別荘と殺し合いと盗み
◆side:ヴァシリオス
「別荘建てたいからさ、ここ、出て行ってくれない?」
僕が聖女様に拾われて二年と半年以上の月日が経過したある日の昼下がり。
突然、やってきた貴族の人が聖女様達に孤児園の立ち退きを要求した。
どうやら貴族の人は王都からちょっと離れた所にある小高い丘の上に別荘を建てたいらしい。
でも、王立孤児園が邪魔だから、孤児達にどっか行ってもらいたいらしい。
「……立ち退きした場合、ここにいる孤児達はどうなるのですか?」
「んなの知らないよ。そっちで考えてよ」
ミアとケイ達と共に聞き耳を立てながら、応接室にいる聖女様達の声を盗み聞きする。
無責任な貴族の物言いに、ちょっとだけ腹が立った。
◆side:ヴァシリオス
聖女様はたくさん貴族の人と話した。
その結果、僕達は今いる孤児園から出て行かざる得ない状況に追い込まれた。
「これから孤児達はどうなるの?」
孤児園の立ち退きが決定して、半月以上の月日が経過したある日の夕方。
聖女様が作ってくれたブランコを漕ぎながら、僕は帰ってきたばかりの聖女様に疑問を呈した。
「こうなる事はある程度予期していました」
どうやら聖女様は貴族の身勝手さを熟知していたようで、予め策を用意していたらしい。
「王都内に新しい孤児園を設立します」
たぶん、新しい孤児園を作るために頑張っているんだろう。
聖女様はいつもより疲弊していた。
そんな聖女様を見て、僕は聖女様や孤児達に苦難を強いる貴族に苛立ちを抱く。
「安心してください。貴方達には今より良い生活をさせてみせます」
後日、聖女様は有言実行した。
本当に孤児達の生活を良くしてくれた。
ご飯の量が増えた。
美味しいものを食べられるようになった。
薄かった布団が厚くなり、衣服の数が増え、水を汲みに行かなくても水を飲めるようになった。
誕生日プレゼントを貰えるようになったし、僕より小さい子達は玩具や絵本を買って貰えるようになった。
本当に聖女様は僕達の生活を良くしてくれた。
──でも、僕は知っている。
聖女様の身体が前よりも細くなった事を。
聖女様が痩せ細るまで追い詰めた貴族達に反感を抱く。
もし。
もし貴族が別荘作りたいがために孤児院の立ち退きを要求しなかったら。
聖女様は新しい孤児院を作らずに済んだだろう。
もし。
もし王様達が良い政治を行なってくれたら。
僕もお母さんも、ひもじい思いをしなかっただろう。
お母さんは死なずに済んだだろう。
もしかしたら、孤児院にいる孤児達の数も減っていたかもしれない。
何で王様も貴族達も聖女様みたいに、誰かのために動かないんだろう。
どうして別荘を建てようとした貴族は、別荘を建てるお金で他の人を助けてやろうと思わなかったんだろう。
ふつふつと、王様や貴族達への不満が沸き上がってく。
ぶくぶくと、聖女様達に負担を強いる支配者達への敵意が膨れ上がってくる。
ふつふつと、ぶくぶくと。
ふつふつと、ぶくぶくと。
ああ。
……世界中の人が聖女様みたいになればいいのに。
◇
「…………」
レベール街噴水広場。
青い血と赤い血で彩られた広場の中心。
そこにいたのは、
──黒い水に変わりつつあるオーガ達の死骸と、四肢を失った貴族の喉仏を齧るヴァシリオスの姿だった。
「僕は……僕は、罰を与えたんだ……! 孤児達や聖女様に苦を強いた貴族に……!」
目から狂気と殺意を放ちながら、ヴァシリオスは口から赤く染まった血を垂れ流す。
彼の足下には四肢を失った女の子と女性の死体が転がっていた。
それを見た藍色の炎を纏った蜘蛛は今のヴァシリオスと同じ匂いを発すると、悲鳴に似た声を発する。
「よくも……! よくも、私の妻を……!」
藍色の炎で作られた八本の脚を交互に動かしながら、自らの糞尿に塗れた蜘蛛の男は鼻息を荒上げた。
彼もオーガ達を殺したのだろうか。
四肢を失った彼の身体には自らの糞尿だけでなく、青い血が付着していた。
「私達の四肢を奪っただけじゃなく、妻を……子どもを……!」
「お前らが先に僕の友達を殺したじゃないか……!」
「私は殺していないっ!!」
八本の藍色の炎を巧みに動かしながら、蜘蛛は血に塗れたヴァシリオスに向かって駆け出す。
ヴァシリオスは『危険な匂い』を発すると、血走った目で蜘蛛の男を睨みつけた。
「ヴァシリオスっ!」
殺し合おうとする彼等を止めようと、私は地面を蹴り上げる。
