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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
最終章 超・初心者の手引き
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L165 この星の半分をお前にやろう

 頭は、真っ白になっていた。


 心の底から冷え切った時のように身体は動かず、非現実的な恐怖は心臓を鷲掴みにするようだった。


 数ですら、敵わない。地平線から歩いて来る『紅い星』の集団は、ざっと見るだけでも百体近い。……その全てが、『境界線』を越えていたとしたら。


 待て。落ち着いて、自身の勢力と相手の勢力を確認するんだ。どうにか冷静になれ。そう囁く自分が居た。しかし、戦力差なんて見なくたって分かる。


 絶望的だ。


「……なに、あの魔力」


 身の危険を感じ取る能力に一段優れているベティーナが、早くも杖を握り締めたまま、膝を震わせていた。エト先生でさえ、額に脂汗を浮かべて沈黙を守っている状況だった。


 その表情を見れば、否応無しにも分かる。このような現象と対峙するのは、誰もが紛れも無く初めてなのだと。


「この星の全ての生物が持つ、魔力。そして、魔法公式――……そういう類のモンを、根こそぎ覚えてきたって事だろうな」


 珍しい事でも無いと言ったように、マウスが補足した。……いや、マウスは既に諦めていたのかもしれない。リリザが封印を解いた時、そこに待っているのは世界の終焉だと。


 ……だから、去るティロトゥルェで『神具』にも『境界線』にも興味を無くして、酒場で飲んだくれていたのだろうか。


 先頭に居た『紅い星』と思わしき人型の機械が、近付いて来た。この草原には俺達の姿しか無いと、分かっていたのだろう。真っ直ぐに、俺達を目指して歩いてくる。


 生物とは思えない口には、しかし牙が生えている。徐ろに、言葉を発した。


「やあ、こんにちは。生物諸君」


 その声色に、俺は顔を顰めてしまった。……愚かにも、そいつは俺達の記憶にはない、しかし最も懐かしい声で、その言葉を呟いたのだ。


 トーマス・リチャード。


 俺は唇を引き結んだまま、仲間を護るように一歩、前に出た。


「あー、君がこの星の生物を代表する者だと思っても、差し支えないかな?」


 刺すような痛みを感じる。……別に、何をされている訳でもない。ただ、動けば誰かが殺されるかもしれないと、俺は恐怖しているのだろう。


 膝が笑わないように、胸を張るのが精一杯だ。


「……さあ、どうかな。この星に代表なんか居ねえよ」


「……そうか。なら、君でいい。……そうか、君は――私と同じ立場の者か」


 不思議な事に、そいつは恰も感情を持っているかのように、喜怒哀楽を表情に見せていた。しかし、それが本物ではないと直ぐに分かる。……何故かは分からないが、違和感が拭えないのだ。


 どこか、何かの反応をコピーしたような、不器用さが残っていた。


「どういう、意味だ?」


 俺が問い掛けると、『紅い星』は笑顔を浮かべて――この上なく、笑顔には見えない笑顔で――言った。


「私は、『トーマス・リチャード』を親として生まれたものだ。方法こそ違うが、君もそうだろう? ……トーマスと構成要素が似通っている。似て非なるものだが、確かに似ている――――しかし、この星への適合率はトーマスより、君の方が高いな。この星の生物が持つ構成要素のうち幾らかを、君は保持している」


 表情を変えることも、何かを喋る事も出来やしなかった。ただ、目の前に居る機械と似ていると言われた事に、俺は少しだけ、腹を立てたのかもしれない。


 怒ったところで、何がどう変わる訳でもない。今この場で戦えば、俺達は確実に負ける。


 それは、分かっていた。


『紅い星』は両手を広げて、俺達に背後の機械共を見せ付けた。『紅い星』と同じ姿をしたそれらは、ちょうどボスと思われる先頭の『紅い星』よりも後ろで立ち止まり、ぴくりとも動かなくなった。


 表情豊かだ。先頭のそいつだけは、俺に笑みを浮かべている。


 …………ふと、俺の後ろの仲間達には目もくれない事が、気に掛かった。


「酷いものでね、我が父親は、私を異次元に閉じ込めた上、強固なセキュリティを掛けてしまったんだ。お陰で、もう随分と長いこと、私は観察と研究しか許されない立場にいた」


「…………そうかい」


「これは、その時に作った私の『市民たち』だ。すごいだろう、皆、この星の全ての生物が持つ基準を上回る構成要素によって創られているんだ」


 何を言っているのか、まるで理解出来ない。……言葉は左から右へと抜けてしまい、ちっとも把握するには至らない所でふわふわと宙を浮いていた。


 なんで、こいつはこんなにも、俺に友好的に話し掛けて来るんだろうか。もしも本当に生物を潰したいのなら、文句も言わずに攻撃を始めれば、それで済む話だ。


 先程の攻撃で、俺に囁かな敬意なんかを持ってくれていたり、するんだろうか。


 敬意?


 ……この、無機質な表情で?


