お荷物と知覚と匂い
◇
「すまねぇ、一瞬は無理だった」
スイセンを纏った歪な鏡から無数の黒い枝が射出される。
ジェリカの周りを取り囲む黒い枝を高速で避けながら、サンタは謝罪の言葉を口にした。
「この姉ちゃん、普通に強えわ。ちょっと舐めてたわ」
そう言って、サンタはハンドベルを鳴らす。
鐘の音が響き渡った。瞬間、十字架にかけられた現聖女達に押し迫る黒い枝達が吹雪によって砕かれる。
サンタは自らの喉を貫こうとする黒枝の先端を紙一重で躱すと、ジェリカから大きく距離を取った。
(……一瞬で終わらせる事ができなかったのは、私と現聖女達を守っているからだ)
発狂しながら、歪な鏡を操作するジェリカを一瞥する。
理性を手放しているのか、彼女の攻撃は無秩序かつ無軌道だった。
何処に飛んでくるのか分からない。
そんな攻撃をサンタは私達を守りながら、捌き続けている。
このままじゃ、ジェリカよりも先にサンタの魔力が尽きてしまうだろう。
サンタの動力源である私の魔力も無限じゃない。
この均衡を保てるのも、後数分が限度だろう。
(私達を守っている所為で、サンタは攻勢に転じる事ができない……! なら、私がサポートを……)
サンタとジェリカの攻防を見る。
彼等の攻防は速過ぎて、目に映らなかった。
「ああ、くそ……!」
完全にお荷物だ。
私がいなければ、……いや、私が現聖女達を守りたいって我儘を言ったから、サンタは劣勢を強いられている。
彼の足しか引っ張っていない自分に腹が立つ。
これは私の問題だ。
力が足りていないとはいえ、彼に全部押しつける訳にはいかない。
(考えろ……! 何か私にもできる事がある筈……!)
鏡から飛び出た黒い枝の先端が押し迫る。
颯爽と私の前に現れたサンタはハンドベルで黒い枝を砕くと、再び超高速で動き始めた。
(とりあえず、何が起きているのか把握……! そして、現状を把握する事で、私にできる事を見つけ出す……!)
目を見開き、サンタ達の姿を追う。
が、幾ら集中しても、目で追えなかった。
(ダメだ、何が起きているのか全く分からない……!?)
考えろ。
何かある筈だ。
考えろ。
考えろ。
考え──
『あー、やっぱな。初めて会った時から薄々気づいちゃいたが、嬢ちゃんは人よりも『鼻』が良いみたいだな』
サンタの言葉が脳裏を過ぎる。
「──っ!」
ああ、そうだ。
どう凄いのか知らないけど、私にはサンタが褒めてくれた鼻がある。
この鼻を使えば、現状を打破できるかもしれない──!
意識を尖らせ、匂いに集中する。
物凄い勢いで動く二つの匂いを知覚した。
速過ぎて、何の匂いなのか分からない。
ダメだ。
サンタが褒めてくれた鼻でも、彼等の速度に追いつけな──
『つー訳だ。嬢ちゃん、魔力くれ。あいつら瞬殺してやるから』
サンタと初めて会った時の事を思い出す。
確かサンタは私から魔力を受け取った途端、物凄い速さで動けるようになっていた。
今だって私の魔力を使って動いている。
(多分、付与魔術みたいなもので身体を強化しているんだろう。魔力で身体能力を底上げしているのは、何となく分かる。でも、何であんなに早く動けるの? 元々の五感が優れているから?)
数多の疑問が脳裏を過ぎり、数多の推測が泡のように浮かび上がる。
(もしかしたら、五感を魔力で底上げしている? 五感を魔力で底上げする魔術ってあるんだろうか。そういや、付与魔術で身体能力を強化した事はあっても、五感を強化した事はなかったような気がする。もしかしたら、身体能力を強化する要領でやれば、付与魔術で五感を強化できるかも……!)
鼻に意識を傾けつつ、付与魔術を行使する。
その瞬間、人の臭いが、咽せ返る程に濃い緑の香りが、死臭が、地面の臭いが、腐った食べ物の臭いが、鼻腔を貫いた。
嗅覚の強化に成功した。
けど、サンタとジェリカの動きを知覚できなかった。
(まだ足りない……!? 鼻が良くなるだけじゃダメって言うの……!?)
考えろ。
考えろ。
この先に私が求めている答えが──!
『いや、鼻が良いってより五感で得た情報を無意識のうちに『匂い』として処理してんのか』
──掴んだ。
この状況を打破するための方法を。
視覚を、聴覚を、嗅覚を、触覚を、味覚を、付与魔術で強化する。
その瞬間、今まで知覚できなかったサンタとジェリカの動きが手に取るように分かった。
(──あ)
ハンドベルで攻撃を受け流すサンタの姿が、一秒間に数十本の黒い枝を射出する鏡の姿が、私の脳に叩き込まれる。
知覚できたお陰で、彼等のいる世界に辿り着いた事をようやく実感できた。
(サンタが鏡に攻撃しようとしている……でも、黒枝が現聖女達の下に……攻撃を止めて、現聖女達を守った……!? 守った所為で体勢崩れて、距離を取らざるを得ない状態に……!)
絶え間なく、サンタの動きを知覚し続ける。
黒枝が何処に向かって伸びているのかさえも手に取るように分かった。
いける。
これなら、サンタを手助け──いや、足を引っ張らないよう動く事ができる……!
「サンタっ!」
地面を蹴り上げる。
敢えてサンタが私の動きを読み易くなるよう、付与魔術で身体能力を底上げしなかった。
「私を守らなくていい! だから、鏡の破壊を優先してっ!」
サンタの一挙手一投足に意識を傾ける。
サンタは敢えて返事を口にしなかった。
──無数の黒い枝の先端が私の身体目掛けて押し迫る。
前進する度、先端を分裂させる黒枝。
槍のように尖った先端が、私の喉を、左肩を、右脇腹を、右太腿を射抜こうとする。
常人では知覚できない速度で繰り出される攻撃。
だが、動きが単調だったお陰で読む事ができた。
「──神威」
直撃するまで残り三秒。
信頼していると言わんばかりの態度で、サンタは切札を切ろうとする。
私を守ろうとしていない。
彼の期待に応えるため、息を短く吐き出し、付与魔術を行使する。
残り二秒。
身体を左の方に押し倒す。
そうする事で、喉と右脇腹と右太腿を貫こうとする黒枝を避けようとする。
左掌をサンタの右腕に向ける。
残り一秒。
首を左に押し倒す。
付与魔術発動に必要な魔力を消費する。
残り零秒。
黒枝の先端が右首を少しだけ掠める。
それと同時に、私は付与魔術を行使し、サンタの右腕──ハンドベルを持っている方──の腕力を底上げした。
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
光り輝く吹雪が世界を真っ白に染め上げる。
光の奔流のような吹雪は星のように瞬くと、黒枝を吐き続ける鏡を──
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
加えて、この場を借りて、誤字脱字報告してくれた方にもお礼の言葉を申し上げます。
報告されなかったら永遠に気づかないままだったので、誤字脱字報告してくれて本当にありがとうございます。
次の更新は7月25日(火)12時頃に予定しております。




