恵まれぬ者に金塊を(起)
◇side:サンタ
「〜♪」
かつて初代聖女──エミリーが口遊んでいた鼻唄を歌いながら、俺は歩く。
見ず知らずの海岸を。
聖女エレナと別れて、そこそこの月日が経過した。
現在、俺は純粋悪と呼ばれる化物を討伐するため、見知らぬ世界を探索している。
この世界の人類は滅んでいるみたいだ。
だから、今回は聖女エレナのような頼れる相方はいない。
だが、雇い主であるティアナから膨大な魔力が与えられている上、第三王子のようなイレギュラーな存在もいないから、俺一人でも何とかなるだろう。
「〜♪」
波打ち際を歩きながら、俺は思い返す。
聖女エレナと別れた日の事を。
あの日、俺は彼女と綺麗に別れるため、一つだけ嘘を吐いた。
◆side:クラウス(=サンタ)
昔話をしよう。
まだ下の毛が生え始めたくらいの若かりし頃。
俺という人間は嘘を吐き、人を騙し、盗み、悪を成す事で生き長らえてきた。
「ああ、くそ……」
だが、時代は悪の繁栄を赦さない。
当時、生きるために盗み続けた俺みたいな小悪党も時代は赦してくれなかった。
(此処で終わりか……)
あの時の事は今でも覚えている。
雪が降り落ちる森の深奥。
木に寄りかかりながら、腹に突き刺さった矢を引き抜いた時の事を。
腹に矢が突き刺さってしまったのは、金持ちの家に盗みに入ったから。
金持ちが金で雇った番人が俺という盗人に致命傷を負わせたのだ。
「あー、みっともねぇ」
あの時の痛みも、あの時抱いた悔恨も鮮明に思い出せる。
油断した訳じゃなかった。
驕りもなかった。
でも、実力が致命的に足りなかった。
あの番人を欺ける程の嘘を当時の俺は吐けなかった。
それが、あの状態に陥った理由。
詰まる所、俺は小悪党だったのだ。
「命を助けてあげる」
そんな死を待つだけしかできなかった俺の前に、一人の少女が現れる。
癖のない金の髪。
傷一つついていない白い肌。
パッチリした目、薄い唇。
幼さが色濃く残った顔立ち。
平坦と言っても差し支えない慎ましい胸。
背丈は低く、年齢は恐らく十歳成り立て程度。
誰の目にも愛らしいと思える童女。
煌びやかなドレスを着て、上品な香りを漂わせる童女の顔には、幼さとは無縁な大人びた笑みが浮かんでいた。
「だから、私に貴方を使わせて頂戴」
空腹を堪える獣のような笑みを貴族特有の上品さで掻き消しながら、童女は俺に要求を突きつける。
それが初代聖女──エミリーとの出会いだった。
◆side:クラウス(=サンタ)
初代聖女──エミリーの目的は浮島に巣喰う神々の排除だった。
「神代が終わり、幾数年。浮島以外の大陸では人治国家が誕生しているのに、この浮島には未だ神々が浮島統一を目指して、権力闘争を行なっている」
当時の浮島は三つの国が乱立していた。
その三つの国は、それぞれ神が権力を握っており、人々を家畜みたいに扱っていた。
「このままじゃ、人々は神々に使い潰されてしまう。神々同士の権力闘争は徐々に激化し、人間達は都合の良い道具としてこき使われているでしょう。その結果、人間達は激化していく闘いについていけず、次々に息絶えてしまう。近い将来、この浮島から人間がいなくなるでしょう」
「つまり、人間達が生き残るには、神々から権力を奪い取り、人治国家を造らなきゃいけないって事だな」
「ええ、そうよ」
「半神半人の癖に、人の肩を持つんだな」
エミリーは神と人との間に生まれた子ども──第八皇女だった。
父は、浮島の東の方を治める国王であり草木を司る神王。
母は、神々に媚を売る事で生きながらえてきた神官。
神と人との間に生まれた雑種。
けれど、俺とは違い、第十二婦人の子どもである彼女の血筋は良かった。
「半神半人なのは、貴方もでしょ? お兄さま」
そう言って、エミリーは年不相応な笑みを浮かべる。
そして、持っていた石板に魔力を流し込むと、調べ上げた俺の経歴を読み上げた。
