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巨人と白黒の世界と踏んだ瓦礫

 全長百数メートルの炎の巨人が腕を振り下ろす。

 大木に喩えるのが失礼な程、太くて大きい藍色の炎の塊が、私達の身体を押し潰そうとする。


「ちっ……! あの魔王(やろう)……! 貴族達に分け与えた力を使って、復活したのか……!」


 私が動くよりも先に、サンタは私をお姫様抱っこすると、近くにあった建物の屋根に飛び乗る。

 サンタの脚が屋根に着地した途端、噴水広場は藍色の炎に満たされた。


「ヴァシリオスっ……!」


「嬢ちゃん、坊主の心配している余裕はねぇぞ!」


 サンタから指摘された途端、私は知覚する。

 炎の巨人──魔王の身体から放たれる禍々しく刺々しい匂いを。

 サンタに向けている殺意を、私に向けている憐れみを。


「くそっ……!」


 炎の巨人の胴体から槍を象った藍色の炎が発射される。

 炎の槍は勢い良く分裂すると、屋根の上にいる私達目掛けて降り注いだ。

 死の一文字が脳裏を過ぎる。

 濃い死の匂いが私達の周囲を取り囲んでいた。


「嬢ちゃんっ……! しっかり捕まっ……」


「サンタ、そこから動かないでっ!」


 動き出そうとするサンタを止める。

 私を抱き抱えるサンタの身体が硬直した途端、無数の炎の槍が私達の周りにある建物と屋根を貫いた。

 当てる気がなかったのだろう。

 私が知覚した通り、無数の槍は私達に掠る事なく、私達の周囲を破壊し尽くした。


「魔王の狙いはサンタであって、私じゃない……! どういう理由なのか分からないけど、彼はサンタを殺すつもりでも、私を傷つけるつもりはないんだと思う……!」


「あ、……ああ、そうみたいだな……!」


 足場である屋根が崩れ、私を抱えたサンタの身体が屋根の下に落っこちてしまう。


「あの巨人形態は膨大な魔力を浪費している! 多分、長くは保たねぇ! アイツの魔力が尽きるまで、とりあえず逃げ続けるぞっ!」


 藍色の炎に包まれた建物の中に着地しながら、サンタは巨人と化した魔王から距離を取ろうと試みる。

 だが、私達の逃走を許す程、魔王は優しくなかった。


「だから、甘いって言っているだろ」


 上空から聞こえる魔王の声。

 彼の声が聞こえた途端、濃い殺意の匂いを纏った彼の声を聞いた途端、『景色』が変わった。

 藍色の炎に包まれていた筈の屋内の色が、白と黒だけになる。

 私の色も、サンタの色も、白と黒だけになってしまう。

 視界がおかしくなったかと思いきや、赤い光が私達を照らし始めた。

 本能で理解する。

 この赤い光が危険領域である事を。


「………っ!!」


 赤い光が徐々に濃くなる。

 赤い光が濃くなる度、死の匂いが私とサンタの身体を包む。

 

「ちっ……! 逃げられそうにねぇな……!」


 サンタも気づく。

 魔王が攻撃を仕掛けようとしている事を。

 サンタの足でも逃げられない広範囲かつ高火力の攻撃を繰り出そうとしている事を。

 サンタは足を止めると、魔王の攻撃を撃退するため、準備を始める。

 それと同時に私の視界は甘い匂いを感じ取った。

 左側の窓の外から漂う甘い香りが私達を誘う。

 それを知覚した途端、私は生き残る術を察知した。


「サンタっ! 急いで左に跳んでっ!」


 お姫様抱っこされた状態のまま、私はサンタに指示を飛ばす。

 彼は私に言われるがまま、左に跳ぶと、窓の外へと飛び込んだ。

 本能に導かれるがまま、私はサンタの懐──聖女の証に触れる。

 私達を覆っていた赤い光が少しだけ薄くなる。

 その瞬間、魔王は放った。

 街を灰燼と化す一撃を。

 魔王が攻撃を放つと同時に、私は聖女の証に魔力を注ぎ込む。

 その瞬間、藍色の灯火と茜色の光が私達を埋め尽くした。







「う、ぐっ……」

 

