一体どういうつもりだ?」
遺跡から二キロ離れた所にある木々に囲まれた小さな花園。
多種多様な花に覆われた地面の上には、銀髪の少年と金髪の青年が向かい合っていた。
「護衛は誰一人として連れていない。不意打ちするために兵を待機させている訳でもない。それどころか、唯一の武器である神造兵器を地面に置いてやがる」
銀髪の少年──魔王は眉間に皺を寄せつつ、身体全体で不快感を露わにする。
「テメェ、一体何を企んでやがる?」
問いかけに動じる事なく、金髪の青年は真顔のまま、じっと魔王の顔を真っ直ぐ見据える。
その態度が余計に魔王の神経を刺激した。
「まあ、いい。お前が何を企んでようが、お前を瞬殺すれば済む話だ」
魔王の身体から魔力が零れ落ちる。
それを察知した途端、金髪の青年は地面に両膝を着けると、額を地面に擦り付けた。
「──降伏する。魔王、俺の神造兵器はお前にやる。どうか命だけは助けてくれ」
落ち着いた口調で、地面に頭を押しつけたまま、金髪の青年──この浮島の第一王子であるアルベルト・エリュシオンは命乞いをする。
「必要ならば、俺の命も差し出す。だから、洞窟にいる人達を見逃してくれないだろうか」
プライドも神造兵器も王族としての誇りも何もかも投げ捨て、第一王子のアルベルトは自分の頭を地面に押し付ける。
その姿は、魔王の──正確に言えば、『星屑の聖女』エレナの記憶の中にあるアルベルトとは掛け離れたものだった。
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次の更新は8月15日(火)12時頃に予定しております。




