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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第三章 初心者と小悪魔ネコミミと魔の国の人々
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D45 超・初心者への道

重複表現デプリケート・スタイル>は相変わらず使えない状態にあり、属性ギルドの加護を受けていない俺にとって体力と魔力の向上は望めない。


 よって、長く使い込んだ初心者スキルの呪縛から逃れる事は出来ず、膨大な魔力を必要とする上級スキルを覚える事は、俺には叶わないことだ。


 ならば、どうするか。


 頭を使え、ってことだ。


「<ホワイトニング>!! <キャットウォーク>!!」


 手にしたのは、キュートの住まうダンジョンで拾った二本の棒。大した攻撃力は持たないけれど、ずっと武器を中心に戦ってきた俺にとって、武闘家スキルよりは剣術スキルの方が使いやすい。まあ、状況に応じて変えて行くスタイルがやりやすいっちゃそうなんだけど。


 俺の目の前に居るのは、先日も戦ったユニゴリラ。怯えた表情をしているが、隙あらば俺を殴り倒そうという空気を見て取る事が出来る。こうも殺気を隠さないのにバレバレの演技をしている様は見ていて少しだけ癪に障るが、仕方がない。こいつもまた、意思を持たない魔物なのだから。


 強化した身体能力を武器に、俺は素早くユニゴリラの周りを回るように移動。速度を持って相手の背に回り、相手が反応し切れないうちに連続攻撃を放つのが俺の常套手段。だが――……


「グォオォォ!!」


「くっ……」


 あっさりと、ユニゴリラは俺の行動に反応してみせる。寧ろ、条件反射的に身体が動いたといったようで、特に俺の動きが速いとすら感じられていないように見えた。


 思わず、下唇を噛んでしまう。人間相手なら、もしくは下級から中級程度のダンジョンならば、この戦法で十分に通用してきたのだ。だが、支援魔法を付与してようやくスピード五分の相手にどうやって――――体力や魔力などは、勿論敵わないのに。


「ふぁいっ!! おー!! ラ・ッ・ツ!! おー!!」


 キュートが木の枝に尻尾を巻き付け、逆さまにぶら下がりながら俺を応援する。協力精神があることは嬉しいが、こうもふざけていると逆に茶化されているのではないかと思えてくる。


 ユニゴリラが突っ込んでくる。大きく右足を踏み込み、跳躍――――俺へと向かい、一瞬にして間を詰めてくる。本来、俺程度の耐久力でこの攻撃を受け止めるのは酷というものだが――――背に腹は変えられない。


 二本の棒を構え、俺は両足で踏ん張った。


「<パリィ>!!」


 ユニゴリラの拳が鳩尾目掛けて飛んでくる。その攻撃を俺は棒で受け流す。衝撃で辺りに砂埃が舞った。


 パキン、と軽い音がした。


「ちいっ!!」


 受け止めた棒が割れたのだ。そりゃ、これだけの攻撃をたかが木の棒程度で受け流そうとしているのだから、当たり前か――すぐに体制を立て直し、折れた棒を捨てる。左手で棒を回転させながら、俺は右手に魔力を込めた。


「<ホワイトニング・イン・ザ>――――」


 だが、ユニゴリラが俺の支援魔法詠唱時間など待ってくれる筈も無い。バックステップをした分だけ前ダッシュで詰められ、後ろ回し蹴りが放たれた――――…………


 瞬間、俺に蹴りを放とうとしていたユニゴリラは横っ飛びに、地面に突っ込んだ。


 俺は、脂汗を流したままでそれを見詰める。


「駄目だよそんなの!! 隙あり過ぎ、っていうか元から遅過ぎ!!」


 …………キュートがユニゴリラを蹴ったのだ。


 お手上げと言いたい気持ちをぐっと堪えて、俺は顔を上げてキュートを見た。今のユニゴリラの攻撃が俺に直撃していれば、俺は間違いなく瀕死。立ち上がる事も出来なかっただろう。


