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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
最終章 超・初心者の手引き
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L168 築かれた、スタート・ライン

「もういっちょ行くぞおらああああ――――!!」


 それは、全くもって非現実的な光景だった。


 魔法を使う事が出来ない男が、生物ですら無いものを殴り倒している。魔力が使えず、移動速度に制限の掛かったボディは硬いが、その程度の物でしかなかった。


 蹴り飛ばせば、人間よりも遥かに重い質量を支え切れずに転ぶ。しかしやられているばかりではなく、俺の攻撃にきっちりと反撃してくる。


 その一撃は材質が硬いだけに重かったが、倒れる程ではなかった。


 仲間達はその様子を、呆然と眺めていた。あまりに小さくなってしまった、只の喧嘩のような戦いに、呆気に取られているのだろう。


 だが、戦い続ける必要があるのだ。


『紅い星』が、確実に停止するまでは。何処へも行かないように。


 戦いの最中、俺の中に次々と、失われた記憶が蘇って来た。他人事のように思えていた、爺ちゃん――トーマス・リチャード――との記憶も、はっきりと思い出す事が出来る迄になっていた。


 形が歪む事は無いが、着実にエネルギーを消費していく『紅い星』。予備のエネルギーでは、満足に動く事が出来ないのだろう。


 対する俺は、顔面痣だらけだった。鉄屑相手に格闘しているのだから、当たり前と言えばそうだ。


 その顔を、後ろ回し蹴りで真横から蹴り抜く。


 そうしている間に、何時しか俺の物ではない記憶も、俺の下へと迷い込んでいた。


 持ち主を失って行き場を無くしたトーマス・リチャード本人の記憶が、俺の下へと流れ込んでいるようだった。


「やめろ、ラッツ・リチャード!! 私は全生物の上を行く事を定められた者!! こんな所で、倒れる訳には行かないのだ……!!」


 あの時。『紅い星』に、トーマス・リチャードが挑みに行った時のことだ。


 ゲートには、『四人』までしか行くことが出来なくなっていた。四人通ると、片道は一定時間機能しなくなる仕掛けを用いて――……だから、戦場に向かったのも四人だった。特別に作った、『ゲート』を通じて。


 リリザ、オリバー、ガング、そしてトーマス。この四人が、戦闘要員だった。ただ一人残されたゴールバード・ラルフレッドは、創られた空間に移動する事が叶わないと知った時、トーマスに強い怒りを覚えたらしい。


『最初から、これが目的だったんだな!?』


 ゴールバードは、唯一トーマスから旧時代の『不死』の仕組みを受け継いだ者だったようだ。左胸に光る銀色の硬質物は、他の誰にも無い、トーマスとゴールバードの二人だけにあった。


 だが、始めからトーマスは、ゴールバードを残すつもりだった。……そうして、あの台詞をトーマスは残して行った。


『ゴールバード。……人間は、この星にとって『害悪』以外の何者でもない』


 分からなかった。ずっと、それがどういう意図で発された言葉なのか、俺は気になっていたんだ。


 起き上がった『紅い星』の腹に、俺は正拳突きを喰らわせた。


『だから、お前に任せる。俺が居なくなった、その後のことは』


 トーマスは晴れやかな笑顔で、若き日の涙を流しているゴールバードに向かった。そうして、その肩を掴んだ。


『……ひとを、導いてやってくれないか。この星の生物と、共存出来るように……。『紅い星』が居なくなった後、きっと人は露頭に迷うよ。そうした時に、古い時代の知識を持っている人間が必要になる筈なんだ』


 殴り続けた拳に、鈍い痛みを覚えた。だが、止まる事は許されなかった。俺は文句を言わず、ただひたすらに攻撃を続けていく。


 ゴールバードは、失っていた。『紅い星』に関する記憶を。歯抜けになった記憶は不自然に繋がり、やがて一つの間違った概念をゴールバードに植え付けた。


 ……そういう、事だったのか。


『俺達で、世界を変えよう。お前は残り、『ひと』を導く。『紅い星』は俺の手で、必ず抹殺する。……必ず、抹殺……抹殺、しなければならないんだ』


 若しも、生きているうちにこの事実が明確になっていたなら。


 どこかで、俺とゴールバードが分かり合える未来もあったのかもしれない。……その事実は、俺にそんな事を思わせた。


『そうしなければきっと、『ひと』はまた、同じことを繰り返すだろうと。……そう、思うんだ』


 繰り返さないさ。


 失ったものは、数多いかもしれない。だけど、それを数えていたら未来は何時まで経っても訪れない。


 俺達は、失った時こそ胸を張らなければならないんだ。


 何れ訪れる、より確かな未来のために。


「くそ…………!! まだ、何処かに『魔力』は残っている筈だ…………!! それさえあれば、まだ…………」


 俺は動きを止めた。……その発言を、待っていた。


 異空間で、四人が『紅い星』と戦った時。ガングはやられ、マウスは姿を変えられ、それぞれ異空間から放り出された。トーマスの視点で記憶は蘇る。トーマスは、最後に残ったリリザを元の世界へと返す為に、魔法を使った。


