やるべき事と青い液体と「彼」
◇
「……やるべき、こと?」
恐る恐るサンタの顔を見る。
彼は大胆かつ朗らかな笑みを浮かべていた。
「強くなるよりも先に、自分が犯した罪を自覚しろ」
そう言って、サンタは何処からか取り出したクッキーを私の口に押しつける。
私は雛のようにサンタから差し出されたクッキーを口に含むと、彼の言葉に耳を傾けた。
「無自覚のまま強くなったら、今以上に被害が拡大しちまう。本当に周りの事を思っているんだったら、先ずは自分の罪を自覚するべきだ」
サンタの右手が私の左手を握る。
私の左掌には食い込んだ爪の跡が残っていた。
「ちゃんと自覚しているよ……私は」
「『目の前にいる人達を救えなかった』、『暴走している人達を止める事ができなかった』、『助けるべき相手をちゃんと理解する事ができていなかった』、だろ?」
私の事をちゃんと理解してくれているのだろう。
サンタは私が言おうとした事を代弁してくれた。
「嬢ちゃんの罪は、それじゃねぇ。先ずはそれを自覚しろ。じゃなきゃ、また同じ過ちを繰り返しちまうぞ」
サンタの言葉は私にとって予想外の代物だった。
私の罪?
無力や無理解が私の罪じゃないのか?
「俺は嬢ちゃんの罪を知っている。けど、それは敢えて教えない。教えたところで、今の嬢ちゃんはピンと来ねぇだろうからな」
「……私の、罪」
「まあ、嬢ちゃんが考えている程、嬢ちゃんの罪は重くねぇ。いい機会だ。嬢ちゃん、ちょっと自分と向き合ってみろ。そうすりゃ、今以上にいい生き方ができると思うぜ」
サンタは何処からか取り出したクッキーを私の頬に押し付けながら、快活な笑みを浮かべる。
それを見て、私はようやく真の意味で気づいた。
彼が私を子供扱いしている事実に。
「ただ、まあ、今のまんまだと一生気づかないと思うから、一つヒントをくれてやるよ」
そう言って、サンタは何処からともなく、青い液体が入った瓶を取り出す。
それを私に押し付けると、こんな事を言い出した。
「その青い液体は、劣化エリクサーみてぇなもんでな。これを使えば、嬢ちゃんの古傷は跡形もなく消えちまう」
サンタの瞳に私の身体が映し出される。
左目に刻まれた一文字の古傷。
右腕に広がった火傷の跡。
そして、僧侶服を纏った身体に刻まれた無数の切り傷。
「ちょっと若返るっていう副作用はあるにはあるが、大抵の傷は治る優れものだ。流石に致命傷を治すのは無理だが、嬢ちゃんの古傷レベルだったら、一瞬で治るぜ」
そう言って、サンタは私に青い液体が入った瓶を私の頬に押し付ける。
そして、維持の悪い笑みを浮かべると、こんな事を私に問いかけた。
「この薬、自由に使っていいぜ。自分の古傷を治すために使ってもいい。他の人のために使ってもいい。これをどう使うのかは、嬢ちゃん次第だ」
劣化エリクサーと呼ばれるものを受け取った後、再びサンタの瞳に映る自分の姿を見る。
傷だらけだった。
この薬を使えば、私の傷は治るだろう。
見栄えがちょっとだけ良くなるだろう。
でも、私の古傷を癒すよりも、他の人に使った方がいい気がする。
これを取っておけば、今後私の前に現れる重傷を負った人を助けられるかもしれない。
……ん?
だったら、サンタは何でこの薬を私に渡したんだろう?
もしかして、サンタは──
「……サンタは、その、この薬を私に使って欲しい、……って思っている、の?」
「どうして、そう思う?」
考えるよりも先に言葉が出てしまった。
息が詰まる。
木々のざわめきが遠退き、掌の熱が再び逃げてしまう。
何故か私の声は弱々しく、私の身体はサンタの姿を直視する事を躊躇っていた。
「だって、他の人に使わせるのが目的だったら、……私に預ける理由なんてないと思う、……から」
視線を地面に向けながら、私は薬を両手で握り締める。
モヤモヤしたものが胸の内を覆い尽くした。
どうしてモヤモヤしているのだろう。
考える。
自分の事なのに、何も分からなかった。
「言っておくけど、俺は嬢ちゃんの事を醜いって思ってないぜ」
私の頬にキャンディーを押しつけながら、サンタはいつも通りの快活な笑みを浮かべる。
「嬢ちゃんが自分の傷を治そうが治さまいが、ちゃんと考えた上での選択だったら、俺は嬢ちゃんの選択を受け入れる。この薬を渡したのは、嬢ちゃんに大切な事を気づかせるためだ。別に『この薬を使って、見栄え良くしろ』って意味で渡したんじゃない」
柔らかい口調で、サンタは私に宿題を与える。
その口調は昔話を子どもに聞かせるお爺ちゃんみたいだった。
……改めて痛感する。
彼にとって、私は『嬢ちゃん』である事を。
「と、まあ、俺が言いたい事はこんな感じだ。強くなるよりも先に、その薬を誰に使うのか考えろ。それをクリアしたら、嬢ちゃんの抱えている悩みは解決すると思うぜ」
「…………うん、分かった」
「んじゃ、真面目な話はこれくらいにして、楽しい話しようぜ。嬢ちゃんはさ、誰かに恋文とか貰った事経験あるのか? いやー、俺さ、恋文貰った事がなくてよ。いつか恋文貰うのが夢というかなんというか」
無理に空気を明るくしようと、サンタは無理に言葉を連ねる。
すると、私の鼻が背後から迫り来る『何か』の匂いを捉えた。
「「──っ!?」」
私もサンタも即座に振り返る。
振り返った私達が目にしたのは、
剣を振りかざす第三王子── 第三王子──アルフォンス・エリュシオンの姿だった。
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次の更新は8月14日(月)12時頃に予定しております。