 つまり、俺一人なら既に死んでいた。


 キュートは半分諦めたような顔で、俺を見ていた。既にその瞳に怒りはなく、どちらかと言うと俺を哀れんでいるように見える。……へっ。


「ごめん、お兄ちゃん。……やっぱ、無理なんじゃないかな。『ゲート』まで送るからさ、ここは諦めて」


「わりいな、キュート。油断した。もう一体行こうぜ」


「お兄ちゃん!」


 キュートの忠告を無視して、俺は別のユニゴリラを探して歩き始めた。この辺りのユニゴリラ生息率はかなり高いので、少し歩けば次が見付かる筈、だ。


「……どうして、そんなに無理して『人魚島』に行こうとするの? そんなに大切な人が、魔界にいるの? 人間なのに」


 俺の背中に、キュートが声を掛ける。俺は一度立ち止まり、木の幹に左手を這わせた。


「大切っていうかな。少し一緒に旅した仲間だよ」


「だったらいいじゃん。弱くても、人間界に戻れば普通にやっていけたりするんでしょ? ほっといて、戻ればさ」


 キュートは平然と、そんな事を言った。俺は振り返って、キュートの顔色を伺った。俺が弱いと知っていて、この娘はそんな事を言うのだ。


「…………どうして、俺があっちでは普通にやれてると思った?」


 真っ直ぐに俺の目を見て、キュートは俺の問いに答えた。


「初めて目を覚ましたとき、迷わず私と戦おうとした。逃げる事前提でも、出し抜けると思ってた。……あたしにはそう見えたから、人間界では結構、強かったのかな、って」


 ――――なんだよ。


 脳味噌筋肉で出来てるような娘かと思いきや、意外と頭が良いじゃないか。


 胸に突き刺さる言葉に、俺は思わず視線を逸らしてしまった。


 そうだ。


 頭では自分が敵わない奴など星の数程居ると分かっていながら、身体はいつも突っ込む方にしか考えられない。


 なんとかなると信じていなければ、心は折れてどこかに無くなってしまう。


 だから。


「…………約束、したんだ。渡さないといけないものがある」


「モノ?」


 それは、俺の口からこぼれた、半ば希望のようなものだったのかもしれない。


 自分が強くないってことは、嫌という程味わった。どうしようもない状況にも出会した。なんとかなると思っても、どうにもならないことも確かにあったのだ。


「真実にしたい。もう嘘を付きたくない。後悔したくない。…………もしかしたら俺は、それだけなのかもしれない」


 その言葉は、どれだけキュートに届いただろうか。この娘も思いやりを持った魔族であるわけだから、もしかしたら少しは俺の言っている事の意味が理解されたのかもしれない。


 例え、俺が犯した失敗の全てを知らなかったとしても。




 ○




 とは言っても、急に強くなる事が出来るはずもなく。俺はキュートに守られながら、ユニゴリラを倒せずに苦汁をなめる日々を過ごした。


 別にユニゴリラが倒せたからといって、男マーメイドに勝てるとは限らないのだが。人魚島に潜入するために、最低限必要な実力は付けて行きたいという思いだった。


 元より、アカデミー時代から努力をすることそのものは苦痛ではない。だが、時間が無い『かもしれない』という不確定な要素と、あまりに話にならない自分の実力に、俺は焦りを感じていた。


 キュートの棚に置いてあった魔族の本から、初めて魔法公式なるものに手を付ける。キュートのばあちゃんのばあちゃんの……とにかく、代々伝わるなんとやら、というやつだ。文字は読めないが、魔法公式なら読むことができる。説明部分は分からなかったが。


 やがて無闇にユニゴリラと戦う事は止め、俺はキュートの家の庭で魔法公式の理解を進めるようになった。


 既に作られた魔法公式について、その解読を試みる。魔法学者か何かにでもなった気分だ。


 最も、魔法学者は<ホワイトニング><キャットウォーク>なんていう単純なものではなくて、遥かに難しい魔法公式を今日も研究しているのだろうけど。


「お兄ちゃん! 果物取ってきたよ、おやつにしよ!」


「しっ――――!!」


 何処ぞから帰って来たキュート。俺は振り返る事もせずに、目の前の本と魔法公式について眺めた。今まで自分が使ってきた魔法については、大方理解することができた――――難しいのは、その先。


凶暴表現バーサーク・スタイル>の解読だ。


「…………なんか、難しいことやってんねえ」


 ゴボウから流し込まれた魔法公式を羅列し、俺はその内容を吟味していた。今の俺では、圧倒的な体力・魔力差を埋める事ができない。――ならば、どうするか。


 その答えは、紛れも無く俺が純粋に一人で達成した<凶暴表現バーサーク・スタイル>にしかなかったのだ。


 庭が埋まる程の、複雑な魔法公式。これを自分が利用したというのだから、不思議なものだ。確かに、決まった公式さえあれば発動自体は誰でもできる。問題なのは、その魔法公式に必要なだけの魔力を自身が備えているかどうか。


 あとは、その魔法公式のコントロールが難しいかどうかだ。


「生命エネルギーだけじゃ、ねえな。この魔力の発生源は」


 キュートが俺の背中から顔を出して、書き上げた魔法公式を眺めた。……こんな研究、本当に学者か魔法マニアでもなければやる事はない。別に、内容を理解しなくたって使えるんだからな。


