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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D51 キュート・シテュの静かなる決意

 キュートの手錠と拘束具を外すと、暫くの間、キュートは黙っていたが――……静かにキュートの頭を撫でると、少しだけ照れ臭そうに俯いた。


 フルリュもほっとしたようで、今は<マジックリンク・キッス>を解除している。俺は屈んで、キュートと目を合わせた。


「すまんな。待たせた」


 そう言うとキュートは俺の手を握って、ぼろぼろと涙を零した。その様子を見て、俺はどうしてなのか、キュートと初めて会った時の事を思い出した。


 俺を助けた事に意味なんてない、と。でも確かにその後、キュートは言ったのだ。


『お兄ちゃんを助けたら何かが変わるんじゃないかって、思ったんだよ。それだけ』


 本当はずっと、誰かにこの事を聞いて欲しかったのかもしれない。同族を助けるための魔法陣を奪われ、あまつさえ『呪い』呼ばわりされ、そのまま亡くなってしまったキュートのばあちゃんの事を。


「…………巻き込むつもりは、なかったんだよ。ごめん」


「気にすんな。俺だってキュートに助けられなかったら、キュートを助けられなかった。持ちつ持たれつってやつだ」


「そうだ! なんなの、今の? あんな事ができるなら、別に修行なんてしなくても!」


 俺は隣に居るフルリュを指差した。キュートの目線が動くと同時にフルリュは俺の前に出て、キュートに頭を下げた。


「初めまして。ラッツ様の召使い志望の、フルリュ・イリイィと申します」


「俺は性格の悪い金持ちか何かか!! 友達だ友達!!」


 キュートは怪訝な様子でフルリュを見ると、ほほう、と下顎を撫でた。……何を納得したのか知らんが、うんうん、と頷いていた。その悪戯っぽい笑みから、困った事を考えているというのは明白だったが――……ふと、キュートは真面目な顔になって、言った。


「そっか。……<マジックリンク・キッス>?」


「そういうことだ、よく知ってるな。まあ、フルリュが居ないと発動できない技なんだよ」


「なるほどお……あ、あたしはキュート・シテュ。ついこないだ、お兄ちゃんの妹になりました」


 ……全く紹介になっていない件について。


 フルリュは頭に疑問符を浮かべていたが、苦笑した。


 まあ、何はともあれ一段落だ。後はロゼッツェルという男がキュートの魔法をパクったということを、第三者である俺が説明しに行けば良いだけか。


 と思っていたその時、キュートが言った。


「そっかあ。ハーピィにキスさせるとは、お兄ちゃんも中々の強者だね」


 言っている事の意味が、まるで分からない俺。僅かに頬を染めて、嬉しそうに身悶えしているフルリュ。


 キュートの放った意味深な言葉に、俺は腕を組んで首を傾げた。俺が理解出来なかったことに寧ろ驚きを感じているのか、キュートも同じように首を傾げる。


 ……そのまま、数秒の時が過ぎた。




「ハーピィのキスって、求婚の意味じゃないの?」




 ――――えっ?


 いや、聞いてないよ聞いてない。俺全く聞いてないよ。フルリュも何で嬉しそうになったり悲しそうになったり、情緒不安定なんだよ。


 俺が目を瞬かせていると、フルリュが戸惑いの表情で、俺の前に立った。忙しなく両手を擦り合わせている。


 その艶っぽい視線に、思わず俺は固まってしまった。


「あの、ラッツ様。こんな事を言ってもご迷惑かと思っていたのですが……」


「……な、何?」


「お母様にもちゃんと説明していなかったので、……その、まさか人間の方は、風習が違うとも思わなかったですし、てっきり私の想いは届かなかったのだと……」


「だ、だから、なんだよ」


 フルリュは決意を固めたようで、俺を睨み付けるように見詰めると、俺の両手を取った。


「正しくは、女性のハーピィからのキスは――『生涯、貴方に尽くします』という、意味です。男性からのキスは、それの許可……つっ、つまり、『生涯、添い遂げます』という意味、でして」


 …………思考が真っ白になってしまい、俺は貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、身動きを取ることが出来なくなった。