「名前はクラウス。性は無し。父は東の国の王であり私の父であるヘルバ。母は、十年前に東の国の娼婦街で名を馳せた売女。物心つく前に、流行病で母を亡くした貴方は寂れた神殿を管理する貧乏神官に拾われる。五年前、貧乏神官が老衰した後は、義賊として王族貴族の家に忍び込み、奪った食糧や金目のものを恵まれない人々に配り回る日々を送っている。……どう合っているでしょう?」
「何処で調べたんだよ、その偽情報。義賊として恵まれない人達に盗んだものを分け与えている? はっ、俺がそんな酔狂な真似する訳ねぇだろ」
「なら、貴方から分け与えられた食糧や金品のお陰で、生き長らえる事ができた人に会わせましょうか?」
「はっ、そんなヤツ、いる訳……」
「いるのよ。その人達がいるから、私は浮島統一に乗り出したのよ」
あの時のエミリーの眼は覚えている。
星のように煌めく眼。
エレナのように人目を惹くために目を輝かせるのではなく、自らの喜びを表現するためにエミリーは星のように目を煌めかせていた。
「会おうと思えば、明日にでも会えるわよ。貴方に救われたって言っている人達は現時点で五百六十一人。彼等が何処にいるのか、何処に住んでいるのか、私は全て把握しているわ」
「……」
エミリーが調べ上げた俺の情報は、ほぼ事実だった。
父の話も幼い頃に売女に聞いた情報と一致しているし、売女が亡くなった後は貧乏神官に拾われた。そして、神官が天寿を全うした後は盗みを働く事で生計を立てていた。
恵まれない人達に盗んだものを分け与えた事もある。
だが、それは善意で行ったものじゃない。
追手を巻くためだ。
盗んだものを押し付ける事で、身代わり(スケープゴート)に仕立て上げようとしただけ。
善意でやった訳じゃない。
「善意だろうが悪意だろうが、貴方は多くの人を救い、感謝されている。それは紛う事なき事実よ。貴方は気まぐれでやった事だろうけど、そのお陰で恵まれぬ人達に希望が生まれた。その貴方の気まぐれで生まれた希望を、私は骨の髄までしゃぶり尽くしたい」
そして、エミリーは提案する。
俺に聖人になれ、と。
「だから、お兄様。貴方には聖人になって欲しいの」
「……それが俺を助けた理由か」
「ええ、そうよ。貴方という聖人を使い、戦争するために必要な数の人を集め、人間を使い潰そうとする神々を一匹残らず排除し、この浮島に人治国家を創り上げる。それが私の目的であり、貴方を生かした理由よ」
神々が人間達を権力闘争の道具として消費するよりも先に、この浮島から神々を追い出す。
神々を追い出した後、人治国家を造る。
それが初代聖女──エミリーの目的だった。
「神々に戦争をふっかけるため、俺を聖人にする、……ねぇ。はっ、荒唐無稽な話だ。俺は小悪党だぜ。そんなヤツが清くて正しい聖人のフリができるとでも?」
「あら。神に勝てるかどうかよりも、聖人のフリができるかどうかの心配してくれているのね。神なんて眼中にない、その態度とっても心強いわ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるエミリー。
それを見て、当時の俺は思った。
『こいつ、嫌いだ』、と。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を送ってくださった 蒼月丸様に感謝の言葉を申し上げます。
皆さんがブクマしてくれたお陰で、本作品のブクマが100件超えしました。
ブクマ100は本作品連載前から掲げていた目標だったので、達成できて本当に嬉しいです。
この場を借りて、厚くお礼を申し上げます。
今回から投稿するお話は後日談という名の蛇足です。
諸事情で本編で明かさなかったサンタの過去、エレナと先代聖女の関係性の決着、そして、本編後のエレナ。
それらを描写するため、本日から1月11日までの間、後日談を1話ずつ投稿していくつもりです。
本編に引き続き、後日談も付き合ってくれると嬉しいです。
蛇足かもしれませんが、最善を尽くして後日談を更新していきますので、よろしくお願いいたします。




