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超・初心者(スーパービギナー)の手引き  作者: くらげマシンガン
第六章 初心者と奇怪な道具屋と湖に浮かぶ砦
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H117 選べよ

「この娘、フィーナ・コフールだろ? 元、ギルド・セイントシスターの。聞いてるぜ、男のために辞めたって言うから誰かと思ったら、こんな弱そうな奴にねえ」


「離しなさい……!! 人を呼びますよ!!」


「おっと、そいつは困るな」


 弓士の男が、俺に向かって弓を構えた。


 リスクは苦笑して、フィーナの腰に腕を回し、言った。


「止めといた方が良い。大声を出したら、こいつ死ぬから」


 ……演技をしなければならないと分かっていても、腹は立つ。


 魔力も武器もない。だが、俺は走り出した。揺れる脳をどうにか押さえ付け、生身の拳を振り被ってリスクに狙いを定める。


 左足を軸に、リスクの足下を狙った。姿勢を低く構え、出来る限りの最速で足払いを叩き込む。


「ラッツさん!! やめてください!!」


 戦闘の意志を、見せる為だ。


 フィーナの言葉に、俺は立ち止まった。フィーナは悔しそうな顔をしながらも、目尻に涙を浮かべて、俺に怒った。


「今は、駄目です。……ちゃんと回復してから、戦ってください……!!」


 大した迫力だことで……映画か何かに出られるぜ、フィーナよ。


 この事件の黒幕を暗闇から炙り出す為の、最初の線が繋がった。俺はそう確信し、心の中で安堵した。


 単純な相手だという事を考慮に入れたとしても、こんな場所でドンパチをやらなければならない可能性もあった。人が呼ばれ、騒ぎになれば。俺達が気付いている事には意識が回らなくとも、逃げた方が得策だと思われるかもしれない。


 玄関扉の後ろに控えているロイス達は、出来る限り使いたくない。


 ただ、無心で、餌を撒く。


 お前の知っているラッツ・リチャードが、愚かにも人間界に存在するギルドの中でも最も大きな存在に、喧嘩を売る、と。


「まあ回復しても俺には敵わねえよ、フィーナちゃん。今日からお前、俺の女になれよ」


 リスクの言葉に、フィーナは力一杯にリスクを睨み付け、言った。


「死んだ方がマシですわね」


「ハハハ!! 俺は好きだぜ、強気な女は」


 リスクが合図を送ると、それぞれ武器を仕舞い、俺から目を離した。朝方、まだ太陽も登らない時間。通りを歩く人は一人も居ない――――流石にこの時間になると、ペンディアムのイルミネーションも消えるらしい。


 リスクは俺に魂の凍り付くような、不気味な笑みを浮かべ、言った。


「まあ、そういうことだ。お前が何を言った所で、『荒野の闇士』自体がもう無くなる。単なる喧嘩だ、誰に言っても無駄だぜ……フィーナ・コフールは、ウチのギルドメンバーとして貰っていく」


 リスクが手を挙げると、そのグループは俺に背を向け、歩き出した。あの、湖に浮かぶ砦へと戻るのだろう――……


 さて、最も愚かな一言を、放つ事としよう。


「俺はラッツ・リチャード。お前は?」


「――――あ?」


 リスクが、不機嫌な顔をして振り返った。


「『単なる喧嘩』だってな。俺のギルドから一人抜こうって言うんなら、お前の所に攻城戦を申し込む」


 今日この日から、事実上こいつが権利を握っている、ペンディアム・シティの拠点を奪う、と。


 まあ、今はこんなものだろう。




「その喧嘩、買ってやる」




 リスクの額に、青筋が浮かんだ。確実に、俺を敵視した瞬間だった。


「…………リスク・シンバートンだ。『荒野の闇士』の二番手、リスク・シンバートン。……これでいいか?」


「今日一日、精々勝った気になってろ。……目に物見せてやるよ」


「ハハハ!! 誰の目に何を見せるって?」


 リスクは笑い、俺に背を向けた。


 ……期待通りの展開だ。これから始まる攻城戦で、有利な立場に立つための先行投資。


 いや、攻城戦のその先までもを捕まえる為の、先行投資。それだけの長いコースなら、予め伏線は張って置かなければならない。


 俺は複雑な気分で、フィーナを見詰めていた。


「やれ」


 同時に、リスク・シンバートンから小さな呟きが聞こえた。瞬間、弓士の男が振り返り、その手には弓が握られていた。


 ロイスには及ばないが、それなりに素早く、それなりに威力の高い技が来そうだということに、すぐに気付いた。


「<スマッシュ・アロー>!」


 技のキレが良い。すぐに身体を捻ったが、的確に男の矢は俺の肩を狙って来ていた。腕一本、この場で機能停止させようという魂胆だということは、すぐに分かった。


 俺は矢の攻撃を受けようと、身を固める――……


「<鉄壁の構え>!!」


 ――――が、俺の目の前に現れ、俺の代わりに矢の攻撃を受けた男が一人。これは、武闘家のスキル。俺の使う<堅牢の構え>の上位スキルだ。ただ攻撃を受けるだけではなく、周囲の仲間に向けられた攻撃も引き寄せる効果があるという。