 フルリュは半ば叫ぶように、俺の両手を握ったままで言った。


「今度はちゃんと、お母様に説明してから出てきました!! 私をラッツ様のっ、っとっ、隣に置いては頂けないでしょうかっ!!」


 口からエクトプラズマ……もとい、口からガスピープルでも放出しそうな俺。まるで死刑判決を受ける前の被告人のように、俺を険相な眼差しで見詰めているフルリュ。


 じわりと、エメラルドグリーンの双眼から僅かに涙が。緊張に震えているのだろうか……。フルリュの背後ではキュートが、何やら感動しながら手を叩いている。


 俺はこめかみに指を当て、フルリュに言った。


「ちょっと…………時間、くれないかな…………」




 ○




「えー、そういうわけで、あんた達が信じていた『ロゼッツェル・リースカリギュレート』という人物は、もうここには居ない。戻って来る事も、ないかもしれない」


 俺は魔法公式を書いていた枝を捨て、腰に手を当ててアサウォルエェの民衆にそう言った。


 再び猫耳を装着した俺は、キュートとフルリュと共にアサウォルエェまで戻って来た。これまでのロゼッツェルが起こした行動、その意味、そして唯一かつ決定的な証拠となる、キュートの魔法陣についての魔法学的な説明。


 どうやら魔法には本当に疎かったらしく、殆どの者は右から左へ説明が流れたらしい。仕組みを理解できる数少ない者はなるほど、と頷きながら聞いていた。


 民衆の話を聞いてみれば、キュートのばあちゃんは死が近付くにつれて、頻繁にキュートを屋根裏部屋に連れて行っていたらしい。何を仕込んでいるのか知らないが、民衆にとっては得体が知れない内容だった。だから、ロゼッツェルがウォルェから来た時に『この場所には危険な人物がいる』と言われて、すんなり信じてしまったのだという。


「あの、それでもロゼッツェルさんには医師のように、助けて頂いていたんです。私達はこれからどうすれば……」


「知らん。自分で考えろ」


 まるでロゼッツェルはアサウォルエェの王であるかのように、治療と称して不当に高額な金を村人からせしめていた。そりゃ、病気が治らないのに治療費は貰えるんだから、永遠に金が入り続ける事になるってわけだ。


 あのハンスという不気味な男が「アサウォルエェの支配は当初の目的ではない」と言ったことも、単に自由に使える金を増やしたかった、という事なのだろう。


 俺達が戻る頃には、治療費等は全て回収された後だったのだ。


「知らんって……お前がロゼッツェルを追い出したんじゃないか!! ちゃんと責任取ってくれよ!!」


「責任だ?」


 俺が睨み付けると、吠えていた眼鏡の男は急に臆病になって、口を噤んだ。


「今さっき、ロゼッツェルがこの村にとって害だったってことは、満場一致で可決した事だったと思うけど。あんたもついさっきまで、ロゼッツェルを悪者にしてただろ?」


「だが、結局病気が治らないんじゃ……俺の妻の病気は誰が治すんだ」


 最も酷いのは、アサリュェの人々の態度だ。キュートのばあちゃんと仲良くしていた者まで、ロゼッツェルの言葉に賛同していたということだ。魔法公式を知っていた者でさえ、ロゼッツェルに買収されていた。キュートのばあちゃんは、元からあまり意思表示をしない人だったということだが……


 俺からしてみれば、声が出ないってだけで村の人間が信じられなくなるってのも如何なものかと思うが。まあ、村の中での繋がりなんて正直、そんなものということか。


 グループができれば、派閥が起こる。キュートのばあちゃんは、ロゼッツェルに信用力で負けた、ってことだ。


 でも、俺は窘めるように言った。


「何が正しくて何が間違ってるのかなんてのは、都合によって形を変える。だから、見た目だけでも治ってるように見えればそれで良いなら、そうすれば良いんじゃないか。それでいいなら、だけど」


 俺の言葉を皮切りに、次々と不満の声は湧いて出た。


「理不尽だ!! ロゼッツェルはアサリュェにいた医師を追い出したんだぞ!!」


「そんなに詳しいなら、あんたがここの医師になってくれよ!!」


 俺に向かって、次々に野次が飛ぶ。……これだから、民度の低い村ってのは嫌なんだ。小さなグループは多くの場合似た者同士が集まるから、他力本願が集まればこうなる、といったところか。