だが、私は暴走するヴァシリオスを止める力を持っていなかった。
「心器っ!!」
蜘蛛が攻撃を繰り出すよりも先に、私が付与魔術で身体能力を強化するよりも先に、ヴァシリオスは切札を切ってしまう。
私の力では絶対に止められない切り札を。
◇side:サンタクロース
(嬢ちゃん、絶対安全な所に行ってねぇだろうな)
レベール街っていう街から数百メートル離れた所にある無駄に広いだけの野原に着地する。
(さっさと嬢ちゃんの下に戻らねぇと。この案件はただの人間である嬢ちゃんには荷が重過ぎる。というか、俺でさえも嬢ちゃんだけで手一杯……)
嬢ちゃんに思いを馳せていると、空から藍色の流星群が降り落ちた。
遥か後方に飛びつつ、ハンドベルの形をした神造兵器を逆手に持ち替える。
そして、背後に視線を向けながら、迫り来る藍色の炎刃を逆手に持ったハンドベルで弾き飛ばした。
「逃げても無駄だってのっ!」
両腕に纏った藍色の炎を振り回しながら、魔王──絶対悪『証明』は怒声を上げる。
俺は溜息を吐き出すと、迫り来る二つの炎刃を紙一重で避けた。
「悪いな、魔王」
魔力を纏った左掌を魔王の肺に叩き込む。
俺の突っ張りを喰らった魔王は口から血を吐くと、無様な格好で地面の上を転がり始めた。
「嬢ちゃんを長時間放って置く事はできねぇ。一瞬で終わらせる」
地面の上を転がっていた魔王は体勢を整える。
そして、目にも映らねぇ速さで野原の上を駆け抜けると、一瞬で俺の間合いに入り込んだ。
魔王の動きはめちゃくちゃ単調だった。
予め敵の動きを予測していた俺は、持っていたハンドベルを放り投げる。
放り投げたハンドベルは、吸い込まれるかのように超スピードで駆けていた魔王の顔面に激突した。
額から血を溢しながら、魔王は両目を瞑ってしまう。
一瞬だけ怯んだ魔王を目視した後、地面を思いっきり蹴り上げる。
そして、一瞬で敵の目と鼻の先まで押し迫った。
「──遅えよ、絶対悪」
魔王の胸倉と右腕を掴むと同時に背負い投げを繰り出す。
受け身を取る事なく、魔王は地面に背中を打つけると、苦しそうな声を上げた。
間髪入れる事なく、魔王の身体を遠くに投げ飛ばす。
そして、放り投げたハンドベルを手元に引き寄せると、背中から地面に落下した魔王目掛けて、ハンドベルを投擲した。
「ちっ……!」
舌打ちしながら、魔王は上半身を傾ける。
投げたハンドベルが魔王の右頬を掠めた。
一瞬で魔王の間合いに入り込む。
そして、息を荒上げる魔王を睨みつけると、彼の鳩尾目掛けて拳を叩き込んだ。
怯んだサンタの右頬目掛けて左拳を叩き込んだ後、右の拳でサンタの顎を射抜く。
この間、僅か一秒足らずの出来事。
「が、ごぉ……!?」
俺のアッパーにより、魔王の身体は浮き上がる。
敵は仰向けの体勢で地面に倒れ込むと、すぐさま立ち上がった。
「く、……くそっ……! お前、さっきより強くなって……!」
息を荒上げながら、魔王は口から溢れた血を腕で拭う。
俺が思っている以上に弱体化しているのか、魔王の膝は笑っていた。
俺は懐からネックレス状の神造兵器を取り出す。
取り出した神造兵器を魔王に見せつけた。
「手は抜いてねぇぜ。ただお前を殺す事よりもコレを奪う事に全力を尽くしていただけだ」
魔王から奪った神造兵器を見せつけながら、俺は笑みを浮かべる。
この魔王の懐から奪った神造兵器には思い入れがある。
生前、『敢えて』回収しなかったものだ。
「聖女の証……! テメェ、それを返せ……! それは……」
「やだね。コレはこれからの聖女に必要なもんだ」
放り投げたハンドベルを手元に引き寄せる。
そして、ハンドベルを天高く掲げると、膨大な魔力を神造兵器に注ぎ込んだ。
「これで終わりだ──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
息を荒上げる魔王を睨みながら、ハンドベルを振り下ろす。
嬢ちゃんの魔力によって真価を発揮した神造兵器は光り輝く吹雪を生み出す。
トドメになり得る一撃。
今の俺が出せる渾身の攻撃を放った途端、魔王は頬を歪ませる。
「──まだ終わらねぇよ」
魔王の身体から藍色の炎が噴き出る。
その瞬間、俺の背筋に冷たいものが流れ落ちた。
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次の更新は8月7日(月)12時頃に予定しております。




