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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第一章 初心者とベタ甘ハーピィと山の上の城壁
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A20 そして時が動き出すように、ラッツは駆け出した

 シルバード・ラルフレッドとダンドの一味が去った後、俺は。


 意気消沈して、丸太の椅子に座っていた。フィーナ・コフール一人には大き過ぎる屋敷の裏、お茶会もできる庭の隅。フルリュが一生懸命、俺を励まそうとしている。


「ラッツ様!! またこれから頑張れば良いじゃないですか!!」


 ティリルが姉の真似をして、可愛らしく両手を振った。


「お兄ちゃん!! ふぁいと!!」


 さて、時はダンドが取り押さえられた時に遡る。


 一件落着してフィーナに腕を引かれながら、まあ俺はこの運命も仕方ないかと半分諦めていた。そんな時、


 かのシルバード・ラルフレッドに肩を掴まれたのである。


「ラッツ・リチャード君」


 何故かフルネームで呼ばれた時、俺は死の危険を感じた。


「あ、ハイ……。なんすか?」


「君の友人であり、僕の元部下のレオ・ホーンドルフの事なんだけどね。予定していないミッションクリアの通達が、僕に来ていたんだ」


 あー!! そんなん来るんすね!! と、俺は笑顔を貼り付けたまま、固まってしまった。シルバード・ラルフレッドは爽やかな笑顔のまま、俺に歯を見せて笑ったのだ。


 先程ダンドが剥ぎ取った、茶色のローブを手に持って。


「おかしいなと思ったんだけど、調べたら違う人物だということが分かったんだ。ミッションクリアを宣言したその人は、『茶色のローブを身に纏った少女を背負っていた』らしくてね」


 明らかに、その顔はフィーナを奪われたという、嫉妬の炎に燃えていた。


 終わった、と思った。俺は全身にひしひしと伝わってくる絶望を感じながら、かたかたと震えた。隣のフィーナは何の事か分からないようで、俺とシルバード・ラルフレッドの様子を見守っていた。


 フルリュは、あはー、と苦い笑いを浮かべていた。


「分かっているね。君にも事情があったんだと思って一度は黙っていようかと思ったけれど、君は一応、偽名詐欺の罪にあたってしまうんだ」


「……ば、罰金とか……」


「うん。レオは当時僕のギルドメンバーだったから、手柄は本来僕のもの。君は、ギルドリーダーの僕に『偽名を使って得た利益の全て』を払わなければならない」


「全て……? って、羽とか鱗とか……」


「そうだね。しめて十万セルほどかな」


「じゅっ――――!? ええ!? なんで!?」


 シルバードは理知的な瞳で俺を見詰め、笑みを浮かべ、その向こうに――黒い影を見せた。


「セントラルの『ギルドの掟』では、実利益での計算。そのようになっていたはずだけど」


 そんな、まさか。いやだって、俺はハーピィの羽と、マーメイドの鱗と――――あ。『ルーンの涙』か。


 実際に請求される事はないだろう、せいぜい怒られる程度だろうと。そこまで問題にはならないだろう、と思っていたから。


 シルバードの行動は、俺にとっては想定外極まりない行動だったのだ。


「いや……すんません、実はですね、今ちょっと、持ち合わせがなくて……ハハ」


「そうかあ。持ち合わせがないのかあ。……じゃあ、僕は『想定される価値以上のアイテム』で取引するしかないかな?」


「えっ――……」


 そうして、シルバードは俺のゴールデンクリスタルを奪い取ったのだった。


 そう、セントラルの『ギルドの掟』では、ギルドメンバーが得た利益は基本的にギルド全体で計上する。偽名を使えば、俺のミッションクリアの利益は全てギルドのものだ。


 それは知っていたけれど、『もしも払えなかった場合』の決まり事があるなんて、知らなかった。


 後で確認して知ったことなのだが、『もしも宣言段階でギルドメンバーがギルドに計上していない利益があり、対象者が支払い不能な場合、家、固定資産、アイテム、その他あらゆる資産をギルドは取り押さえる事ができる』とあったのだ。


