恵まれぬ者に金塊を(結)
◆side:クラウス
エミリーと別れ、浮島から離れ、一人になった俺は数多の平行世界を渡り歩いた。
生きた屍が生者を駆逐して回る世界。
医療が発達し過ぎた所為で、自滅を願う人が多くなってしまった世界。
神造兵器を手にしてしまった男が世界を征服し、人々に苦を強いる世界。
機械生い茂る世界で生み出された人造的な神が、人々を完全管理する世界。
色んな世界を周り、その度に俺は聖人として相応しい振る舞いを行った。
と言っても、俺ができる事は三つだけ。
騙し、盗み、逃げる事。
だから。
だから、俺は色んな世界を巡り、義賊ごっこを行った。
悪くて富んでいるヤツから金銀財宝を盗み、盗んだモノを恵まれない人々に押しつけた。
俺が行おうとしたのは、富の再分配ってヤツだ。
当時の俺は非常に若く、貧富の格差を『一部の奴等が富を独占しているからだ』と決めつけていた。
だから、富んでいる人達と貧しい人達の財力を同じにすれば、世界平和は実現できると本気で思っていた。
簡単に言ってしまえば、正義に酔い過ぎていたのだ。
正義というのは遅効性の毒のようなモノだ。
少量だったら摂取しても毒にならない。
適量であれば、薬になり得る。
だが、過剰な正義は別だ。
アレは人の目を眩ませ、人を暴走に駆り立てる。
かつての俺も、狂人だった。
余分に持っている奴等から金や食糧を奪い、それらを恵まれない人々に与える。
正義面した盗人。
義賊気取りの傲慢野郎。
義賊という名の皮を被った小悪党。
それが俺という人間の本質だった。
俺は善行をやったつもりだった。
富を余分に蓄えた悪人から金目のものを奪い、金目のものを換金後、食うものに困っている人達に食糧を分け与える。
それを延々と繰り返した結果、多くの人が救われた。
けれど、俺の所為で、新たな弱者が生まれてしまった。
俺がやったのは、富の再分配という名の剥奪だった。
俺が救いたい奴らは幸せになれるけど、救いたくない奴らは不幸になってしまうだけの愚行。
保有していた金銀財宝を奪われた悪人は落ちぶれ、何も悪い事をしていない悪人の家族も路頭に迷わなきゃいけない状況に陥ってしまった。
俺の独りよがりの所為で、余分に富を蓄えている悪人だけでなく、何も悪くない人も不幸のどん底に陥れてしまった。
それでも、俺は数多の平行世界を巡り、富の再分配を行い続ける。
次こそ上手くやる。
次こそ完璧にやる。
次こそ。
きっと次こそ。
劣化エリクサーで寿命を際限なく伸ばし続け、数多の平行世界を周り、義賊気取りの愚行を繰り返しながら、多くの恵まれない人々を救い、富を独占する悪人を懲らしめ、何も悪い事をしていない少数の人を不幸のドン底に陥れる。
それを何年も何十年も何百年も繰り返し、繰り返し、繰り返し。
その結果、俺は結論に辿り着いた。
──俺は聖人になれない、と。
自分の行った事が間違いだった。
それを自覚した途端、俺は義賊気取りの愚行だけでなく、劣化エリクサーで寿命を伸ばすという愚行さえ止めてしまった。
◆side:クラウス
義賊気取りの愚行を辞めた後、俺は天寿を全うするまでの間、普通に暮らした。
人気のない山の中にある古びた教会で働き、近くの村に住んでいる子供達に文字を教え、そして、天寿を全うした。
その後、魂が神性を帯びてしまっている所為で、俺は『精霊』って呼ばれる人間以上神未満の存在に変質。
『うわー、精霊になっちまったよ。これからどうしようかなー?』みたいな事を酒場──俺みたいな精霊が集う特殊な飲食店──で考えていたら、集合無意識体に捕まった。
『やる事ないんだったら、私の下で働きませんか?』
ティアナ──集合無意識体。
人類が先天的に共有している無意識を一塊にしたもの。
人類が獲得した超越的防衛機能。
人類の生存欲求を満たすために存在している安全装置。
……そして、人類が自滅を願った場合は『必要悪』という自滅装置を生み出す、人類の人類による人類のための存在。
そんな存在が精霊集いし酒場にやって来て、俺なんかをスカウトしたのだ。
「はっ、もう一度間違いを犯せって言いたいのか」
『それが間違いだったかどうか、確かめなくていいんですか』
ティアナの問いかけは単純だった。
それ故に、俺はティアナの誘いに乗ってしまう。
自分のやった事が本当に間違いだったのか。
聖人になろうとした自分は間違っていなかったのか。
それが知りたいが故に、俺はティアナの誘いに乗った。
ティアナの下で働く事になった。
そして、──
◇side:クラウス
「これでお終い……、と」
蔦に覆われた廃墟の合間。
かつて市街地だった場所は、緑に呑まれていた。
家屋だった瓦礫。
ひび割れた外壁を覆う無銘の葉。
教会だった建物を着込む大樹。
落ち葉や蔦に覆われた煉瓦の道。
かつて街として機能していた場所は、その面影が見当たらない程に荒れ果てていた。
その街の真ん中。
俺が倒した化物──純粋悪が断末魔を上げながら、息絶える。
死に始める敵を見て、俺は『ふぅ』と息を吐き出すと、地面に尻餅を着けた。
(エレナがいたら、もっと楽にやれていたんだろうな)
溜め息を吐き出しながら、自らを嘲笑う。
たった数ヶ月。
初代聖女達よりも共にした時間は短い。
にも関わらず、エレナの存在は俺の身体に絡み続けていた。
『ありがとう、ずっと一緒にいてくれて。楽しかったよ』
エレナが最期に言った言葉。
その言葉が俺の脳髄を優しく焦がし尽くす。
まるで呪いだと思いながら、俺は僅かに頬の筋肉を緩める。
「さて、次の仕事に行こうかね」
ティアナから提供される魔力を使い、身体の傷を治す。
ゆっくり立ち上がり、燃え始める敵の死骸を一瞥する。
そして、ゆっくり息を吐き出すと、俺は再び前に向かって歩き始めた。
「〜♪」
かつてエミリーが口遊んでいた唄を歌いながら、俺は次の現場に向かう。
心は軽かった。
当然だ。
もう求めているものは手に入ったのだから。
『大丈夫だよ、サンタ』
いつかのエレナの言葉が脳裏を過ぎる。
幸せそうな表情を浮かべるエレナの顔が、目蓋の裏を横切る。
『もう命と向き合えるから』
あの時、エレナが告げた言葉。
その言葉を聞いて、何故か俺は満たされてしまった。
今まで間違いだと思っていた生涯が、生涯を賭して行った愚行が、間違いじゃないような気がした。
何故そう思ったのか、今の俺には分からない。
その答えを得るには、まだ当分先の事だろう。
けれど、自らの悪女を受け入れ、今まで培った聖女も背負い、自分らしく生き抜こうとするエレナを見て、俺は思った。
『もう少しだけ自分の盗人と聖人を受け入れてやろう』、と。
「〜♪」
誰もいない廃墟だらけの街。
鉛色の空から雪の降る音が、聞こえてくる。
けど、雪の音は俺の鼻唄に掻き消されてしまった。
降り注ぐ柔らかくて温かい雪の欠片が、俺の頬を撫でる。
それを感じ取りながら、俺は聖夜の向こう側に向かって歩き続けた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は1月9日(木)20時頃に予定しております。




