クソ女と渇望と自覚
◇side:魔王
「あら? 文句言わないのですね」
レベール街から東に数キロ離れた先にある墓地。
十字架が立ち並ぶ小高い丘を眺めながら、オレの隣にいる『クソ女』を睨みつける。
「てっきり『余計な事をしやがって』みたいな事を言われると思ったのですが」
「んな小物みてぇな事して、オレに一体何のメリットがあんだ?」
クソ女は少しだけ目を見開くと、アホみたいな面をオレに見せつけた。
「んだよ、鳩が矢を喰らったみてぇな面しやがって」
「いえ、ちょっと意外で」
「意外って何がだよ」
「もっと高圧的でプライドが高くて野蛮で視野の狭いクソみたいな人と思いました。どうやら、どっかの人達と違って、貴方の器は大きいみたいですね」
「オレは人じゃなくて巨人だって言ってるだろ」
「ツッコむ所は、そこだけですか」
「別に大きいって訳じゃねぇが、テメェの煽り如きで苛つく程、オレの器は小さくねぇ。煽りたければ、好きなだけ煽れ。お前がオレに万の罵倒を浴びせようが、それが死因になる事はねぇ」
クソ女に助けられた事に苛々しながら、オレは歯を食い縛る。
守り人──サンタってヤツは想定した通りの力だった。
策さえあれば、弱体化したオレでも倒せる程の強さ。
事実、聖女がサンタ側に加担しなければ、間違いなくオレが勝っていただろう。
一瞬、ほんの一瞬、聖女の真意と踏んだ瓦礫の意味を考えてしまった。
その一瞬の隙を突かれ、オレは負けてしまった。
もしクソ女が助けに来なかったら、オレはサンタに殺されていただろう。
「……で、クソ女。お前は何で此処にいる? 国王達はどうした?」
「第二王子が見つかりました。どうやら今は遺跡にいるみたいです」
「……ほう」
「未確認の情報ですが、第一王子も遺跡近くにいるそうです」
「で、お前は国王達に命令されて、第一王子と第二王子の様子を観に来たって訳か」
「ええ。ついでに貴方の様子を見に」
「ふーん。で、第三王子は? アイツも持っているんだろ? 神造兵器……いや、オレの身体の一部を」
「第三王子は行方不明のままです。恐らく警戒しているのでしょう。魔王が完全復活するのを」
「へぇ……」
朝焼けに照らされた丘が湿っぽい風に煽られる。
その所為で、クソ女の臭いがオレの鼻腔を擽った。
「クソ女。お前は国王の下に戻れ」
「王の命令に逆らえと仰るのですか?」
「『王子達は魔王に殺された』、そう国王に伝えろ」
サンタにボコボコにされた身体を無理に動かす。
魔力が尽きかけているので、傷の治りは亀みてえに遅かった。
「……殺す、つもりですか?」
「じゃねぇと、聖女を救えねぇからな」
クソ女に背を向け、遺跡──かつて王都があった場所に向かう。
「…………道具じゃない事を証明するため、でしたよね? 聖女を救おうとする理由は」
「詮索しても無駄だぜ、クソ女。テメェだけには絶対教えねぇ」
クソ女に背中を見せながら、オレは視線だけを背後に向ける。
クソ女が険しい表情を浮かべながら、人間の姿に戻っていた。
「オレは聖女以外を殺す。聖女以外を殺した後、オレはアイツを連れて、平行世界に向かう。浮島は世界と世界の間にある狭間の世界だ。この浮島から飛び降りたら、何処かの平行世界に辿り着くだろう」
「……貴方はあの娘を、幸せにしようと足掻いているのですか?」
クソ女の疑問に答える事なく、オレは鉛のように重たい身体を引き摺って、遺跡の方に向かい始める。
「どうして、貴方はあの娘に拘るのですか? あの娘の事が好きなのですか?」
『借りを返せ』という文章を顔に書きながら、クソ女はオレに答えを求める。
オレはそれを鼻で笑うと、クソ女から目を逸らし、前に向かって歩き始めた。
「むしろ、こっちの方が聞きたいくらいだぜ。何でお前は赤の他人であるオレよりも、あの娘に拘っていないんだ? お前、一応、アイツの親なんだろ?」
振り返る事なく、オレはクソ女──聖女の義母であり、聖女に聖女という役目を押し付けた先代聖女──イザベラに殺意を向ける。