「この星の全ての生物について調べてみたが、やはり『生物』というものは、軟弱だな。あらゆるデータを基にして、最善を尽くす事が出来ない。……計算能力に劣っているのか、その『感情』とやらが邪魔をするのか、説は二つほどあるが――――不器用、とも言えるかな。それ故に、種族間での争いが起きる。優劣を判断する事が出来れば、無駄な争いは防ぐことが出来るにも関わらずだ」


 こんなにも、流暢に喋るとは。ちっとも想像していなかった。もっとこう、最終兵器的なモノなのかと。


 楽しそうに喋る様は、まるで――――トーマス・リチャードのようじゃないか。


 いや、まやかしに引っ掛かってはいけない。


 これは、恰も生物を模した――――恐らく、コミュニケーションを取るための手段でしかないのだろう。


「『対処不能』は有り得るが、『失敗』は有り得ないんだ、我々は。……故に、私は自らの父親を超えてしまった」


 しかし、その態度は些か傲慢なようにも見えた。


 必ず、最善を辿る事の出来るモノ。……それ故になのか、そこには絶対的な自信に近いものがあった。これが正しいのだと、主張するでもなく知っているかのような。


 ……機械っていうのは、そういう物だったのか。爺ちゃんの、世界では。


「自慢か? くだらねえな。……俺に話し掛けて来たって事は、何かの要求があるんだろ。さっさとそれを話せよ」


 挑発したつもりだったのだが、『紅い星』は悪びれるでもなく、まるで冷静に、俺の目を見て言った。


「そうだ。私達は、この星を拠点にしようと思う。それに協力しろ」


 ――――――――協力?


 思っても見なかった言葉が、『紅い星』から漏れた。奴が何をするか分からない以上、俺は奴から目を逸らす事が出来ないが――……今、後ろの仲間達はどんな顔をしているのだろうか。


 一体、俺達に何をしろと言うんだろう。


「我々は、これから更なる世界の真理に近付くべく、この星に存在する『魔力』とやらについてのデータを採取しようと思っている。まだまだ、我々には知識が足りない。何れはこの星だけではなく、全宇宙に存在する全てのデータを研究し尽くす予定だ」


「…………それで?」


「その為に、『生物』の情報が必要なんだ。私も後ろの仲間達も、この星に来てから『魔力』を動力エネルギーに変えて、こうして動いている。異次元に閉じ込められている間に、研究出来る事は全て研究した。……だが、実際に解剖していない」


 戦慄が走った。


 そうか、という、ある種の確信めいたものと同時に。トーマス・リチャードが、『紅い星』のことを『彼』だと称していた理由が、なんとなく分かった気がした。連続的に研究を重ね、独自に進化していく生物ではない何か。まさに『彼等』は、生物の上位種。生物に対しては、純粋な興味しか抱いていないのだ。


 情だとか、思いやりだとか、生物が持って当然の概念というものが、奴には無いのだ。


 人と虫の関係に似ているだろうか。


「幸いにも、この星の生物達は『共通言語』を持っていたから、話が早い。殺されると分かっている生物は、やはり逃避する選択を取るようでね。当たり前なのだが――『魔力』を扱う生物である以上、実は逃げられると面倒なのだ。殺せばそれまでだが、生きたままで調査をするのは中々に難しい」


 取引を、しようと言うのだ。


 残忍な、と表現するのは果たして正しいのかどうか。『紅い星』は笑みを浮かべて、俺に右手を差し出した。


「それには、生物の協力が必要なのだ。トーマスにも言ったが、やはり生物との交流は上手くいかない。我々には不完全な生物が持つ、独特の『感情』という概念が欠落している為だろう。それを使い、うまく誘導してくれれば、我々は殺す事なくサンプルを手に入れる事が出来る」


 そうか。


 だから、どうにもこいつの見せる笑みには説得力が無く、上っ面な雰囲気があるのだろう。そもそも気持ちや心みたいなモノを、こいつは持っていないのだから。


 成る程。俺は、生物を取り纏める管理者に抜擢される訳か。不完全であるが故に戸惑う人々を、こいつらの目標としている有利な状況へと導くのが役目。


 何時でも、生物の未来を閉じる事ができる異物。バックに最強の連中が居れば、確かに誰が相手でも、俺の言うことを聞くようにはなるかもしれない。


「その代わり、この星に生息する生物を絶滅させない事は約束しよう。ここまで繁栄している必要はないが、我々にも生物が持つ、新たな未来というものには興味がある。やがて、我々と同じレベルで物事を考えられる日が来るかもしれない」


「…………同じレベル?」


 まるで、俺達のレベルがこいつらよりも低いと言われているかのようだ。


「そうだ。君には生物種の管理者として、衣食住、あらゆる欲求を満たす生活を約束しよう。人間には、幸福に生きるという欲があるそうだ。それなら満足だろう」


 生かすも殺すも自由である奴等にとっては、まるで俺達がペットか何かのようだ。


「随分と、上からモノを言うんだな」


「いや、上からモノを言っている訳ではない。これは提案だよ、トーマスの子。共存する上で重要なのは、互いの権利関係を明確にする事だろう」


 気が付けば、俺の背後から仲間が一人、弾丸のように『紅い星』へと飛び掛かっていた。


 咄嗟の出来事で、予想もしていなかった俺は全く反応できなかった。『紅い星』の左首から振り下ろすように右脚を振るったのは、ツインテールに猫耳を持った、小柄な少女だった。