 思う所では、過去に何度も『利益隠し』の事件があり、ギルドのルールも段々と厳しくなっていったのではないかと思う。


 いや、それにしたって。


 相場以上のアイテムが奪い取られるなんて、想定外だ。


「じゃあ、これは僕が責任を持って、冒険者バンクに売ってくるよ。なに、換金された資金の一部は配当としてギルドメンバーにも払われるから心配するなよ。まあ、受取人は『レオ・ホーンドルフ』だけどね」


 俺は泣いた。泣いて懇願した。だって、ゴールデンクリスタルは売れば百万はくだらない代物だ。加工して、もっと高値で売り飛ばそうとしていたのだ。


「ちょっと待ってくださいよ!! ごめんなさい、偽名の件は謝りますから!! ていうか、今すぐ売りますから!! 売るまでちょっと待って!!」


「僕は『今』、ラッツ君の偽名の罪を宣言する。『良いじゃないか、君にはフィーナが居るんだから』。それとも、裁判するかい?」


「NOOOOOOOO――――――!!」


 あの男、涼しい顔して絶対に俺の事を恨んでいやがる。これが真実ならまだ良いが、フィーナの求婚ってのは嘘なのだ。それがなければ、シルバード・ラルフレッドも笑って俺の事を見逃してくれたと思う。いや、確実に。


 従って、俺はたかだか二回の偽名詐欺で百万相当の宝石を奪い取られたのであった。


 あのシルバードとかいう男、次に会ったら許さん。あのゴールデンクリスタル、絶対に奪い返してやる。


 ……いや、俺にも落ち度があるんだから、ちょっと何とも言えない状況ではあるのだけど。それにしたって、幾らなんでもこれはやり過ぎだろう。常識人のやる事じゃないぜ。


「ラッツさん、そもそもどうしてお金が無かったんですか? 聖水を売ったお金があったでしょう?」


 フィーナが笑って、俺にラムコーラを差し出した。俺は放心したまま、フィーナを疲れた眼差しで見詰めた。


「いや、それが……ねえんだよ」


「え? ない?」


 きょとんとして、フィーナが目を丸くした。……まあ、俺にも色々あったのだ。


「エンドレスウォールと戦った時に、財布が飛んで行ったっぽくてさ。身分証明書も、アカデミーの卒業証書も、全部どっかに行っちまったんだ」


 それは、セントラルに戻って一息ついてから分かった事だったが。激しい戦いの最中、そんな所に気は回らない。


 ラムコーラを受け取った右手を撫でると、フィーナは薄笑いを浮かべていた。


「あら、それはそれは……」


 何でちょっと楽しそうなんだよ。


「それこそ、私の旦那様になるしかなさそうですね?」


「いや、ならねえから!! 初めての交際は俺、ピュアな娘だって決めてたから!!」


「あら、私がピュアではないと?」


「ドロドロだよ!! ヤクザ顔負けだよ!!」


「ふふ、嫌われたものですね」


 軽く笑い飛ばして、フィーナはラムコーラを飲んだ。俺も、半ば不貞腐れてラムコーラを一気飲み。


 くそっ。せっかく金が貯まってきたと思ったのに、また振り出しからかよっ。


「主はいよいよ、私の冒険に首を突っ込む時が来たようだな」


 心なしか、リュックに刺さっているゴボウの声も楽しそうなそれに聞こえてくる。……俺が疲れているからだろうか。


「来てねえよ」


「まあ聞け。嘗て魔王――――」


 その時だった。


「楽しそうですね」


 どこからか声がして、俺もフィーナも辺りを見回してしまった。庭には俺達を除いて誰も居なかったが、ふと風が巻き起こった。


 俺達は、夜空を見詰めた。


 ゆっくりと大きな翼を広げ、一体のハーピィが降りてきた。その髪色はフルリュや妹のティリルと同じように金色で、真っ白な肌は夜空にも輝く程の美しさを放っていた。


 切れ長の瞳を緩め、ハーピィは俺と――フルリュ、ティリルに向かって微笑んだ。


「お母様!!」


「ママ!!」


 その反応を見て、俺はその人物が誰なのかを理解した。


 翼を広げて地面に着地すると、フルリュとティリルが、そのハーピィに向かって走って行く。……そうか。ついに、探しに来たんだな。


 フルリュの母さんは二人を抱き締めると、穏やかに微笑んだ。


「何事も無くて、何よりです。心配しましたよ」


 まあ、何事も無かったかと言えば、何事はあったが。……面倒事、と呼べるくらいには。


「ごめんなさい、お母様っ……!! ティリルが中々見つからなくて、私……」


「ママー!! ごめんなさい!!」


 怒るでもなく、フルリュの母さんは二人の頭を撫でていた。


 フルリュの母さんはふと、俺とフィーナを見詰めた。透き通るようなエメラルドグリーンの瞳も、フルリュにそっくりだ。フルリュも大人になったら、こんなに色っぽいハーピィになるのだろうか。