「………」
クソ女はオレの疑問に答えなかった。
当然だ。
だって、アイツは自分の目的を果たすためだけに聖女を利用していたのだから。
◇
「……サンタ、私、もっと強くなりたい」
焦土と化したレベール街から出て、数日が経過したある日の早朝。
森の中を歩きながら、隣を歩く青年──サンタクロースに自分の思いを突きつけた。
「もっと強くならないと、暴走した人達を止められない」
商人、レベッカ、現聖女、ヴァシリオス、オーガ、貴族達を思い出しながら、サンタの横顔を一瞥する。
彼は歩きながら、真剣な表情で私の声に耳を傾けていた。
「暴走した彼らを止められるだけの力が欲しい……もうこれ以上、後悔したくない。後悔しない生き方が選べるよう、強くなりたい。だから、……お願い。私……」
「おい、見ろ、嬢ちゃん。カブトムシっぽい虫があそこの木で蜜吸ってるぞ。アレ捕まえて、虫バトルしようぜ」
「話聞いてる!?」
木に留まった虫を指さしているサンタに怒声を浴びせる。
サンタは悪びれる事なく、虫をじっと見つめると、首を縦に振りながら、こう言った。
「聞いてる、聞いてる。モテモテになりたいんだろ?」
「聞いてないじゃんっ!」
全身の毛を逆撫でながら、サンタを睨みつける。
サンタは『悪りぃ、悪りぃ』と呟くと、私の頭を雑に撫でた。
サンタの大きな掌を頭全体で感じ取る。
ちょっとだけ気温が上がった、……ような気がした。
「まあ、冗談は置いといて。ちょっと真面目な話をさせて貰うと、嬢ちゃんは放って置いても強くなる」
足を止めたサンタは、私の頭から手を離すと、身振り手振りで私の視線を惹きつける。
顔は笑っていたが、内面は笑っていなかった。
「ハッキリ言って、嬢ちゃんの成長速度は異常だ。俺と出会った時は素人同然だったのに、今では俺と魔王の戦闘に割り込むどころか、勝利のキッカケを生み出す程の実力を手にしてやがる。多分、あと二〜三回戦闘を経験すりゃ、俺達がいる領域に辿り着けるだろう」
気まずそうな顔をしながら、サンタは溜息を吐き出す。
そして、意を決したような表情を浮かべると、私の目を真っ直ぐ見つめた。
「……言わざる得ない状況に陥ったから、言わせてもらう。嬢ちゃんが今のまま強くなったとしても、碌な事にはならねぇ。最悪、魔王みたいな『絶対悪』になってしまう」
「ぜったい、……あく?」
「『絶対悪』ってのは、存在しているだけで人類の進化・繁栄・存続を阻害するヤツの総称だ。まあ、魔王みてぇな人々を虐殺するヤツらって認識でいい」
「……将来的に私が魔王みたいに人々を虐殺するって、言いたいの?」
「ああ、今のまんまじゃな」
『どうして』という言葉を口にするよりも先に、胸が痛くなった。
何故か押し黙ってしまう。
いつの間にか、視線は地面の方に向いてしまった。
「厳しい事を言わせてもらうが、今の嬢ちゃんは非常に危うい。今のまま強くなったら、取り返しのつかない過ちを犯してしまう」
何故かサンタの顔が見れない。
顔を上げればいいのに、何故か顔を上げる事ができない。
火傷を負った掌が、サンタに握って貰った手から熱が失われる。
胸が締め付けられる。
あれ?
何で息苦しくなっているんだろう。
「強くなるって結論自体は間違ってねぇ。だが、嬢ちゃんの場合、強くなるよりも先にやるべき事がある」
サンタの大きくて温かい掌が私の頭を雑に撫でる。
その瞬間、失われていた掌の熱が何事もなかったかのように蘇った。
「……やるべき、こと?」
恐る恐るサンタの顔を見る。
彼は大胆かつ朗らかな笑みを浮かべていた。
「強くなるよりも先に、自分が犯した罪を自覚しろ」
近くにあった木々が木の葉を微かに揺らす。
私はその音に耳を傾けながら、眉間に皺を寄せた。
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次の更新は8月11日(金)12時頃に予定しております。