 男にしては、随分と小さな背丈。スキルの高等さに反してあまりにも弱そうなその見た目は、既にリンチを受けたのかと思える程にボロボロだった。


 いや、実際に受けたのだろう。道着は破れ、いくつもの切り傷があった。血の代わりに全身が濡れている所を見ると、海に投げられたのかもしれない。


「攻城戦なんざ、辞めてくだせえ!!」


 ゴン・ドンジョは俺の見ている前で、リスク・シンバートンに向かって土下座した。リスクはゴンの姿に舌打ちをして、その場で立ち止まった。


「もう、お前は何の関係もねえよ。引っ込んでろ」


「弱い者虐めて何が楽しいんすか、リスクさん。……この人達は、あっしとは何の関係もねえ。せめて、見逃してやってくれ」


 なんとなく、このゴン・ドンジョという男が弱そうに見えていた理由というものが、分かったような気がした。出会ってから今まで、気迫らしきものを一度も見せなかったのだ。


 それは偶然ではなく、わざとそうしているのではないか、とも。


 頭に来たのか、リスクはゴンに向かって歩き、その頭を踏み付けた。ガツン、と痛々しい音がして、ゴンの額が地面に当たる。


「聞こえなかったのか、デブが。さっさとこの街を出ろ。二度と俺に顔を見せるな」


 ……しかし、もしも洗脳されているのでなければ、リスクの言葉は彼にとっての『本音』なのだろうか。


 それは、ゴンにとっては痛い言葉だっただろう。


 ゴンは一瞬、歯を食いしばるような動きを見せた。


「分かってます。あっしは、『荒野の闇士』でギルドリーダーをやれるようなタマじゃねえ。……弱くて、すまねえ。すまねえが、ここは一つ、穏便に行きやしょう」


 戦えば、戦えるのかもしれない。


 だが、謝る。つまり、そういうことなのだろう。


「リスクさん、放っておこうぜ、そんな奴」


 リスクの後ろで、仲間が言った。リスクは最後にゴンの頭を蹴り飛ばすと、ゴンを睨み付けて去って行った。


 フィーナも一緒に、リスクが去った。時間を掛け過ぎたからか、ちょうど僅かに、東の空から太陽が顔を出し始めていた。俺は宿の前で少し歩き回り、今後の事について考えていた。


 荒野の闇士と一悶着やるんだとしたら、生半可な覚悟では駄目だ。まず、向こうの人数は属性ギルドと並ぶ程の大型ギルド。ペンディアム・シティに居る奴だけが対象だったとしても、まあ百人は超えると思って良いだろう。


 対するこっちは、戦闘要員以外を含めても十人行かないパーティー上がりのギルド。


 まして、攻城戦において生命線とも言われる回復役、聖職者が欠けている。普通に考えたら、苦戦は必死ってところだろう。


 普通に考えたら、だが。


 どいつもこいつも、俺のギルドが弱小だと思っている。名前が無いのは確かだが、そう言われたなら常識を覆す程の活躍をして、正面から鮮やかに勝たなきゃ嘘だ。


 そうすることで、相手の度肝を抜く。


 大丈夫。魔法が使える状態にさえ復活すれば、今の俺なら、十二分に渡り合う事だって出来るはずだ。


「バカっすね、あっしは」


 ふと、背中で声がした。


 宿の壁を背中に、ゴンは座り込んでいた。正面から見ると、顔はこれ以上どこを殴るんだと思える程に腫れていた。……顔の形変わってるんじゃないか、これ。大丈夫か。


 朝焼けに照らされたその顔は、妙に痛々しく見える。


「やっぱ、親父みたいに上手くは、できねえなあ」


 その言葉には、興味が湧いた。


「……お前の親父さん、やっぱ、『闇討ちの武闘家』の?」


「はい。闇討ちなんて異名は変だってくらいに、バカみたいに温厚な人でして。最後にはいつも、皆を守ってくれるんですわ。……あっしも、そんな風になりたかった」


 ゴンは力無く笑った。その表情には、諦めのようなものを感じた。俺は何も言わず、ゴンの話をただ、聞いていた。


「信用してくれねえんですわ。……息子の俺に付いて来た訳じゃねえっすから。要らねえって、言われちまいまして」


 俺は、ゴンを見ない。


 ――――その声が、涙に濡れている事に気付いたから。


「何が、いけねえんすかね……」


 どこまでがグレーで、どこからが黒なのか。例え俺達の問題を解決したとしても、ゴンの問題が解決するのかは分からない。


 俺は、こいつの事情を知らない。だが、何を目指していて、どのように生きてきたのかは、なんとなく分かった。


 もしかしたら、俺とよく似ているのかもしれない。上手く行かなくて、失敗ばかりなんだろう。そんなものに手を出さなければ良いのに、どうしても諦める事が出来ないのかもしれない。