 反応出来なかった俺は、ただ棒立ちのまま、その一瞬の攻防を見る事になった。


 声もなく、飛び出したのはキュート。……恐らく、誰も予想出来ないタイミングで、不意を突く一手を打った。電光石火の動きで、まず先頭に立っている『親玉』とも呼ぶべきそれを、討ち滅ぼそうとした。


 だから、俺は目を見開いた。


 キュートの右脚は、確かに『紅い星』の首目掛けて放たれた。キュートの方向さえ見ることなく、右腕でキュートの右脚を掴んだ『紅い星』は。


「――――えっ」


 そのまま、キュートの身体を引き寄せた。まさか反応されるとは思っていなかったのだろう、キュートが呆けたような声を出した。


 そして――――…………


「生物には、『上位種』という概念があるだろう。それに近いものだ。寧ろ、妥協点を用意している我々は君達にとって理解のある『上位種』だとは思わないか」


 何が、起こったんだ。


 地面に向かって、叩き付けたように見えた。先程までまるで元気だった筈のキュート・シテュが、奴の足下でぴくりとも動かなくなった。


 首が、有り得ない方向に曲がっていた。瞬間、俺の背後で仲間達が、各々悲鳴にも似た声をあげた。


「この場に居る君の仲間達を、一先ず生かすという方向でも構わないが」


 …………上位種。


 奴等は、生きるためのエネルギーの全てを『魔力』で補う事が出来ると話した。それはつまり、俺達が『調査対象』でさえなければ、殺す必要など無いという事だ。


 だが、奴等は生物を殺す。それは、どういうことか。……危険因子が芽吹く前に摘み取ろう、という魂胆に他ならない。


 どういう訳か、腹が立つと思っていた。その理由は、俺達が成長すれば危険な存在になるかもしれないと知った上で、なおこいつらが俺達の事を『下等』だと認識しているからなのだという事実に。


「――――今、一人、死んだが?」


 ようやく、気が付いた。


「危害を加えようとした。仕方のないことだ」


「くっ、くははっ……!!」


 キュートを潰した右手で、なおも俺に握手を求めてくる『紅い星』。俺はその様子を見て、どうしようもなく。ただ、笑った。


 乾いた笑いが、大草原に響き渡った。『紅い星』は俺の反応を決め兼ねているのだろう、そして俺の笑みを肯定だと受け取ったらしい。まるで真似をするかのように、俺と共に笑っていた。


 固く握られた拳に、自らの骨を折りそうな程に力を込める。


 成る程、どうやらこいつらは、『完璧』らしい。本人達がそう思っているように、俺達生物には途方も無い程に優秀な頭脳、肉体を持っていて。


 まるで人間のように、知的探求心を持っているときた。


「なあ、『紅い星』よ。……いや、『イカロスの翼』とか言ったか」


 勝てる見込みは欠片もない。だが俺は、全身から湧き上がる衝動を抑え切れずにいた。腹の底から迫り上がる何かが、俺を笑わせる。どうしようもなく、腹を抱えた。


「それは、我々の正式名称ではない。そのどちらも、生物である君達が付与した呼称に過ぎない」


 俺は、指貫グローブに手を掛けた。


「じゃあ、正式名称はなんて言うんだ」


「我々は、君達生物に取って代わる上位種として、その言葉を頂いた。我々の間では、我々自身の事をこう呼ぶ――――『神』と」


 その言葉に、唯でさえ面白過ぎたそいつの反応が、余計に面白可笑しく思えてくる。


 今ここで戦えば、数時間と保たずに俺達は死ぬだろう。それがどれだけ無駄な抵抗になるか、簡単に想像は付いた。考えるまでもなく、戦いにならない。


「フィーナ!!」


 背後に居たフィーナから、驚いたような声が聞こえた。


「レオ。フルリュ。ササナ。ロイス。チーク。ベティーナ。……ガングさん。マウス五世。エト先生。……それから、リリザ」


 俺は、指貫グローブを外した。


 だって、これはさ。もう、笑うしかないだろう。過去に人類が作ったものが、人類の上を行くと宣言した上で、『神』だと名乗り始めたんだぜ。


 神に近付き過ぎた男は、翼をもがれ、地に落とされる。……まるで、そういう話だ。


「頼む」


 多分きっと、俺は泣いていた。身を捩らせる程に、笑いながら。今の自分がどういう感情に囚われているのか、自分自身にも分からなかった。


 若しかしたら、それは。


「俺と一緒に、死んでくれ」


 どうしようもない絶望に抗う為の、最後の悪足掻きだったのかもしれないと。


 振り返り、俺と気持ちを共有して頷いた仲間達を横目に。俺は指貫グローブを『神』とやらに向かって、叩き付けた。




「――――――――断る!!」



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