私と『彼』とお茶会
◇
「で、結局、貴方は何者なの」
王城にある庭園の片隅。
白い椅子の上に座りながら、私は机の上に置いてある果物に手を伸ばす。
私の向かいの椅子に座る第三王子──アルフォンス・エリュシオンは笑みを浮かべたまま、ティーカップを手に取ると、紅茶の臭いを嗅ぎ始めた。
「僕は僕ですよ」
「なら、質問を変える。貴方は『必要悪』と呼ばれる化物になったの? それとも、最初から『必要悪』と呼ばれる化物だったの?」
「貴方が考えている通りですよ」
「そういう所だよ。私が生理的に無理な理由」
これが最後の会話。
そう思ったので、私は遠慮なく本音をぶち撒ける、
第三王子は少しだけ頬の筋肉を引き攣らせると、持っていたティーカップを机の上に置いた。
「貴方はサンタに殺された。死は避けられない。そう思った貴方は残った強引な魔力を使って、私を此処に呼び込んだ。違う?」
「………」
「最後に私と話したいって思ったんでしょ? 私と向き合おうと思ったんでしょ? ならさ、自分の気持ちを隠したり、押し付けるの止めようよ。これが最後なんだからさ」
つい苛立ってしまい、口調が荒くなる。
すると、『彼』の瞳に私の姿が映し出された。
癖のない金の髪。
傷一つついていない白い肌。
パッチリした目、薄い唇。
幼さが少しだけ抜けた整った顔立ち。
程々に膨らんだ胸。
背丈は女性の平均程度、年齢は恐らく二十歳歳成り立て。
僧侶服に身を包んだ見慣れない私の姿が、『彼』の目に映し出される。
身体は元の年齢──幼くないにも関わらず、私の身体に傷一つついていなかった。
元の姿に違うけど、元の姿じゃない。
私だけど、私じゃない。
左目に刻まれた一文字の古傷も。
右腕に広がった火傷の跡も。
そして、身体中に刻まれた無数の切り傷や火傷の跡も。
サンタから貰った秘薬を飲む前に刻み込まれた私の傷が一切ない私の姿は、違和感の塊だった。
これなら、まだ童女の姿の方がマシだ。
何でか知らないけど、屈辱感を抱いてしまう。
「やはり童女の姿よりも、程々に熟したその姿の方が似合っていますね」
「じゃあ、これでお開きで」
白い椅子の座面から尻を離し、立ち上がる。
それを見た第三王子は、『すみません調子に乗りました』と告げると、頭を深々と下げた。
「その気持ち悪さ、よく隠し切れていたね。いや、前々から私に理想を押しつけたり、私の気持ちを考えずに私を褒めちぎっていたり、色々アレな所は見せていたけど、まさかそんなに気持ち悪いとは……ねぇ、さっき言ってた、アレ、本気なの?」
「ああ、貴女を孕ませたい云々の話ですか? アレは八割本気で言いました」
「……」
あ、やばい。
聞かなくていい事を聞いてしまった。
その所為で、『彼』の気持ち悪さが爆発してしまう。
「ただ僕は童女趣味じゃないので、二割くらい嘘を吐きました。本当は成人した貴女を孕ませたいと思っています」
「いや、八割の時点でドン引きなんだけど」
「ちなみに僕は貴方に赤ちゃんみたいに扱われたいと思っています。貴方の母性……いや、程々に大きいおっぱいで僕を癒して欲しいです。乳を与えてくれるのなら、尚更いい」
「よかったね、私で。もし他の人が聞いていたら、この時点で色々終わっていたよ」
聖女時代に培った『なるべく相手の話を聞こう。できる限り相手の事情を理解しよう』精神が仇になった。
最期の最後で赤裸々に自らの異常性を見せつける第三王子についていけなくなる。
まだ我慢できるが、このペースで『彼』の異常性が出てきたら、思わず罵詈雑言を口にしてしまうだろう。
というか、今の時点で『彼』と向き合うのが嫌になった。
「……で、話を強引に戻すけど、貴方、一体何者なの? 私が考えている通りって事は、もしかして、最初から化物だったの?」
「……ええ、そうですよ」
テーブルの上に水晶球のようなものが現れる。
水晶球の表面には赤ん坊が映っていた。
「本物の第三王子アルフォンス・エリュシオンは、産まれた直後に亡くなっています」
「じゃあ、貴方は偽物ってこと?」
「ええ、生物学的には。ですが、今まで第三王子アルフォンス・エリュシオンと生き、多くの人から第三王子王子アルフォンス・エリュシオンであると認識され、そして、今まで貴方と接し続けたのは此処にいる僕です」
『彼』は語った。
第三王子アルフォンス・エリュシオンは産まれた直後に亡くなった事を。
父である国王は第三王子の身体に『青い石』を入れる事で、第三王子の蘇生を試みた事。
「青い石ってのは、アレだよね。王都の地下で造られたエネルギーの塊。浮浪者や孤児を素材に作られた、あの……」
「ええ、そうです。その『青い石』です。現国王は亡くなった直後の第三王子に『青い石』を埋め込み、蘇生を試みた。その結果、『青い石』の素材である浮浪者や孤児達の魂の集合体が第三王子の死骸を乗っ取り、『僕』という人格が生じた」
「つまり、貴方は『青い石』と第三王子の死体により産まれた存在……第三王子の死と『青い石』、そして、国王の選択により、偶然産まれ落ちた存在って事……?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、貴方の人格の土台になっているのは」
