私とクリスマスと聖夜の向こう側
◇
『悪い、エレナ。人手足りねぇ。手伝ってくれないか』
サンタと別れて、早五年。
彼から貰った秘薬で幼くなってしまった身体も、元の大きさに戻りつつある、とある冬の日。
聖華アヴィス女子高等学校に通っている女子高生である私──エレナは小高い丘に来ていた。
「慌てて来たけど、……髪の毛、乱れてないよね」
児童養護施設の園長さんから貰ったスマホで自らの顔を確認しようとする。
スマホをタップ。
カメラのアプリを開く。
すると、仏頂面でスマホを見つめる私の顔が画面に映し出された。
スマホ画面に映し出された自分の顔を見る。
金色の髪。
傷一つない白い肌。
そこそこ小さい顔。
小さな唇。
星のように煌めく瞳を台無しにしてしまう無愛想な顔。
ようやく見慣れた私の顔──傷一つない綺麗な自分の顔が、スマホ画面一杯に映し出される。
聖女だった頃と違い、今の私は何処にでもいる若人でしかなかった。
この世界において、私の髪色は珍しい方なのだが、それも普通の範囲から逸脱していない。
聖女という役割から完全に解放されたのか、それともサンタと別れた瞬間に燃え尽きてしまったのか、今の私には特異性も特別性も微塵も感じ取る事ができなかった。
「すまんな、こんな所に呼び出して。合流地点が此処しかなかったんだ」
自分の顔を確認していると、背後から声が聞こえてくる。
小高い丘に登って来たばかりのツカサ先生──現在、私立高校で英語の教師をやっている──が、大きな袋を抱えつつ、私に声を掛ける。
彼は大きな袋を抱えていた。
どうやら、あの袋の中に例のものが入っているらしい。
「なぁ、エレナ」
「どうしました? 変なものを見るような目していますけど」
「……何でサンタ服、着てんの?」
「今からプレゼント配るんでしょ? だから、着たんですよ」
そう言って、私は身につけている自らの衣服を見る。
赤いナイトキャップ。
赤と白が入り混じった上着。
赤一色のズボン。
赤い服に巻きついた黒いベルト。
白い手袋に黒い長靴。
うん、どこからどう見てもサンタクロースの格好だ。
私は今サンタクロースの格好をしている。
「……そういや、お前が変わっているヤツだって事、忘れてたわ」
「何か言いましたか」
「殺意をルビに込めるな。おしっこちびるだろうが」
閑話休題。
ツカサ先生は強引に話を本筋に戻す。
「んじゃ、プレゼント配りに行くぞ。俺は公民館周りから始めるから、エレナは児童養護施設周りをやってくれ」
「いいですけど、……先代聖女は? 確かあの人も配るって言ってましたよね? 未だにトナカイの置物みたいな風貌しているのに」
「ああ、イザベラなら既にプレゼント配りに行ってる。俺やエレナと違って、あいつは魔術ってヤツを使えるからな。今頃、俺達の五倍以上の速さでプレゼント配り回っているぜ」
どうやら義母──先代聖女は既にプレゼント配りを始めているらしい。
最近、世間話程度ならできるようになった義母に想いを馳せつつ、私は『分かった』と呟く。
「んじゃ、これが近所の子供達に渡す予定のプレゼントだ。頼んだぞ」
ツカサ先生は大きな袋の中から袋を取り出す。
彼が取り出した袋は、そこそこ大きかった。
この袋の中にあるものが児童養護施設にいる子ども達に渡す予定のプレゼントらしい。
一体、何が入っているのだろうか。
そんな事を考えていると、ツカサ先生は『んじゃ、プレゼント配り終わったら、小学校前集合な。そこで次のプレゼント渡すから』と言って、公民館に向かって走り始める。
彼の全力疾走はとても速く、あっという間に丘の下に停めている車の下に辿り着いてしまっていた。
「……じゃ、私もプレゼント配りに行くか」
白い息を吐き出しながら、丘の下で光り輝く街を見下ろす。
丘の下に広がる街は、人工灯によって照らされていた。
コンクリートで造られた建物が沢山建っており、建物の中からは室内灯が漏れ出ている。
建物と建物の間に車が走っており、アスファルト覆われた道には年老いた街灯が沢山立っていた。
(あの時、見た光景と同じだ)
そんな事を思いながら、私は丘を下る。
ツカサ先生から貰った程々に大きい袋を抱え、児童養護施設に向かって歩き始める。
私がサンタ服を着て、プレゼントを抱えている理由は至って単純。
町内会のお手伝いだ。
今日はクリスマス・イブ。
子ども達が健全に成長する事を心の何処かで願っている町内会の老若男女は、公民館や児童養護施設等で待っている子ども達にプレゼントを渡したいという欲望を抱いているらしい。
お手伝いしたら美味しいケーキを貰えるらしく、私は甘いものを食べたいという理由で、ツカサ先生含む町内会に手を貸す事を選択。
そういう訳で、私はサンタ服を着ているし、程々に大きい袋を抱え、児童養護施設──現在の私の生活拠点──に向かって歩いている。
「〜♪」
クリスマスっぽい歌を口遊みながら、私は丘を下り終え、アスファルトに覆われた道の上に降り立つ。
街の中は見覚えのある匂いと見知らぬ匂いに包まれていた。
初めて嗅ぐ匂い。
嗅ぎ慣れた匂い。
嗅ぎ慣れていない匂い。