 目指しているのは、助け合える仲間作りなのか。それは、俺には分からなかったけれど。


「ってことは、やっぱり親父さんは……」


「つい、最近の事でした。……あっしにも、まだ何が何やら……」


 その言葉を聞いて、俺は確信した。やっぱり、ゴンの親父さん。ジョン・ドンジョは、唐突に居なくなったんだ。


 ゴンは立ち上がり、涙を拭った。


「……すいません。もう関係ねえっすね……迷惑かけて、ほんとすんませんでした」


 もしも本当に黒幕がロゼッツェルなら、きっとジョン・ドンジョを討ったのは、ロゼッツェル。


 ……無関係では、ないな。俺も一度、奴と剣を交えている。もしもあの場で倒す事が出来たなら――――いや、単なる妄想は、捨てよう。


 あの段階では、ロゼッツェルには勝てても、ハンスには勝てなかった。これからを、一生懸命やるんだ。


 あまりにも小さく、弱々しい背中に。


 気が付けば、声を投げ掛けていた。


「親父さんとの距離は、やっぱりあるかもしれないけどさ」


 ゴンが立ち止まり、振り返った。


「どうしたって、お前はお前でやるしか無いんじゃねーの?」


 不器用な、男だと思う。本当は皆の身を案じて、色々な事を考えているのに、それが一切伝わらない。寧ろ煩いとさえ、思われるのかもしれない。


 人の為を思ってやったことが伝わらないってのは、やっぱり苦しい事だと思う。そういった擦れ違いは、どこかで起きてしまうものだ。


「……いや、でも。もう、終わっちまいましたし」


 だからこそ、諦めては駄目だ。


「父親の作った仲間と、お前が作る仲間は違うだろ。……お前の仲間は、これから作るんだよ。終わりなんかじゃない、これから始まるんだ」


 俺達は、いつだって『これから』だ。スタートを切る時というものが、いつ、どこで起こるのかなんて、誰にも分からない。


 どんな時でも、いつだって、新しい出来事というのは始まるものだ。諦めればそれは離れていくし、追い掛ければ近付いて来る。


 なんとなく、アカデミー卒業後に数々の属性ギルドから爪弾きにされた事を思い返していた。もしもあの時に冒険者になることを諦めていたら、今の俺は居なかったのだから。


「……あっしにも、始められますかね」


「それは分かんねえよ。また失敗するかもしれないし、成功するかもしれない」


「はは。それは……きついっすね」


 嘘は、言えない。どうしようもなくボロボロになる事だって、無い訳じゃない。


 信じて集めた仲間に裏切られる事だって、やっぱりある。


 だけど、ボロボロになって、初めて見えてくる真実というものもまた、あるはずだ。


「じゃあ、例えばさ。今ゴンに、二つの選択肢があるとして」


 俺は、ゴンに向かって歩いた。傷だらけで、それなのに独りきりで、どうしようもなく惨めで、およそ誉められる点はひとつもない。


「どうせ失敗するんだから、もう失敗したくないと思って、黙って隅で大人しくしている自分と」


 だから、これもひとつの偶然というものだろうか。


「どうせ失敗するんだから、失敗することを怖がらないで、ただ自分の思い描く成功を追い掛けていく自分と」


 或いは、同じ匂いのようなものを、感じたのかもしれない。俺はゴンに微笑んで、手を伸ばした。


 俺だって、過去に同じ事を考えた。その時は、誰に助けて貰ったっけな。


 今度は、事情を把握した俺の番だ。




「選べよ。どっちを選んでも、お前はお前だ」




 格好良い事を言っているようで、実は地べたを這いつくばる選択肢。泥にまみれて、醜態を晒すことも覚悟の上だ。


 だけど俺達は、そうやって生きていくしかない。そうやって生きていく人種なのだろう。


 何かを追い求める人種っていうのは、きっと。


「…………もしかして、それは、あっしを誘ってくれてるんですか?」


「まあ、スキルが使えないのに、『荒野の闇士』の喧嘩を買った、バカでも良ければな」


 ゴンは笑って、俺の手を取った。


「そんじゃ、バカついでにバカ騒ぎといきやすか」


 その馬鹿騒ぎの果てに、真実を見出そう。


 俺達と化物ギルドの、無謀な総力戦が始まろうとしていた。



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