『トーマス!! 待ってくれ!! 私はまだ、戦える…………!!』


『いや。……ここから先に、希望はない。大丈夫だ、俺の後はラッツがどうにかしてくれるさ』


 リリザが『ゲート』に呑み込まれ、『ゲート』が閉じる。最後にトーマスは、リリザに笑顔を見せたらしい。


『その時には、世界は変わってる。ラッツが、新世界の『創造主』となるんだよ。お前はそれに付いて行け』


 それが、最後だった。


 トーマス・リチャードは。爺ちゃんは、それを最後に『ゲート』を閉じ、『紅い星』をその空間に閉じ込めたらしい。


 どうして、リリザ・ゴディール=ディボウアスが、俺の事を『主』と呼んでいたのか。


 その理由を、俺はこの旅を始めてから初めて、理解する事となった。


『無駄だな。そんな事をしても、結局は私に記憶を奪われるんだぞ? この空間の『パスワード』は、記憶に残っているじゃないか』


『だねえ。君の記憶はもう、世間から奪われてしまった事だし。助けは来ないな……どうしようかな』


 そうして、爺ちゃんは取り出す。記憶を抹消する為に、例のアイテムを使った。


 爺ちゃんの最後は、未来に希望を残した自滅だった。そうする事で『紅い星』から知識を取り上げ、閉じ込められた空間の『パスワード』は、失われた。


 同時に、そのセキュリティを解くための方法も。


『じゃあ、俺の記憶を皆が失うって路線でどうかな?』


 それが、『紅い星』と『トーマス・リチャード』。その両方の記憶が、世界から消えた理由だった。


 最後まで、茶目っ気に溢れた笑顔で。トーマスは、その場から姿を消した。絶望にも似た災害は嘘のように人々の記憶から失われ、生物には束の間の平和が訪れた。


 ……訪れて、しまった。誰も事情を知らないままで、不自然にも二つに分かれた世界で、それぞれの立場を守ったまま。


 俺の目の前に居る『紅い星』は、ついにエネルギーが残り僅かになったようだった。一か八かなのか、俺が消去した『魔力』を再びこの地に戻そうと、躍起になっているようだった――……


 これが、『神』を名乗ったガラクタの末路。俺は、ただ冷静に、その様子を見ていた。


「やはり、ある……!! どうやら、消え切っていないようだな……!! 世界の概念を丸ごと変更しているのだ。時間が掛からない訳がない……これで、再び元通りだ……!!」


 何かを、掴んだか。しかし、それではもう遅い。


 テイガの魔法が禁忌だとするなら、俺がやった事は反則のようなもの。既に引かれたトリガーは、元に戻る事は無いのだ。


 程なくして、『紅い星』の両手に、僅かな魔力が出現した。


「これで、やり直す事が出来る……。我々は、今一度――――――――」


 瞬間。


 彼方より出現した空間に、『紅い星』の身体は引っ張られた。……そうか。あれが、俺の用意した『無』の世界なのか。『境界線』にはまだ、光の概念はあるようだったが……それさえも、無い。或いは、『紅い星』が俺達を潰す為、最後に撃とうとした魔法に似ていた。


 俺はジャケットのポケットに手を突っ込んだままで。『紅い星』に向かって、口を開いた。


「…………言ったろ。『魔力』は、『消去』した。生物が生きられるように、生物に必要な魔力エネルギーだけを、別のものに置き換えたって」


「なっ……!? 私は、この星の……いや、この宇宙の『真理』を……」


 呑み込まれていく。その先に有るものは、何も無いってのも。なんだか、おかしな話だ。


「生物でないお前は、エネルギーを置き換えられる事はない。無理をすれば……一緒に、呑み込まれるぜ」


 どの道、直に予備のエネルギーも使い果たし、動かなくなるのだろうが。


 恐怖に引き攣ったような顔をして、『紅い星』は、叫んだ。




「いやだああああああ――――――――――――――――!!」




 その言葉を、最後に。


 生物至上、最強最悪の『化物』は。『神』に成ることは出来ず、虚無の空間に呑み込まれた。


 後に残ったのは、山のような『神』の紛い物。それも既に、動かなくなっていた。全ての魔法公式は機能しない、只の記号になってしまったのだ。それも当然と言えば当然――……


 ……………………はあ。


 俺は溜め息を付いて、その場にへたり込んだ。


 静寂が、訪れた。あまりの出来事に呆気に取られていた仲間達は全員、目を白黒させて俺の事を見ていたが。広大な大草原と、何処までも広がる青空の下。今更ながらに陽光の存在に気付いた俺は、その場に座り込んだままで空を見上げた。


「…………終わっ……た、のか?」


 呟いたのは、レオだった。ようやく立ち上がり、辺りの様子を見回していた。……もう、この場に敵は居ない。


「勝った」


 リリザが、呆然と呟いた。


「勝ちました……」


 フィーナも、目を丸くしていた。


「――――――――勝った!!」


 その声は、誰のものだったのだろうか。


 歓声が巻き起こった。草原の向こう側に避難していたらしい生物達が、戦いが終わった事を悟ったのだろう。俺達に向かって、一斉に走って来る。


 あれ……、後、何をすればいいんだっけ。先ずは、人間と魔族に事情を説明して……。ああ、もう『魔』族、なんて呼ばなくても良いんだっけ。


 ダンジョンも、跡形も無く消えてしまっているだろう。魔法は使えない訳だし、世界は統一された事だし……それから。


 あれ。そうか。……ダンジョンが無くなったって事は、『冒険者』そのものが無くなるんじゃないか。


 あれ?


 また俺、仕事を失ってるんだが……


 俺を中心に、騒ぎは大きくなっていく。裂けた大空は元の姿に戻り、今度は束の間ではない、真実の平和が訪れる。


 なんて。


 広がる歓喜の声を横目に、俺は一人だけ堪らない疲労と、僅かな達成感を前にして、ぽつりと考えた。


 ……………………まあ、いいや。



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