「ありがとうございます。あなた方が助けてくれたのですね」


「あ、いえ、私は何もしていませんよ。二人を助けたのは、こちらのラッツ・リチャードさんですわ」


 すぐにフィーナは訂正した。別に黙ってりゃ自分の手柄にもなったのに、こんな時だけ律儀な奴だと思う。フルリュの母さんは頷くと、俺に向かって頭を下げた。


「ありがとうございました。人間に出会ったら終わりかと思っていましたが、貴方のような方も居ると知って安心しました」


「あ、いや、別に俺は――――」


 と思ったが、フルリュを助けた事そのものは本当の出来事だし、敢えて礼を訂正する事も無いかと思った。寧ろそれは、失礼に当たるのではないか。


 まあ、二人共無事に助けられて良かった。上手く行かなければ俺達全員、今頃はエンドレスウォールの腹の中だったのだから。


 ではこんな時、俺はなんと言えば良いだろうか。


「……もう少し時間は掛かるかもしれないけれど、魔族と人間が安心して一緒に居られるような、そんな日が来たら――良いっすね」


 フルリュの母さんは、少し驚いたような顔をして――そして、微笑んだ。


 俺はもしかして、とてつもなく恥ずかしく、そして青臭い事を言ってしまったのではないか。直後に表現しようもない羞恥心が襲い掛かってきたが、赤くなった顔を夜風に晒すことで、どうにか悟られまいと努力した。


 そういう事は言わなくて良いんだ、俺よ。沈黙は金。雄弁は銀だ。


「さあ、帰りますよ。いつまでもラッツさんに迷惑を掛けてはいけません」


 フルリュの母さんはそう言って、アイテムを取り出した――思い出し草か。メモリーしたのは、きっとハーピィの故郷だろう。


 ……やっぱり、帰るんだな。


 俺にとっては数日間の、彼女等にとっては恐らく、途方もない程長い時間に感じられた筈の――――冒険は、終わった。きっとそこから先に待っているのは、嘘みたいに平和な毎日なのかもしれない。


 いや、そうであって欲しい、と願う。


 戻って来る、なんて言わないよな? 俺と一緒に旅を続けるなんて事には。


 フルリュは最後に、俺の方を振り返った。僅かにではあったが、俺の心臓は跳ね上がるように動き、知らず緊張してしまった。


 そして――――…………




「ありがとうございました!! 本当に、本当に感謝しています!! ラッツ様!!」




 そう言って、笑った。


 俺はどうにも照れ臭くなってしまい、何だか妙に歪んだ笑みを浮かべて、手を振った。


「達者でな」


 俺は何処ぞの爺さんか何かだろうか。


 フルリュとその家族が完全に消えると、俺はふう、と脱力して丸太に座り直した。ラムコーラのジョッキはとっくに空になってしまったのに、俺はそのジョッキに意味もなく口を近付けた。