 電球がどうして光を発生させるのか、みたいなもんだ。原理を追うことってのは――……


 しかし、これがどうして調べてみると興味深い。


「……なんか、悍ましい感じだね」


「よく、雰囲気だけでそういうの分かるよな。キュートの言う通り、生物を破滅させる魔法公式だよ」


 本当の本当にゴボウが音を上げるまで、教えられなかった事がよく分かる。おいそれと、半端な覚悟で引き金を引けるものではない。


 何しろ、そこに書かれていたのは『生命エネルギーの連続的魔力変換』だ。文字通りに自分の寿命を犠牲にして、超人的な肉体と魔力を手に入れる。


 肉体強化の基本公式は<ホワイトニング>にも似ている。生命エネルギーを魔力変換して、そこからリミットの存在しない<ホワイトニング>的なモノを自分に掛けまくるってな具合だ。


 発動してしまえば、じりじりと生命エネルギーを消費しながら、際限なく自分に<ホワイトニング>を掛けまくるモンスターが登場する。それでも使い切れない魔力が意識を狂わせ、術者を再起不能にする。


 リミットがあれば良いと思うが、そのリミットを作る事ができない。何より、怖くて試験的に使うなんてことは出来たもんじゃない。


重複表現デプリケート・スタイル>も見てみたが、これらの魔法は基本的に、全ての魔法に共通して存在する『制限』って概念がない。


 肉体の制限を超える魔法公式。……読んでみれば分からなくもないが、こんなものが世の中に転がっているとは。


 該当の箇所を指でなぞると、キュートが目を丸くした。


「なんか、見たこと無いのがある」


「魔法公式、読んだことあるのか?」


「いや、ちゃんとはないけど。……でも、四大原則くらいは読めるよ」


 現代にはない、異例の強化魔法。おそらく公にならない秘密は、術者に掛かる負荷とその危険度からだ。魔法公式と一緒に、ゴボウの説明も書かれていた。読み飛ばしてしまえばそれまでだが、確かにこいつはヤバい。


 術者の意識が飛んでしまえば騒ぎになることは間違いないし、ふと間違えれば簡単に人が死ぬ。術者も、周りを巻き込むこともある。


 そんなにも危険で扱い難い魔法が世の中に出回ったら、大変なことになる。それこそ、世界を変えてしまう程の能力だって――……


 その時、ふと気が付いた。いつかゴボウが言っていた言葉を思い出した。


『まだ、我々の居なくなった現代では解明されていないようだが――この世界は、途方もなく大きな魔法公式によって成立している。海も、川も、大地も、全てはその『秩序』とも呼ぶべき魔法公式の影響を受けている。我々はそこに――――追加したのだ』


 ゴボウはここまで辿り着いたからこそ、世界を変える事ができたのではないか。


「……急に、作り物めいてくるな」


「え? なにが?」


「この、『ダンジョン』っていう出来過ぎた境界線と、人間界と魔界のことさ」


 俺は立ち上がり、両手に魔力を込めた。


 予定通りに、魔法公式を展開する。そうすると、俺の身体から放出されたものではない――未知の魔力が、足下から吸い上げられては身体を巡っていく。


 ざわざわと、身体に違和感が走った。


「おおー!! もしかしてそれって、大地の生命力!? あたしのご先祖様の『回復の陣』と一緒だね!!」


「……そんなに、神秘的なモンじゃないぜ。良いモンでもない」


 キュートの魔法陣がどうだかは知らないが、今俺がやっているのは大地の魔力を吸い上げる魔法公式だ。人間界に存在するのか知らないが――――ゴボウの残していった魔法公式は、全てこの『大地の魔力』とやらを切っ掛けにして、発動されているという法則があった。


 例えば俺の魔力量によって使える魔法が決まるなら、母体の魔力量を誤魔化さないといけない。魔力は使い切れば死んでしまうから、死ぬ前に身体がいつもセーブを掛けているのだ。だから、余程の事がなければ痛みを感じて身体が防衛本能を起こす。


 ゴボウの魔法公式は、これを『俺と、今立っている大地の魔力量』と置き換える事で、限界のリミットを超えさせているようだった。確かに母体が俺でないのなら、幾らでも融通は効く。その代わり、コントロールは遥かに難しくなるが――……発動の切っ掛けだけを作って、実際には使わないのならそう難しい事じゃない。


 これは、その手続きのようなものだ。俺の魔力と、大地の魔力を融合させること。


魔力融合マテリアル・フュージョン>とでも名付けようか。


 瞬間、パン、と俺の右手で爆発が起こった。融合に失敗した魔力同士が反発を起こして、右手に強烈な痛みを覚える。


「づっ……!!」


 融合の量が多過ぎると、扱い切れなくなる。……だから、ゴボウの魔法は大地の魔力を直接利用しないんだ。


「お兄ちゃん!! 大丈夫!?」


 キュートが心配そうに俺を見ているが、文句は言ってられない。


 どうにかして、新しい戦術を生み出さなければ。



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