「貴女が考えている通りです。僕の人格は『青い石』の素材になった浮浪者や孤児達の魂数百人分を元に作られた。数百人分の人格が重なり、第三王子の身体に刻み込まれた本性という方向性を得た事で産まれ落ちた存在。それが『僕』です」
第三王子は語った、自らの半生を。
生まれて間もない頃は、数百人分の人格が統合されていなかった事を。
その所為で自我の形成が普通の人と比べて遅れた事。
全然言葉を喋らない第三王子を見て、国王は『彼』を失敗作という烙印を押した事。
彼という失敗作を他の人に知られないよう、国王は第三王子を城の奥深くに閉じ込めた事。
そして、彼は長い間、白痴の少年として日々を浪費していた事。
それらを一切隠す事なく、『彼』は自らの半生を語り続けた。
「じゃあ、貴方が病弱だったのは、」
「ええ、僕は病弱ではありません。病弱であるが故に表舞台に出てこないというのは、国王が造り出した設定。白痴の子どもを公に出したくなかった。ただそれだけで僕は病弱な子ども扱いされてしまった。
「……いつ貴方は自我を獲得したの」
「貴女が聖女見習いになる前……くらいでしょうか。身体に埋め込まれた『青い石』に含まれた人格達が一つの感情を共有し始めたのは」
『彼』が自我を確立できたキッカケは、怒りだった。
『青い石』というエネルギーの塊にされた人々の嘆きや悲しみ、それら全てが怒りに変換され、数百の人格は一つに重なり、『彼』という人格が生じたらしい。
「自らの境遇や運命を嘆く彼等の感情が、怒りという感情で一つにまとまった。人間だった『青い石』が行き場のない怒りを抱いた事で、僕という人格が産まれた。その結果、人格を得た僕は果たさなければならない役目を会得してしまった」
──この行き場のない怒りに終焉を。
その言葉が『彼』という人格を形作り、そして、『彼』を凶行に駆り立てた。
「第三王子アルフォンス・エリュシオンの中に生じ、僕という人格を形成した怒り。それは元凶である国王や王族貴族だけでなく、この浮島にいる人達にも向けられました。なぜ私を助けなかったのか。なぜ自分は助けられなかったのか。なぜ俺だけがこんな目に。それらの疑問が怒りを呼び、そして、最終的に彼等は自滅を望んだ」
「……『青い石』に加工された人々の怒りを解消するため、貴方は浮島を滅ぼすための自滅装置──『必要悪』になった、……と」
庭園に吹いた一陣の風が私達の頬を撫でる。
『彼』は柔らかい笑みを浮かべたまま、『ええ』と呟くと、テーブルの上に乗った果物を見つめ始めた。
「ええ、そうです。この浮島の滅亡。それが僕という『必要悪』が産まれ落ちた理由であり、行動原理であり、この浮島にです。故に、僕は自らの役目を果たすため、表舞台に立った。あとは貴女が知っている通りです」
上品に微笑む『彼』を見て、私は眉間に皺を寄せる。
匂いで分かった。
『彼』が私と正面から向き合うつもりがない事を。
「僕の中にいる『青い石』の自滅願望は、巡り巡って、青い石に加工されていない人達の自滅願望を煽りました。この浮島にいる人達の自滅願望が膨れ上がる度、僕の力は徐々に増していった」
「でも、自然に増加するだけの自滅願望では、浮島を滅ぼせるだけの力は得られなかった。だから、貴方は──」
「魔王を復活させた、……と。人々の自滅願望を最大限に煽るために」
『彼』の言葉には嘘の匂いが混じっていた。
多分、話している内容の殆どは本当で、ほんの少し嘘を吐いているのだろう。
けど、何処までが本当で何処まで嘘なのか、私には分からない。
私は『彼』の事をよく知らない。
加えて、『彼』は自分の本心を隠し続けている。
この期に及んで、私と向き合うつもりがないんだろう。
『彼』の軽薄な態度を見て、私は心の底からガッカリする。
「魔王は最高の働きをしてくれました。アレのお陰で、人々の自滅願望は増幅。それに加え、身勝手な人間が増え、この浮島の秩序・経済基盤・物流・その他諸々を徹底的に破壊し尽くす事ができました」
「……第三王子アルフォンス・エリュシオン」
これ以上、『彼』の話を聞いても無駄だろう。
本当か嘘が判別つかない話を聞いた所で、何の価値がない。
なので、単刀直入に尋ねる。
「どうして私に固執し続けたの?」
最期のつもりで放った質問。
それが『彼』の動きを静止させる。
それに構う事なく、私は疑問の言葉を粛々と連ね始めた。
「どうして聖女時代の私の活動を支援してくれたの?」
「……」
「どうして私に執着し続けたの。それをしなければ、貴方は私達に勝てたのに」
「…………」
『彼』は沈黙を貫く。
この期に及んで、自らの本心を隠し続ける。
だから、私は言った。
『彼』が一番言われたくないであろう言葉を。
「もう私に好意を抱いているフリは止めなよ。──誰も貴方の事なんて見てないんだから」
ガタンと椅子の倒れる音が響き渡る、
勢い良く席を立った『彼』は右手を私の首に伸ばす。
そして、右手の指を私の首に食い込ませると、血走った目で私の顔面を睨み始めた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は本日18時、20時、22時頃に予定しております。
残り3話、しっかり更新していきますので、最後までお付き合いよろしくお願いいたします。