 俺は、無心のままでいた。


 一瞬にして、静寂は訪れた。庭に響いているのは穏やかに鳴く虫の声。人の声はしない――……そういや、もう結構な時間ではないだろうか。さっさと寝床を探さないとな。


「……寂しいですか?」


 フィーナが俺から空のジョッキを回収して、呟いた。俺は生欠伸をして、うんと背伸びをした。


「別に。元々、どこのギルドにも所属してない根無し草だしな。俺もそろそろセントラルを出るよ」


 旅は道連れ世は情けと言うし。何かあれば助け合い、事が解決したらそれでさよなら。そんな感じでも、良いんじゃないだろうか。


 きっと、それで良いんだろう。


 俺としても、明日の日銭を稼ぎに行かなければ。結果として振り出しに戻った格好ではあるが、身軽なのも悪くない。


 フィーナは目を閉じ、僅かに微笑みを浮かべた。やがて諦めたかのように、空になったジョッキを両手に持ったまま、呟いた。


「じゃあ、今夜は一緒に寝ましょうか」


「ねえ人の話聞いてた!? 今の会話の流れおかしいよね!?」


 俺がツッコミを入れると、フィーナは寝間着と思われるローブ姿で、俺に向かってウインクをした。


「どうせ、今夜の寝床もないのでしょう?」


 不覚にも可愛いと思ってしまった事は、すぐに夜風に流して忘れる事にした。


 ……やれやれ。まあ、確かにそりゃそうなんだけど。財布も失くなったし、ゴールデンクリスタルも奪われたし。


 庭からフィーナの家に入る途中、今は俺の手に握られているゴボウが、ぽつりと呟いた。


「どうして私の話は途中で邪魔が入るのだ……」




 ○




 深夜。朝方までは、まだ少しだけ時間のある、夜の出来事だった。


 俺は慎重に窓を開き、後方を確認。綺麗に浮かび上がる満月を見て、ほくそ笑んだ。予めリュックにいつも入っている登山用のロープを窓枠に引っ掛け、続けて足を掛ける。


「……行くのか、主よ」


 一応空気を読んだのか、リュックに刺さっていたゴボウが小さな声で俺に話し掛けた。


「当たり前だろ。よりにもよってフィーナの家に寝泊まりでしかもヒモとか、これから何を要求されるか分かったもんじゃねえ」


「しかし、泊めてくれた礼くらいは……」


「言ったら逃げられなくなるだろーが!」


 おっと、いけない。声が大きいと、隣の部屋で寝ているフィーナが起きてしまう。俺は静かに慎重に、リュックを背負ったままでロープを下った。


 少し捻ると、登山用のロープが落ちて来る。俺はそれを、左手でキャッチ。直ぐにリュックの中に戻した。


「さーて、新たなる旅立ちの始まり、って所だな」


「これからどうするのだ、主よ」


「さあ。とりあえず、セントラル・シティは離れないとな。アカデミーの卒業証書が無くなって、属性ギルドに入れない事もほぼ確定した訳だし」


 俺には本当に、何も残っていないってことか……。ああ、このゴボウ? いやあ、それはちょっとあんまりだ。


 全く予想もしていなかったけれど、何だか全く予想もしていない方向に転がる人生を楽しむというのも、悪くないかもしれない。


 完全に考え方が遊び人のそれにシフトしつつある俺だった。


「しかし、あれだけ気に入っていた鳥娘を引き止めなかったのは見事だったぞ。やはり、私が認めた主だけの事はある」


「……やっぱり俺って、認められたから話し掛けられてんの?」


「何だと思っていたのだ!? いや、それ以前に何でちょっと迷惑そうなのだ!!」


 植込みをジャンプで飛び越え、俺は外に止めてあるアイテムカートへと走る。アイテムカートの鍵はリュックに入っていたので、どうにか無事だったらしい。


 さあ、再び無一文の旅の始まりだ。


「そういえば、今なら聞いてやってもいいぜ。逃げてる間のバックミュージック代わりに」


「……もういい」


「何だよ、スネんなよ。今はお前だけが話し相手なんだよ」


「……嘗て、魔王が封印されし頃に」


「あ、いけね。そういや靴ボロボロだわ。新しいのに変えないとな」


「いぢっただろ!! 今お主、私の事をいぢっただろ!!」


「あっはっはっはっは!!」


 誰もまだ目覚めていないセントラル・シティには、夜明け前の冷たい風が吹いていた。俺はすっかり忘れ去られたチークのアイテムカートを再び手にして、セントラル・シティを駆け出した。


 ダンジョンに入らず、ここから向かう事ができる道は――まあ、魔物に出会っても大丈夫かな? どんな事でも何とかなる気がしてきたのは、夜明け前のテンションがそうさせているのか、どうなのか。




「そういやゴボウって、男なの? 女なの?」


「何を言うか!! この声を聞けば男だと分かるだろう!! そしてゴボウではないっ!!」


 どうしてだろう、俺には女って言われたように感じた。


 何時の日か、こいつを元の魔族の姿に戻してやるのも、面白いかもしれないな、なんて。




 満月の夜にそんな事を考える俺、まだ職業は『初心者』です。


ここまでのご読了、どうもありがとうございます。

第一章はここまでとなります。


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