 頭から生じる鈍痛が私の意識を呼び起こす。

 気がつくと、私の身体は焦げた地面と接吻を交わしていた。

 身体を起き上がらせる。

 レベール街だった場所は荒廃した焼け野原と化していた。

 建物だった瓦礫が辺り一面に散らばっている。

 槍のような形をした屋根の教会も、二等辺三角形みたいな屋根の家も、町の中心で鎮座している時計台も、

 剥げた地面の煉瓦も、落書き塗れの壁も、糞尿で埋め尽くされた裏道も、そして、食いかけのゴミと残骸物が屯している表通りも、全部ただの瓦礫となってしまった。

 多分、聖女の証がなかったら、聖女の証の力で結界(バリア)を使っていなかったら、私も灰になっていただろう。

 自身の生存を噛み締めながら、周囲を見渡す。

 何処を見渡しても、サンタの姿は何処にも見当たらなかった。

 付与魔術で五感を強化する。

 幾ら感覚を尖らせても、彼の匂いどころか気配を感じ取る事さえできなかった。


「やっと二人きりになれたな」


 空を仰ぐ。

 藍色の巨人──魔王と目が合った。


「サンタって野郎も、『必要悪』と契約を交わしたオーガ共も、傲慢な貴族達も全部殺した」


 何故か知らないけど、魔王は私に敵意も殺意も向けていなかった。

 同情、哀れみ、そして、周囲に撒き散らされる憤怒の匂いが私の脳を軽く揺さぶる。

 彼が今抱えている感情を理解できても、彼が何を考えているのか一切分からなかった。


「どうだ? ちょっとは楽になったか?」


「……なんで、貴方は……私以外の人を殺そうと、しているの……?」


「……やっぱ、まだ縛られているのか」


 息を荒上げながら、疑問の言葉を口にする。

 魔王は私の疑問に答えてくれなかった。

 いや、私の話に耳を傾けてくれなかった。


「アイツを……いや、この浮島(くに)を全部壊さねぇと、解放されないみたいだな。それ程、アイツが施した毒はお前を蝕んでいる」


「解放……? 毒……? 何を言って、……」


「聖女、テメェは洗脳されているんだよ」


 そう言って、魔王はゆっくり前に向かって歩き始める。

 全長百数メートル規模の身体が足を前に動かす度、彼は地面が縦に揺れ、足下にあった瓦礫を焼き砕き、焼け焦げた大地に巨大な足跡を刻み込んだ。

 それを見て、私は思い出す。

 豪邸の寝室。

 ヴァシリオスに寝室に案内された直後の出来事を。

 ちっちゃな宝石をつけた指輪の存在を。

 

「聖女、お前のやりたい事はなんだ?」


 思い出す。

 魔王に踏まれた際、四肢を失った貴族の身体はすぐに焼け焦げて原型を失ったけど、ヴァシリオスの身体は原形を保ち続けていた事を。


「答えられないだろ? そりゃそうだ。だって、お前はそういう風に加工されてんだから」


 思い出す。

 一つの事に集中し過ぎていた所為で、オーガ達の断末魔や蜘蛛(きぞく)達の暴走、そして、ヴァシリオスの動向を見落としてしまった事を。


「聖女としての役目を果たすためだけに加工された操り人形」


 ──掴んだ。

 この状況を打破するための鍵を。

 確実に結果を出すための方法を。


「有象無象を効率良く救うために生み出された都合の良い偶像」


 勝負は一瞬。


「聖女としての役目を果たす以外の機能も感情も排除された、使い手にとって都合の良い道具。それが今のお前だ」


 魔王が、炎の巨人と化した魔王が、遠慮なく、無造作に、不躾に、左足を上げる。

 魔王が焼け焦げた瓦礫を踏み潰そうとした瞬間、私は付与魔術を行使した。


「オレがお前を救ってやる。だから、聖女、サンタ(あいつ)じゃなくて、オレを選……」


「──っ!」


 右手を前に突き出し、魔王が踏み潰そうとした瓦礫の強度と硬度を強化する。

 最大限に強化したお陰で、瓦礫は焼かれる事も踏み潰される事もなく、魔王の足裏に減り込む。


「……おい、聖女。お前、何している?」


 が、あの巨体に痛覚というものは存在していないのか、魔王は強化された瓦礫を踏んでも痛がる事なく、首を傾げていた。


「なんで瓦礫を強化した? これを踏んでも、ちょっと違和感抱くだけで、痛みなんて感じねぇぞ」


 魔王の意識が私と踏んでいる瓦礫に向けられる。

 私は息を整えると、私を見下ろす魔王に視線を傾けた。


「分かっているよ、瓦礫を強化した所で、貴方にダメージを与えられない事くらい」


 私の目を見た途端、魔王の巨体は緊張と警戒の匂いを発する。


「だから、貴方に考えさせた。私が瓦礫を強化した理由を」


 だが、もう遅い。

 一瞬、ほんの一瞬、魔王は私と瓦礫に意識を傾けてしまった。

 その一瞬を見逃す程、『彼』はお人好しじゃない。


「時間を一瞬だけ稼ぐために……!」


「──上出来だ、嬢ちゃん」


 私の五感がサンタの匂いを捉える。

 何処からともなく現れたサンタは、巨大化した魔王の背後──正確にはうなじ辺りに移動する。


「なっ……!?」


 サンタの存在に気づいた魔王は視線だけを背後に向ける。

 彼が視線を向けた途端、サンタはハンドベルを天に掲げた。


「──雪華(ニクス・)氷乱(グラディウス)っ!」


 鐘の音が響き渡る。

 その瞬間、雪の刃が魔王の巨体を脳天から真っ二つに引き裂いた。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 明日更新予定のお話で3章は終わる予定です。

 4章から後半戦始まるので、お付き合いよろしくお願い致します。

 次の更新は8月9日(水)12時頃に予定しております。


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