 思わず、拳を強く握り締めた。


 今回の被害を最も受けているのは、何年もダンジョンに閉じ込められていたキュートだ。そのキュートは俺の背中に隠れ、彼等に絶望を抱いているようだった。


 虫酸が走る。


「――――っせェな!! てめえに治せない病気なら、元々治せなかったんだよ!! 責任押し付けるくらいなら諦めやがれ!!」


 瞬間、場が静まった。


 キュートのばあちゃんはもう死んだ。帰っては来ないのだ。


 寿命だったとか、本当はストレスだったとか、内なる事情は誰にも分からない。でも、もう二度と戻って来ないのだ。


 もう二度と戻って来ないキュートのばあちゃんは、ここに居る腑抜けた男達に『呪いのババア』呼ばわりされていたのだ。


 同罪だ。例え言っていなくとも、ロゼッツェルに賛同していた時点で。


「医療に疎いなら医療を勉強すればいい!! 魔法学に疎いなら魔法を勉強しろよ!! 横槍入れて文句言うだけなら、どんなタコにも出来んだよ!!」


 ――なんだか、気が付けば止まらなかった。


 吐き出した言葉は、アサウォルエェの青い空に飲み込まれていった。呆然として俺の言葉を聞く男達に、俺は。


 何故か、思い出せない記憶のことを、俺は思い出していたような気がする。


 その、手触り。


 その、温かさ。




「…………本気で頑張ったって、上手く行かない事の方が多いんだからよ」




 ひとは、初心者だ。何度でも間違いを犯す。


 だから、自分を戒めるんじゃないか。


「お兄ちゃん、もういいよ。ありがと」


 キュートが凛とした態度で、前に出た。それは彼等に対してある程度、見切りを付けたという事なのかもしれなかった。


「……おばあちゃんがね、私に言ったの。おばあちゃんは喋れないから、魔法の説明が上手く出来ないんだって。だから、私にだけ教えるって言ったの。私とおばあちゃんは、言葉以外の方法で話ができたから――……お父さんもお母さんも、『王国招集』で帰って来なかったから」


 王国招集? ……また、分からない単語が出たが――……フルリュには分かったようで、息を呑んでいた。


 キュートは言った。


「この魔法を使えるようになって、いつか村が危険になったら、この魔法で皆を助けて欲しいって」


 その言葉は、どの程度伝わったのだろうか。キュートは背負っていた袋から、紙切れを一枚取り出した。俺には、少し見るだけでその内容が分かった。


 それは、キュートの背負っていた『回復の魔法陣』の公式、そして説明だ。


「……だから、これはあげる。今、病気で苦しんでる人に使ってあげてよ。時間はかかるけど、きっといつかは治るから」


 キュートは俺の腕を掴んで、引き寄せた。


 密着されたことで、キュートの体温と鼓動が伝わってくる。僅かな緊張と、それを上回る決意。キュートからは、そのようなものが感じられた。


「私は、お兄ちゃんと行く。もう、二度とここには戻ってこないから。……あとは、好きにして」


 それだけ伝えて、キュートは俺の手を引いて歩き出した。引っ張られるように、俺も歩いた。後ろからフルリュが付いて来る。


 呆然とキュートを見守る民衆。口を開いても、何も発言することができなかったようだ。


 きっと、心の底では伝えたくなかったに違いない。どうせあれを見たって、連中が魔法を使えるようになるとは限らない。いや、あの様子を見る限りでは、可能性は低いのかもしれない。


 それでも、キュートは譲歩した。それは、他でもないキュートのばあちゃんの為なのだろう。


 何を言われても、約束は守る。


 そういう、静かな決意だったのかもしれない。




 ○




 というわけで、俺達は再びティロトゥルェに帰って来る事となった。その日の宿はティロトゥルェで取って、翌日から人魚島へと向かおうという手筈だ。


 アサウォルエェからティロトゥルェまで、俺の隣にはキュートがべったりとへばり付いていた。初めはニコニコとその様子を見守っていたフルリュだったが――……次第にその表情は暗くなっていき、顔が強張り始める。


 晴れて温泉宿に到着する頃には、すっかりフルリュの機嫌は悪くなっていた。それを機に、俺はキュートに真実を話そうと決めた。温泉から出るや、卓袱台を囲んでキュートと対面に座り、俺はフルリュの淹れてくれた茶を前にして口を開いた。


「……妹よ。実は、重大な話がある」


「うんっ!! 何!? お兄ちゃん!!」


「実は、お前は俺の…………妹ではないっ!!」


「えええええっ!?」


「そこ驚くんですか!?」


 物珍しいフルリュのツッコミも通り過ぎ、キュートは卓袱台を叩いた。


「二人であんなに熱い夜を過ごしたのに!!」


「気温がな!! ていうか兄妹は熱い夜を過ごさねえよ!!」


 絶望した表情で、フルリュが浴衣姿のまま崩れ落ちた。……胸に手を当てて崩れ落ちる様は、何故か妙に絵になる。


「やっぱり、ラッツ様は小さい方がお好きなんですね……」


「何の話!?」


 真面目な顔で、キュートはのたもうた。


「あたしは絶対お兄ちゃんに付いて行くから!! 異論は認めない!!」


「俺の許可はいずこ!?」


 ……まあ、今回も騒がしいパーティーになりそうである。


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