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罪悪感と償いと襲撃


「だから、聖女様。……お願い。僕達に罰を与えて」


 欠けた月と私が持っている蝋燭が、荒れに荒れた庭園を少しだけ照らす。

 私は──ヴァシリオスがこうなった遠因を作った私は、歯を食い縛る事しかできなかった。


「……聖女様」


 庭園の奥の奥にいるヴァシリオスが、闇夜に溶け込んだ状態で、私に声をかける。

 私は闇夜と一体化した彼を見ている事しかできなかった。


「嬢ちゃん、ここは俺に任せろ」


 今の今までヴァシリオスの話を聞いていたサンタが一歩前に踏み出す。

 それを見た途端、私は反射的に声を荒上げた。


「い、いい! こ、これは私の問題だから! 貴方には関係な……」


「でも、嬢ちゃんには荷が重いだろ」

 

 私が持っている蝋燭の灯りが、サンタの横顔を少しだけ照らし上げる。

 彼は不敵かつ湿っぽい笑みを浮かべたまま、視線だけを私の方に向けていた。


「安心しろ。嬢ちゃん。殺す気も危害を加えるつもりも毛頭ねえ。ちょっとお話するだけだ。だから、泥舟に乗ったつもりでドンと構えてろ」


「安心させたいなら普通の船に乗せて」


 冗談で私を和ませつつ、サンタはゆっくり庭の奥の奥にいるヴァシリオスの方に歩み寄る。

 そして、息を短く吸い込んだ後、こんな事を言い出した。


「おい、坊主。お前は一つだけ勘違いしている」


 一歩も動くことなく、私は闇夜に溶け込んだサンタとヴァシリオスをじっと見つめる。

 ……何もできない自分に心の底から嫌悪した。


「俺も聖女様(じょうちゃん)も、お前らと同じ咎人だ。お前らに罰を与える程、俺達は偉くもねぇし、そもそも権限なんかねぇ」


 庭園の奥の奥から腰を下ろす音が聞こえてくる。

 きっとサンタが腰を下ろしたのだろう。

 暗闇に浸っているので、誰が座ったのか分からなかった。


「……じゃあ、どうやったら僕らは許されるの?」


「坊主は誰に許して貰いたいんだ?」


 庭の奥の奥にいるサンタとヴァシリオスは口を閉じてしまう。

 夜風の音と生活音しか聞こえなくなってしまった。

 豪邸周りに立っているから聞こえる生活音が鼓動のように庭園の雑草を揺さぶる。


「……先人として言わせてもらう。お前らの罪悪感は一生消えねぇ。償わない限り、一生残り続ける」


 先に口を開いたのはサンタだった。

 彼のゆっくり噛み締めるような言葉が私とヴァシリオスの鼓膜に染み込む。

 

「誰かがお前に罰を与えたとしても、お前らは楽にならねぇ。どれだけ目を背けても、命の重みを知っている限り、奪った(つみ)の重みからは逃れられない。必要のない殺しは、お前らの(なかみ)を奈落の底に誘う」


 優しく諭すような声色で、サンタは残酷で無慈悲な言葉を紡ぎ続ける。

 今、ヴァシリオスがどういう表情をしているのか、私の目では捉える事ができなかった。

 けど、どんな顔をしているのかは手に取るように分かった。


「命の価値を知っておきながら、命を弄んだ。それがお前らの過ちだ。命を弄んだって自覚し続ける限り、お前らの胸の中にあるもんは永遠に無くならねぇ。自分を赦せないまま、お前らは奈落の底に沈んでしまう」


 サンタの咎人(せんじん)としての言葉が、私達しかいない庭園を優しく揺さぶる。

 私もヴァシリオスもただ聞く事しかできなかった。


「ちょっとでも胸の中にあるもんを軽くしたいんだったら、罪を償え。どれだけ時間を費やしてもいい。償い切れなくてもいい。自分を赦せるようになるまで償い続けろ。自分のために罪を償え」


「……自分のため……? 殺した人や、傷つけた人じゃなくて?」


「必要だったら、やればいい。けど、貴族達(あいつら)を害したのに理由はあったんだろ?」


 暗闇から首を振る音が聞こえてくる。

 サンタは敢えて口を閉じると、ヴァシリオスからの言葉を待ち続けた。

 待って、待って、待ち続ける事数十分。

 ヴァシリオスは声を震わせながら、疑問の言葉を発する。


「……どうやって、償えばいいの?」


「それは自分で考えろ。人に言われてやる償いは、ただの罰だ」


 布の擦れる音が聞こえてくる。

 多分、サンタが立ち上がったのだろう。

 彼のものと思わしき足音がゆっくり私の方へと歩み寄る。


「人を知れ、世界を識れ。思考を止めるな。常に最善を求め続けろ。そうすりゃ、答えはすぐ出ると思うぜ」


 ヴァシリオスは庭園の奥の奥から動く事なく、サンタの言葉に耳を傾け続けた。

 今、彼が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか、皆目見当もつかない。

 サンタの言葉は彼にとって価値のある言葉だったのか。

 それとも、──


「「──っ!?」」


 突如、私の鼻が『何か』を捉える。

 サンタも同じものを感じ取ったのか、西の方に身体の正面を向けた。

 『何か』を言語化するよりも先に、西の方にある教会と思わしき建物が爆炎を上げる。 

 爆音が庭園を揺らすと同時に、四方八方あらゆる場所から爆音が鳴り響いた。


「嬢ちゃんっ! 坊主っ! 気ぃつけろっ! 何かがこの街に攻撃してやがるっ!」


 夜の闇に浸っていたレベール街が爆炎によって淡く照らし上げられる。

 先程まで聞こえていた生活音が、人々の営みの音が、爆音と悲鳴によって掻き消された。

 焦げた臭いと動揺の匂いが私の脳を揺さぶる。

 知覚をフルに使っても、入ってくる情報が多過ぎて、何が起きたのか把握できそうになかった。


「──っ!? 嬢ちゃんっ! 頭下げろっ!」


 何処からともなく取り出したハンドベルを握りながら、サンタは目にも止まらぬ速さで私との距離を縮める。

 サンタの目に映った銀髪の少年を見た途端、私の身に何が起きようとしているのか、ようやく把握できた。

 すぐさま頭を下げる。

 それを待っていたかのように、私の頭上を藍色の炎の矢が通り過ぎた。


「ちぃ……!」


 ハンドベルで炎の矢を弾き飛ばしながら、サンタは額に脂汗を滲ませる。

 焦っている彼を見た瞬間、危機感を抱いた。

 ──ヤバい事が起きている、と。


「──おい、サンタとやら。テメェに恨みはねぇが、ここで死んでもらう」


 聞き覚えのない声が私の背筋を撫で、サンタの注意を引きつける。

 少年のものと思わしき声はサンタの背後から聞こえて──


「──聖女(そいつ)を救うのは、オレだっ!」


 サンタの頭と胴が切り離される。

 切り離された彼の頭部が地面に落ちた瞬間、私は手に持っていた蝋燭を落としてしまった。



 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、いいねを送ってくれた方、誤字脱字報告してくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は8月2日(水)12時頃に予定しております。


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