それらが私の五感を揺さぶる。
ただ聞こえてくる音も聞こえてくる言葉も、今の私にとって聞き覚えのあるものだった。
(目的地まで、……大体五分くらいかな)
迷う事なく、目的地に向かって歩き続ける。
その瞬間、空から白くて冷たい欠片のようなものが舞い降りた。
足を止め、空を仰ぐ。
空から降ってきたのは、真っ白に煌めく雪だった。
人工灯に照らされた街に綿毛みたいな雪が、しんしんと降り落ちる。
建物と建物の間を吹き抜ける夜風が、私の背中に雪片を叩きつける。
まるで私の背中を押しているように吹き抜ける夜風。
その夜風を感じ取った途端、私は思い出した。
サンタがくれたクッキーの味を。
(……もう一度、あのクッキー食べたいな)
サンタの姿が脳裏を掠める。
そこそこ時間が経過したにも関わらず、サンタの顔は忘れていなかった。
というか、鮮明に思い出せる。
結構ドジな所も。
悪人であると自称しているのに、ドがつく程のお人好しだった所も。
そして、私という命を最期の最後まで向き合ってくれた所も。
全部、覚えている。
(やっぱ、私、サンタの事が好きなのかな)
あれから早五年。
私の中にある疑問は未だに答えは出ていない。
サンタに対する好きが恋愛としての好きなのか、それとも友人としての好きなのか。
未だに私は理解できていなかった。
「ま、いっか。今は分からないけど、その内、分かるだろうし」
雪降る街の中を歩きながら、今高校で流行っているクリスマスソングを口遊む。
ああ、そうだ。
サンタに向けている好きの正体は、いずれ出てくる。
先代聖女が一層の世界に帰る方法を探しているし、私自身も高校を卒業したら世界中を飛び回って、元の世界に帰る方法を探すつもりだ。
そのために、今は高校に通いつつ、ツカサ先生達から外国語を沢山教えて貰っているし、世界中を飛び回るために必要な資金もバイトで稼いでいる。
先代聖女も『あとちょっとで元の世界に戻る方法が見つかりそうです』みたいな事を嬉しそうに言っていたから、時間の問題だろう。
もう少ししたら、第一王子達──先代聖女曰く、第一王子は0から国作りしているらしい──と再会できるかもしれない。
そして、一層の何処かで今も人類の危機を救っているサンタと再会できるかもしれない。
サンタと再会したら、私の中にある好きの正体が呆気なく判明するかもしれない。
(まあ、好きの正体を知る事よりも、今は…‥)
悴んだ両手を見つめる。
サンタから手を握って貰った時の温度を思い返す。
もう一度サンタの手を握りたい。
彼の熱を感じたい。
そう思うと、何故か口元の筋肉が緩んでしまった。
「〜♪」
学校で流行っているクリスマスソングを唄いながら、私は再び歩き始める。
見知っている街の奥──目的地に向かって歩き始める。
「〜♪」
この世界にも私の居場所が沢山できた。
私の身体には今までも培ってきた経験も与えられた命も詰まっている。
友人も、隣人も、知り合いも、居場所も、立場も、理想も、故郷も、何もかも失ってしまったけれど。
私という命が次を求め続けたお陰で、私は沢山のものを得る事ができた。
児童養護施設に所属している友人も、ツカサ先生という恩師も、同じ学校に通っている学友も、新しい居場所も、女子高生という立場も、そして、先代聖女との再会も。
失い、別れ、一人になっても、命ある限り道は続いていた。
でも、あの日の痛みは命として今でも残り続けるし、あの日味わった命は今でも私の歩みを支え続ける。
私の中には、数え切れない数のプレゼントが山みたいに詰まっている。
だから、これから先も大丈夫だろう。
いつか別れてしまった第一王子達にも再会できる。
もう一度サンタの手を握る事だってできる。
それはとても困難で不可能に等しいんだろうけど、きっと私ならできる。
できる筈だ。
「〜♪」
遠くから聞こえる鐘の音が、私の歌声に掻き消される。
降り注ぐ柔らかくて温かい雪の欠片を背に受けながら、私は今晩も聖夜の向こう目掛けて歩き続けている。
─────完──────
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、最後まで読んでくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
今回投稿したお話で、『婚約破棄された元聖女です。ちょっと気絶している間に国が滅びました(略) 』の後日談は完結です。
本編で書き漏らした事をしっかり書き切れて、満足です。
此処までお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
この場を借りて、厚く厚く厚くお礼を申し上げます。
公募小説の下書きが終わり次第、本作品を微調整(誤字脱字の修正や矛盾の解消等)を行うつもりです。
本当に微調整できるのか現時点では分かりませんが、なるべくやりたいと思っております。
最後に改めて、此処までお付き合いしてくれた人達にお礼の言葉を申し上げます。
最後まで付き合ってからて、本当にありがとうございます。




